『ターナー日記』の邦訳⑨第十六章~第十七章
十六章
1993年4月10日。今週やっと、リラックスできる自分の時間が持てた。エヴァンストン発電計画を視察しにいくつもりだが、いまはシカゴのモーテルにいて明日の朝までなにもすることがない。二つの目的のために、金曜日の午後に飛行機でここまできた。エヴァンストンを視察するためと、シカゴの部隊へ刷りたての金を届けるため。ビルは月曜日の夜にインクに添加剤を混ぜるなりすぐに印刷を開始したが、金曜日の早朝のまだ真夜中の時間までほとんど休むことなく作業がつづけられた。キャロルはそのあいだに二度交代して、数時間の睡眠をとらせた。調達してあった紙幣用の紙を最後の一枚まで使い切るまで運転を中断させなかった。キャサリンと俺は、紙の裁断と、印刷機への紙の出入れを手伝った。みんなヘトヘトになって倒れそうな仕事だったが、"組織"は一刻も早く金が欲しかったのだ。
紙幣の山ができた! 人生でこんなにたくさんの金を目の当たりにすることがあるとはいまだかつて想像しなかった。10ドル札と20ドル札であわせてちょうど1000万ドル以上の金を印刷した――1トン以上の刷りたてのピン札である。じつに見栄えがする! ビルの10ドル札と本物の10ドル札を見比べてみたが、シリアル番号以外はどちらがどっちだか見分けがつかなかった。
ビルはほんとうにプロの仕事をしてくれたというしかない。どの紙幣も異なるシリアル番号を持っている。綿密な計画と献身、精勤によって何を成し遂げることができるかがこの企画によってまさに示された。もちろん、インクの添加剤と紫外線検査機器の入手を俺が手伝えるようになるまで、ビルが準備と印刷作業の練習に六か月を費やしたことを忘れてはならない。三日半にわたる運転を開始するまえに、彼が作業工程のすべての問題点を洗いだして取り除いた。
持ってきた5万枚の新札の20ドル札を、シカゴの連絡員に昨日わたした。彼の部隊は紙幣の"ロンダリング"を仕事にしている。おかげで、本物の通貨と同等の紙幣がこのあたりの"組織"の資金として利用できるのだ。印刷よりも油断ができないうえに時間がかかる任務である。
俺がここに出発するのと同時に、キャサリンは旅行カバンへ80万ドルを詰めてボストン行きの飛行機に乗った。今週の俺たちはこれからダラスとアトランタへ配達をしに行く。この不正な資金をもって空港の保安チェックを突破するのは少々あぶない仕事だが、旅行カバンへのエックス線検査しか彼らがしてこない限りは心配しなくていいだろう。いまの彼らが目を光らせているものは爆弾と銃器だけのようだ。彼らが国中で俺たちの新札を血眼になって探しはじめるのは時間の問題だ!
ワシントンからの飛行機のなかでは考え事をする余裕があった。高度3万5千フィートの地点ではいつもとちがう視点が持てるものだ。無秩序にひろがる郊外の住宅地、高速道路、工場を眼下に眺めると、アメリカがどれだけ大きいかと、なんて途方もなく困難な使命を俺たちがひきうけてしまったかがよくわかった。
本質的に言って、俺たちが戦略的な破壊計画にしたがって実行していることはアメリカの自然な衰退を加速しているようなものだ。白アリが食っているアメリカ経済の屋台骨を俺たちは削りつづけている。そうすれば、俺たちが何の努力もしないよりもずっと早く――そしてもっと壊滅的に――建屋の全体が数年以内に崩壊するだろう。事態の進行にたいして俺たちの犠牲の影響が比較的ちいさいものであることを認めるのは悲しいものである。
俺たちの偽造作戦を例としてかんがえてみよう。俺たちは、ビルが先週に刷ってくれた紙幣を一年以内にすくなくとも一千回は分配してくるとする――最低でも一年で100億ドル――そこまでやっても、国民経済に微々たる影響しかあたえない。アメリカ人は煙草代だけでその三倍は使っている。
もちろん、西海岸で運転中の印刷機がもう二台あるし、近い将来にもっと増やすことになるだろう。エヴァンストン計画をぶっ潰す方法がもしもわかれば、一気に100億ドル近くの損失を資本家が被るだろう――くわえて、五大湖の周辺地域の工業プラントに供給されるはずの電力が失われて生じる経済へのダメージもある。
だが、俺たちがやっているのは、"システム"にたいする戦争よりも実際にはもっと大切なべつのことだ。長い視野でみれば、かぎりなく重要なことになっていく。あたらしい社会の核を俺たちは叩きだしている。それはまったく新しい文明であり、古い文明の灰から立ち上がってくるだろう。あたらしい文明は現在の文明とまったく異なる世界観にもとづいていて、革命という手段によってのみ取って代ることができる。ユダヤ人による霊的な腐敗に屈した社会から、アーリア人の価値観と世界観にもとづいた社会が平和裏に発展していく方法はない。
したがって、目下の闘争はそれが"システム"によって強制されて俺たちに選択の余地がなかったことを脇に置いたとしても、まったくもって回避することができないものである。過去31か月間の出来事をこうした観点からながめると――つまり、純粋に"システム"を破壊するための戦争よりも、むしろ新しい社会の核を樹立する建設的な使命のことをかんがえると――経済一般ではなく"システム"の指導者たちを叩くという初期の戦略は、俺が疑っていたようなわるい出だしではなかったと思えてくる。
あの戦略のおかげで、「俺たちと経済」ではなく「俺たちと"システム"」の対決だという、戦いの性格が初期の時点から形成された。"システム"は攻撃から自分を守るために抑圧的な反応をしたので、大衆とのあいだに確実に溝が生じた。連邦議会議員、連邦裁判事、秘密警察、そしてメディアの支配者を暗殺すること以外はあまり活動をしていなかった時期の大衆は、彼ら自身について特段の脅威を感じていなかった。しかし、"システム"のあらたな保安措置の数々が引き起こした生活の不便さにたいしては憤った。
もしも最初から経済を叩いていたら、抗争を「俺たちと国民」のあいだの戦いだと描き出すのは "システム"にとってもっと容易かった。メディアにとっても、共通の脅威――つまり俺たち――にたいして"システム"と協調する必要性を大衆に説くのが容易くなっただろう。だから、大衆の生活の快適さをなるべく破壊するように活動している今、初期の戦略上の迷走が勧誘のたすけになっているのは天祐みたいなものである。
勧誘が大幅に増えているのは"組織"だけじゃない。"騎士団"も、存続してきた68か月のうちのここ48か月のあいだに例がなかった比率で成長している。昨日ここでたまたま会った男にこっそりとあのサインを見せたんだが――あたらしく出会った"組織"のメンバーにはいつもやっているように――あのサインを返してくれたのは嬉しい驚きだった。
彼は、昨日の夜に開かれた、シカゴ地区のあたらしい見習いメンバーの入団式へゲストとして招待してくれた。俺はよろこんでそれを受けたんだが、約60人もの人間が出席していて、新入団員はその三分の一もいたので仰天してしまった。ワシントン地区のメンバーの総数の三倍以上にもなる。一年半前の自分の入団式のときのように感動した。
4月14日。一難去ってまた一難! シカゴから戻ってきてから問題続きだぜ。
ビルは最後の紙幣を刷り終えてからあたらしい紙を入手することができなかったので、俺に臨時の手伝いを頼んできた。俺たちは、基本的な風合いと組成がそろっているが色合いがよくない紙を染色しようとこころみたが、結果は満足いくものでなかった。ちがう染色方法を俺が試しているあいだに、元の紙の代用品をビルが探しつづけるつもりだ。
それから、地元のヒューマンリレーションズ評議会の一団が昨日うちの工場を訪ねてきた。四人の黒人と、一人のむかつく、それはそれはむかつく白人の男が、評議会の腕章をそろって着けて、この印刷工場にやってきた。彼らは大きなポスターを工場の窓に貼りたがっていた――市民が怪しい人物を秘密警察に通報して"レイシズムとの戦いに協力をする"ように勧める、同様のポスターを最近はそこらじゅうでみかける――そして募金箱をカウンターに置いていった。そのときカウンターについていたのはキャロルだったが、彼女はやつらに言ってやった。要約すると、地獄に落ちろと。
もちろん、それはこの状況において適切な言動だといえない。俺が騒ぎを聞きつけてあいだに入らなかったら、やつらは秘密警察に俺たちのことをチクっていただろう。俺はいかにもユダヤ人みたいな表情をつくりながら地下室の階段をあがり、「えー、いったいどうなさいましたか」式で弁じ始めた。厚塗りを重ねておべんちゃらを並べたてた――いくら塗っても厚すぎることはなかったとおもう――すると、彼らはやがてわかってくれた。つまり、この店の店長はマイノリティのグループに属している。それも、きわめて特別なマイノリティのグループにだ。ゆえに、ヒューマンリレーションズ評議会とその称賛されるべき努力にたいする敵愾心を隠し持っていると疑うのは無理があると。
キャロルのけんもほろろの対応にたいして、黒んぼの頭が怒りをあらわにして文句を俺に言ってきた。俺はあわてた風に手を振って応対し、キャロルにたいして怒りと軽蔑をふくんだ視線を向けた。
「ごもっともです。ほんとうにごもっともです」
俺は言った。
「募金箱を置いていってください。すばらしい主旨だと思います。しかし、ポスターを窓に貼るのは無理です――スペースがございません。いとこのエイブにも、連合ユダヤ人アピールのポスターを貼らせてやれませんでした。来てください! どこに貼ればいいかをお教えしましょう」
お節介をするために一団をドアに誘導しながら、完璧なサイモン・レグリー式の作法でキャロルへ仕事に戻るように命令をした。
「はい、ミスター・ブルーム」
彼女は従順に答えた。
歩道に出て、嫌悪感を必死におさえながら黒人のスポークスマンの肩へ親しげに腕をまわして、通りのむこう側の店に注意をうながした。
「うちにはあまり客が来ません」
説明を始めた。
「でもわたしの親友ソリー・フェインステインのところにはたくさん人が出たり入ったりしています。大きな窓もあります。あなたのポスターを貼るなら喜んでくれるでしょう。『Sol's Pawn Shop』という看板のすぐ下に貼れば、みんながみてくれるでしょう。募金箱を一箱か二箱置いてくるのもわすれずに。彼の店は大きいです」
彼らは全員が俺の友好的な提案に満足したらしく、通りを渡りはじめた。だが、ニキビと黒人の真似のアフロヘアでかためた、無様で変な白人のやつが立ちどまって、振り返って俺に言った。
「あの女の名前を聞いておかねばならないだろう。彼女はわれわれにたいしてレイシストがいう言葉を吐いた」
「彼女のことに時間を割く必要はございません」
手を振って彼の嫌疑をはらいながら、そっけない言葉で答えた。
「あいつはただの異邦人のあばずれで、だれにでもあんな風に話をするのです。さっさとお払い箱にしてやります」
俺が店のなかにもどったとき、ビルとキャロルがけらけらと笑い転げていた。ビルは一連のやりとりを地下室から聞いていたのだ。
「そんなに面白い話じゃなかったぞ」
厳格さを保つように努力しながら二人に忠告をした。
「俺がすぐに割って入らなければならなかった。揉み手とインチキアクセントであの人間以下の連中の目をごまかしてやらなかったら、ほんとうに厄介なことになっていたぞ」
それからキャロルを諭した。
「あの野獣どもに俺たちの本心を明かしてやる余裕など俺たちにない。俺たちには先にやるべき仕事があり、そのあとであの連中と最終的なケリをつけることができる。だからプライドは呑みこんで彼らと折合いをつけていこう。俺たちとおなじ義務を背負っていない人間は、レイシストでないかどうか取り調べを受けるのも勝手だ――とくに、もっと権力が欲しいならば」
だが、むかいの質屋のウィンドウへとたらい回しにされたポスターをみたら、笑い出さずにいられなかった。Sol氏が陳列した、中古のカメラと双眼鏡のディスプレイの大半を隠してしまっている。店主はなにも文句が言えまい! あのかわったポスターをみた人間は全員が、評議会の思惑について正確な連想をしてしまうことだろう――支配計画とその背後にいる人間たちの関係。
最後の災難は、キャサリンが昨日の夜にインフルエンザでダウンしたことだ。彼女は今朝からダラスへ紙幣を輸送してくることになっていたが、体調が悪すぎる。二、三日はベッドから起き上がれなさそうだ。そうなると、俺は明日アトランタに足を運ぶことになっているのに、ダラスにもお届けに行かねばならない。飛行機と空港のなかで丸一日がつぶれてしまうが、俺はエヴァンストン作戦の準備をする時間が必要なのだ。
俺たちは、まだ旅行者が通行できる、きたる六週間のあいだにエヴァンストンの新しい原子力発電所を叩いてしまいたかった。六月の一日以降に恒久的に一般人の出入りを遮断してしまえば、叩くのははるかに難しい仕事になるだろう。
エヴァンストン発電プロジェクトはとてつもなく大規模な計画だ。世界一巨大なタービンと発電機を備えた、四基の大型の原子炉。ミシガン湖の湖上で一マイルにもわたって築かれたコンクリート構造物の上に全体が建造されて、ミシガン湖が原子炉の熱交換器へ冷水を供給してくれる。このプロジェクトによって、一万八千メガワットの電力が生み出される――二百億ワットちかい! 信じられない話だ!
五大湖地域全体への電力供給網にその電力が流れ込むことになる。エヴァンストンプロジェクトが二か月前に始まるまえの時点で、中西部全体が深刻な停電に苦しんでいた――俺が経験した停電よりももっとひどい状態だった。ある地域では、一週間のうちにたった二日しか工場の操業が許されていないし、おまけに予測不能な停電がたくさん起こる。五大湖地域全体が経済危機の瀬戸際にあった。
あたらしい発電所を破壊してしまえば、事態はそれまでよりもさらにひどいことになるだろう。シカゴとミルウォーキーの信号の光を維持するために、当局ははるか遠くのデトロイトとミネアポリスから電力を盗んでこなければならなくなる。そっちでも余分な電力はないのだが。地域全体がこっぴどく打撃を受けるだろう。エヴァンストンプロジェクトは計画と建設に十年を要した。状況をすぐに建て直すことなどできないだろう。
だが、政府はエヴァンストンプロジェクトが攻撃される事態についても想定していて、セキュリティは手の出しようもないほど厳重だ。船か飛行機を使わなければ近寄ることができない。しかもサーチライト、警備艇、定置網のブイがありとあらゆる場所で待ちぶせているので、湖から近づくのはほぼ検討する価値もない話になっている。
湖岸はどの方向も何マイルにもわたってフェンスが張り巡らされているし、無数の軍用レーダーと対空兵器がフェンスのうしろに設置されていて、爆発物を積載した飛行機を工場に墜落させようと試みても、とても成功しそうにない。
通常の手段で攻撃を実施することができる方法は、湖岸に近くて遮蔽が可能な射程内の場所に重迫撃砲をこっそりと持ちこむことだけのように俺にはみえる。だが、俺が知るかぎりでは、使用可能なその種の兵器をいま俺たちは持ち合わせていない。発電所のもっとも重要な部分は堅固な建物に収容されていて、迫撃砲の攻撃ではいくらやっても内部にまで損害をあたえられないのではないかと疑っている。
そういうわけで、革命司令部は現地に赴いてなにか前例のないアイディアをひねり出してくるように俺にもとめた――すでに俺には案がある。しかし、まだ解決するのに骨が折れる問題がいくつもある。
この前の月曜日に足を運んで、現地のセキュリティの強みと弱点についてかなりの知見を得た。ほんとうに目を疑うようなおどろくべき弱点もあった。一番驚かされたのは、いまだけとはいえツアー訪問者を中に入れるという政府の決定だ。その理由は反核キチガイどもが発電所について大騒ぎをしているからにちがいない。原発が安全なところを大衆に見せてやらなければならないという義務を政府が感じているのだ。
ツアーに申し込んでから、ありとあらゆる不用品を慎重に持ち物にえらんだ。所内に入りこむ方法を探るためである。アタッシェケースとカメラ、傘を携行し、ポケットにはコイン、鍵、シャープペンを詰め込んだ。
訪問者を所内に運ぶフェリーの船上ではセキュリティがほとんどなかった。アタッシェケースを開けさせておざなりな検査をしただけだった。だが、所内の守衛所に足を踏み入れると、アタッシェケースとカメラ、傘が取り上げられた。それから金属探知機を通過させられて、ポケットのなかの金属片がすべて検出された。警備兵のまえでポケットを空にさせられたが、彼らは中身のガラクタをすべて俺に返してくれた。一つたりともじっくりと眺めてみることはしなかった。おかげで焼夷ペンシル一本をこっそりと持込むことができた。
だが、本当に不思議だったのは、一団にいる一人の年を食った紳士が金属製のヘッドが付いた杖を携行していたのだが、警備兵がツアーのあいだにずっとその杖を取り上げることがなかったことだ。
要約すると、俺の結論はこうだ。単独の訪問者がこの場所を破壊するのに足りる爆発物をもちこむ方法はない――また、もちこめる少量の爆発物では原子炉の圧力容器に風穴を開けてやるような実際の効果は望めないので、俺たちは爆発物のことを忘れるべきだ。そのかわりに、放射性物質で所内を汚染して使えなくしてやることにする。
"組織"の内部に信頼できる放射性物質の調達先があるので、このアイディアが実現可能なものになっている。彼はフロリダのある大学の化学者であり、研究で放射性物質を使うのだ。
十分な量のできたてで厄介な放射性核種――半減期が一年かそこらのもの――を梱包するのは俺たちにとって簡単だ。ステッキか松葉杖へ炸薬といっしょに封入して起爆してやれば、エヴァンストン発電プロジェクト全体がだれも居住できなくなる。発電所は物質的な損害を受けないだろうが、操業を停止せざるを得なくなるのだ。除染は気が遠くなるほどの量の作業になり、恒久的に閉鎖されたままになるかもしれない。
残念ながら、これは自殺ミッションになる。だれが放射性物質を所内に運ぶにせよ、門にたどり着くまえにすでに致死量の放射性物質にさらされてしまうことだろう。
実用的ないかなる防護の手段も存在しない。
最大の懸念は発電所のなかのいたるところに線量計が設置されていることだ。仕事にとりかかるまえに匂いが嗅ぎつけられたら、厄介なことになるだろう。
だがしかし、警備兵が来訪者をチェックする入場口には線量計がないことに俺は気が付いた。来訪者が案内される、タービンと発電機がある広大な部屋にはいくつも設置されている。そして、来訪者が使う出口の門の脇には一つ設置されている――おそらく、来訪者が核燃料のかけらをなぜかポケットに収めてこっそりと持ち出そうとする、常識ではありえない事件に警備兵が対処するためなのだろう。だが、だれかが放射性物質を外から所内へこっそりと持ち込んでくる事件は起こったためしがなさそうだ。
線量計がどこにあるかを俺はすべてよく覚えている。フロリダにいる仲間に相談して、彼が渡してくれることになっている放射性物質が所定の距離で線量計に検知される可能性について聞いておかねばならない。もしも、発電所内に入ってまだ発電室に侵入するまえにアラームが鳴ったら、もう逃げるしかないだろう。だが、俺たちは好機を最大限に生かすことができるように仕掛けを設計しておくつもりだ。
まったくもって危うい計画であるが、おおいなる意義がある。大衆におよぼす心理的なインパクトだ。大衆は核と放射線にたいして迷信にちかい恐怖を抱いている。反核ロビーにとっては慶賀するべき日になる。通常の爆弾や迫撃砲による攻撃をはるかに超える刺激で大衆の想像を喚起するだろう。多くの人間を恐怖に陥れれば――もっと多くの人間が旗色を鮮明にせざるをえなくなるだろう。
自分の試用期間がまだ11か月も残っているので、この特別な任務に志願するようにいわれないだろうことが嬉しかったと告白しなければならない。
十七章
1993年4月20日。てんてこ舞いの一週間のあとのうるわしき日、安らぎと平和の日がきた。キャサリンと俺は早朝から山までドライブに行って、森のなかを歩いて一日を過ごした。風が涼しくて日が眩しく、空気は澄んでいた。持ってきたランチを青空の下で食べてから、牧草の上で愛し合った。
いろいろなことを語り合った。二人とも幸せであり、なんの心配事もなかった。幸福に差したただ一つの影は、監獄から帰ってきてまだ一月も経っていない俺を、最近の"組織"が市外への出張に送りだす頻度についてキャサリンがもらす不満だけだった。これからは一緒にいられる時間がもっと少なくなることを彼女に告げる勇気がなかった。
知らされたのはつい昨日だった。昨日の夜にフロリダから帰ってきてからメジャー・ウィリアムスに報告をしに行ったら、これから数か月は遠方への旅行がおおくなると告げられた。詳しいことは全部聞けなかったが、"組織"が国内を股にかけた総力の攻勢をこの夏にしかけるらしいことはわかった。俺は軍事技術者としてあちこちでこきつかわれることになるだろう。
しかし、今日のところはそんな話を頭から締め出しておいて、美しい自然にかこまれながら、ただ自分が生きていて愛しい女性といっしょにのびのびと過ごせる時間をたのしんだ。
晩になってアジトへ帰る車のなかで、完璧な一日を締めくくるニュースをラジオから聞いた。午後に"組織"がワシントンのイスラエル大使館を攻撃したらしい。一年で今日ほどいいことがあった日はない。
何か月ものあいだ、イスラエルの暗殺部隊は大使館を根城にしながら俺たちの仲間を国内のいたるところで狩っていた。今日は一矢報いることができた――あくまで一矢にすぎないが。
イスラエル人がアメリカ議会の従順な召使たちのためにカクテルパーティーを開いているところに、俺たちは重迫撃砲の弾をぶちこんでやった。そのときはイスラエルの役人がたくさん大使館に集まっており、4.2インチ迫撃砲が天井を突き破ってTNT爆薬とリンがやつらの頭上に降り注ぎはじめたときには、確実に300人以上の人間がいた。
ニュースによると攻撃はたった二、三分しかおこなわれなかったが、40発以上の砲弾が大使館を直撃して、焼け焦げた瓦礫の山に変えた――生存者はほんの一握り!なのに、俺たちはたった二門の迫撃砲しか使わなくてよかった。新兵器を調達するべきだと先週俺が聞いた話が裏付けられた。
検閲官がなぜかニュースの放送前にカットしそこねた興味ぶかい話があるのだが、大使館の警備員が観光客のグループを虐殺したらしい。迫撃砲による攻撃がおこなわれているときに、服が焼け焦げたイスラエル人が崩壊した建物からサブマシンガンをもって脱出してきた。通りのむこうから破壊の様子をぽかんとしてながめていた、1ダースほどの女子供の観光客へ彼は狙いをつけた。ヘブライ語で絶叫して憎しみの金切り声を出しながら、そのユダ公は観光客に発砲した。即座に九人が殺されて、ほかの三人が重傷を負った。もちろん、彼は警察に拘束されなかった。よくやった、上出来だ、ユダ公。よくやってくれた!
明日は長い日になるので今夜は早く寝床に入っておかねばならないのだが、今日の午後の俺たちの偉業のせいで興奮してしまって、まだ寝るのは無理だった。"組織"はまたも、迫撃砲がゲリラ戦において比類なくすぐれた兵器であることを証明した。エヴァンストンの作戦のあたらしいプランのことで俺はいま頭がいっぱいだ。フロリダの博士の計画がうまくいかなかった場合に備えて、もっとよく準備をしておくつもりだ。
先週の土曜日、エヴァンストンに放射性物質を持ちこむ俺の計画についてヘンリーとエド・サンダースといっしょに議論をしていたのだが、迫撃砲でやるほうがうまくいくと説得された。今の俺たちにはそっちのほうが十分に用意がある。そういうわけで、俺は荷物をまとめなおして、杖を4.2インチ迫撃砲の砲弾に変更した。
三個の白リン弾の内部のリンを放射性の汚染物質にいれかえておく。通常弾で標的の周辺を一掃してから、正確に同重量に調整してある三発の改造弾を発射するつもりだ。
この方法には、俺のもとの計画よりも三つの優位点がある。一つ目は、より確実な方法であるということだ。どこかで失敗する可能性がずっと低い。二つ目は、杖を持ちこんでいって願いを託すよりもおよそ十倍の量の汚染物質を届けることができるし、迫撃砲弾の装薬がさく裂すればもっとよく拡散してくれるだろう。三つめは、自殺任務をおこなう必要がないことだ。"放射性の"砲弾をそれが発射されるときまで防護しておくことができるので、迫撃砲の操作員が致命的な放射性の炸薬に暴露せずにすむだろう。
俺がつよく懸念しているのは、砲弾が天井で止まらずに発電所の内部に達するかどうかだった。建物はとても堅固に作られており、遅発信管を使っても貫通するかどうかは疑わしい。しかし、4.2インチ迫撃砲がひとたび照準を定めて固定されれば、十分に正確な低弾道で砲弾を射出して、湖岸に面した発電機の建屋の外壁に直撃させることが可能だとエド・サンダースによって説得された。そこは十階建てで幅は200ヤード以上あり、巨大な窓がほぼ一つある。
このあらたな計画を携えて、フロリダの化学者ハリソンのもとへ話をしに行った。最適な放射性物質を調達してから、彼が持っている特殊な設備をつかって、俺が渡す迫撃砲の砲弾へ安全に放射性物質を充填するのが彼の担当する仕事だということを説明した。
ハリソンは激昂した。彼が引受けたのは少量の放射性核種とそのほかの入手困難な素材を"組織"へ提供することだけだったと文句を言った。兵器のじっさいの取り扱いにかかわるようになるのを嫌がり、計画のために要求された放射性物質の量についてとくに不平を鳴らした。国内でそれほど大量の放射性物質にアクセスできる人間は多くないのであり、足が付くのではないかと恐れていた。
彼を説き伏せようとこころみた。彼が持っている防護された取扱い設備をつかわずに砲弾への充填を俺たちが自分でやれば、一人あるいはもっとたくさんの仲間が、致命的な量の放射性物質に確実に暴露してしまうと説明をした。そして、放射性核種を自由に選んだり混合させたりすれば、彼への疑惑を最小限におさえることができるだろうと話した――目的に合致する範囲で。
だが、彼はにべもなく断ってきた。
「話にならない」
彼は言った。
「わたしのキャリア全体が危うくなる」
「ハリソン博士」
俺は答えた。
「あなたが状況を理解していないのではないかと心配です。われわれは戦争をしている。この戦争の結果にわれわれの人種の未来がかかっているのです。"組織"のメンバーとして、あなたは一切の個人的な心配事より優先して、共通の献身にたいする責任を果たさなければならないのです。"組織"の規律に服従するべきです」
ハリソンは蒼白になって口ごもりだしたが、俺は容赦することなく続けた。
「もし要請を断り続けるのならば、この場であなたを殺す用意があります」
もっとも、民間旅客機に乗ってここまで来たので実際は丸腰だったのだが、ハリソンはそんなことを知らなかった。彼は二回も唾液を飲みこんでからようやく声が出せるようになり、できることをやってみると言った。
必要なものと数量をもう一度確かめてからおおよその予定表を定めた。立ち去るまえに、この作戦のせいで合法部隊に居つづけるのがあまりにも危険になったと考えているならば、作戦の完了後に地下部隊に連れていくこともできると保証してやった。
目にみえて彼はずっとおびえて気落ちしていたが、俺たちを裏切ろうとするとは考えていない。"組織"は脅迫について高い信用を確立している。それでも俺たちは大事をとって、調整弾をフロリダまで運んで持ち帰るときにはべつの運び屋をつかうつもりだ。
こわもてを装って人を脅すのは好きでなかった。それは俺に不向きな役目だ。しかし、ハリソンのような人間にたいして俺は同情をほとんど持ち合わせていない。もしも彼が協力に同意しなかったなら、俺は彼にとびかかって素手で絞殺すはめになったにちがいない。
自分のことを第一にして俺たちにすべてのリスクを押し付けて汚れ仕事をさせることで器用に立ち回ろうと考えている人間がたくさんいると思う。俺たちが勝てば利益を刈り取り、俺たちが負けてもなにも失うまいと考えている。ほかの戦争と革命ならばたいていそういうものだ。しかし、今回はそううまくいかないと俺は信じている。人種が試練に遭っているいまこの時になって、人生を楽しむことのみに夢中な人間は生きるに値しないというのが俺たちの方針だ。死をくれてやる。この戦争が続いているあいだは、俺たちが自分たちの福利厚生を気にかけることなどけっしてないだろう。戦いがおわるまで俺たちにつくか、俺たちに歯向かうかという問題になっていく。
4月25日。明日からすくなくとも一週間はニューヨークに行く。俺が手伝ってやらなければいけない仕事がいくつも進行中だ。フロリダの仕事は俺が戻ってくるまでに片付くだろう。そうなれば、今度はシカゴに行ってこなければ。今度は車で。
ユダ公どもは大使館への攻撃についてわめきまくっている。やつらは今回の攻撃のことを、議事堂への攻撃やFBIビルの爆破のときよりも重大な事件であるかのようにニュースメディアで力説させている。日に日にテレビの内容はひどいものになっており、やつらにとって過去の成功例である"ガス室"の古いプロパガンダが増殖している。髪をかきむしって自分の服を引き裂きながら、
「ああ、なんてこと! わたしたちはこんなに苦しんでいるの! こんなに迫害されているの! どうしてわたしたちにこんなことが起きるのかしら? 600万人じゃ足りなかったの?」
無辜の人々になんてひどいことがおこなわれたんだ! あまりによくできた芝居なので、もう少しで彼らといっしょに涙を流してしまうところだった。しかし、奇妙なことに、イスラエル人の警備員が九人の旅行者を殺戮したことについては言及がなかった。ああ、そうか、あいつらはただの異教徒だったっけ!
大使館への攻撃でわれわれに生じた想定外の便益は、黒人たちとご主人様のユダヤ人たちのあいだで無視できない仲たがいがおこったことだ。まったく偶然の話だが、全国的な「平等のためのストライキ」の日に定められた日の三日前に攻撃はおこなわれた――それはヒューマンリレーションズ評議会がおぜん立てをしていてメディアで大きくとりあげられていた。その日はおおくの大都市で"自発的な"デモが同時に実施されることになっていた。黒人と白人の市民がともに参加して、人種間の障壁を完全に打ち破って黒人に"完全なる平等"を保証するように政府へよびかけるのだ。
だが、俺たちがイスラエル大使館を叩いたあとの先週の木曜日になってから、ヒューマンリレーションズ評議会のボス――もちろんユダヤ人――がストライキを中止させた。大使館への攻撃における自分たちユダヤ人の"殉教者たち"から搾り取れるだけ目いっぱい搾ってしまうまで、黒人たちへメディアのスポットライトを分けてやる余裕はないと判断したのだ。
平等デモの準備のためにずっと働いてきた、血気盛んな黒人のリーダーたちのなかにはそのように考えない者たちもいた。ユダヤ人が"平等"ムーブメント全体を自分たちの思惑のために操って食い物にしてきた傲慢なやり方にたいして、黒人たちはながいこと不満を持っていたのだが、我慢の限界にきた人間がいたのだ。怒りに満ちた非難の応酬がはじまり、ヒューマンリレーションズ評議会の全国協会の名ばかりの"会長"である、ユダヤ人の第一の召使の黒んぼが、土曜日になってから報道機関によるインタビューのなかでユダヤ人のご主人様を公然と糾弾したときに争いが最高潮に達した。いまこの時からヒューマンリレーションズ評議会はユダヤ人がマイノリティーだという主張をみとめないとそいつは言った。白人のマジョリティと同様の扱いをうけて、"レイシズム"の取調べと懲罰を免除されることがなくなる、と。
当りまえのこととして、彼はなにが起こったのかもわからないうちに追放された。もっと躾が行きとどいた黒人が彼の地位にとってかわったが、すでに火に油が投じられている。町の通りをうろつく黒人の"代理人"たちの集団が指令をうけて、彼らが目を付けて手中におさめたユダヤ人の氏族には災いがおこった。"質問"がされている途中ですでに死んでいたユダヤ人もいる。それが丁度この二日間の話だ。
"トム"たちがとうとう追加の闘士と怒れる兄弟を軍列にくわえたが、そのいっぽうでイジー(Izzy ホロコーストの生存者のユダヤ人)とサンボ(Sambo ちびくろサンボ)がたがいの喉を掻き切り、歯と爪をたてて争っているのは愉快な見せ物だ。
5月6日。また家に帰れてよかった。たった一日だけとはいえ。しかしニューヨークは面白いことになっていた! 俺がいままで自由にできたらと想像したよりも、もっとたくさんの兵器がそろっていた。
ニューヨークにいる専門部隊の一つがあらゆる種類の軍用材料を調達して備蓄している。俺がニューヨークを訪問した目的は、特殊兵器と妨害機器を設計および製作するうえで使える、利用可能な種類のガラクタを調査することであり、将来に優先して調達するべき物品の提案書をそれによって書き上げることができる。
一人の女と空港で会って、クイーンズのイーストリバーの近くの信じがたいほど汚い工場と倉庫のエリアにある配管用品の問屋へと車で送ってもらった。廃品、古い新聞紙、空の酒瓶がそこらじゅうに捨てられている。部品がはぎとられて錆びついた自動車の残骸が狭い通りをふさぐように放棄されているところを泳ぐように進まなければならなかったが、背が高い金網のフェンスのむこうにある泥だらけの小さな駐車場へとやっと入った。
"従業員専用"と表記されている鉄製のドアを女がノックすると、配管の取付け用具が入った箱でいっぱいの薄暗くて埃っぽい倉庫へとすぐに通された。そこで彼女は俺を快活な若い男にまかせた。歳は二十五才ほどで、油まみれのつなぎを着てクリップボードを持っていた。"リチャード"とだけ名乗ってから、ドアの近くの長いカウンターの端にある、みすぼらしい電気コーヒーサーバーから一杯のコーヒーをくれた。
それから俺たちは古くてガタガタの貨物用エレベーターで二階に上がった。エレベーターから足を踏み出したときに驚きで息をのんだ。天井が低くて一辺が百フィート以上もある広い部屋に、思いつく限りのあらゆる種類の軍用兵器が数えきれないほど積上げられていた。自動小銃、機関銃、火炎放射器、迫撃砲、弾薬のケースが文字通り数千個、手榴弾、爆薬、雷管、伝爆薬、そしてスペアパーツ。床が壊れないのが不思議なほどだった。
蛍光灯の光のもと、部屋の隅で四人の男と一人の女が二つの作業台で作業をしていた。男の一人は、50本ほどあった自動小銃の束から抜き取った一本のシリアルナンバーを削り取っていた。ほかの人間は自動小銃の部品に油を塗って再結合してから、天板をはずした大型の湯沸かし器のなかへ小銃を丁寧に梱包していた。湯沸かし器が入っている大型の段ボール箱がそばに一ダース置かれていた。
「こうやってわれわれは武器の保管と出荷をしています」
リチャードが説明してくれた。
「当局が万一これらの銃を確保した場合に、どこから手に入れた銃かが判別しにくくなるようにシリアルナンバーを削り取っています。湯沸かし器が外でみつかっても、われわれまでたどり着く方法はありません。段ボール箱に貼っているニセの荷札は、中身が何かがわれわれだけにわかる暗号になっています。このちょっと変わった湯沸かし器が東海岸のあちこちの戦闘部隊の司令部に置かれていることでしょう。ですが、われわれは国内のどこへでも発送します」
ほとんど圧倒されながら、兵器の山のあいだをさまよった。天井まで積み上げられたオリーブドラブ色の大きな木箱の山のそばで立ちどまった。木箱にはすべて「迫撃砲, 4.2インチ, M 30, 完了」という言葉が印刷されていて、その下には「Gross Wt. 700 lbs」と印刷されていた。
「どこでこれを手に入れたんですか」
俺は尋ねた。たった一台の年代物の古物の迫撃砲を改造することでやり遂げた、一年半前の大仕事のことを回想した。
「それはフォートディックスという駐屯地から先週持ってきました」
リチャードは答えた。
「トレントン市の郊外のとある部隊の人たちが補給部隊の黒人の軍曹に駐屯地内で一万ドルを支払って、そいつを積んだトラックをかっぱらって持ってこさせました。それから、二箱ずつピックアップトラックの荷台に積んでここへ持ってきてくれました」
「ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルバニアにある十二か所以上の駐屯地と武器庫からここにある物資を持ってきています。先月にピカティニー武器庫から手に入れたものをみてください」
そばにあった円筒型の物体の山に被せていた防水シートをはがしながら、彼は言った。
つぶさに観察して把握した。それは繊維板の筒であり、長さが二フィートで直径が五インチだった。M329HE迫撃砲弾がそれぞれに収められている。 一つの山にすくなくとも300本はあった。
リチャードは説明をつづけた。
「前は、内部にいる仲間をつかって、軍事基地から一つずつこっそりとあたらしい兵器を運び出してきたものでした。最近は黒人の兵士を雇ってブツをトラックに積んで盗んでこさせるようにかわりました。そのやり方でいつも正確に欲しいものが手に入るとはかぎりませんが、十二分に収穫があります」
「非合法な武器輸送の仕事のために、マフィアのバイヤーに見せかけたニセモノの活動員を二人用意しました。基地にいる仲間がそのバイヤーたちを武器の格納エリアの責任者である黒人たちのもとへと差し向けます。彼ら黒人は金が欲しければ基地をまるごとでも持ってきてくれる連中です。われわれからもらう金の一部を歩哨の黒人仲間にわけてやるだけで仕事ができる」
「われわれにとってはおいしい話です。まず、黒人にとって逮捕されずにモノを盗むのは簡単な仕事です。秘密警察のメンバーは白人なので、彼ら黒人をあまり熱心に監視していません。そして黒人たちはすでに基地中にネットワークを築いていて、タイヤ、ガソリン、酒保の備品、非軍用の物品をぬきとって売り払っています。おかげで、われわれの仲間は本来の仕事に集中することができる。つまり、白人の軍人を勧誘して軍の内部にわれわれの勢力を築きあげることです」
その日の残りは、室内のものをすべて見て回って頭のなかに目録をつくることに費やした。倉庫を出たときには、数十種類の爆薬信管、点火器、そのほか俺が試してみたかったもののサンプルを携えていた。こうなると、帰りは電車を使わなければいけなかった。
軍隊の状況については諸刃の解釈ができる。陸軍兵士の40パーセント以上を占める黒人とほかの軍のほぼ同数の黒人は、士気、規律、能力がおどろくほど低い。そのおかげで俺たちにとっては武器を盗んだり勧誘をしたりするのがとてつもなく簡単になっている。とくに軍隊の現状にたいして義憤をおぼえているキャリア軍人は誘いやすい。
だが長期的にみると、俺たちが軍隊内部で行動を起こすべき日がいつか来るので、おそろしい危険を招く。大量の黒人が武器を所持しているので、血みどろの大惨事が起きるのは必至だ。黒人どもを一掃して軍隊を再建しているあいだ、国はほぼ無防備になってしまう。
だがまあ、それも計画のうちだと思っている。