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中華屋の隣のThe Oberoi

Sitaara Aoyama, Tokyo / The Oberoi, New Delhi  

ニューデリー勤務時代に親しくしていた人が日本に帰国し、少し先の週末に夕食をする約束をした。店は私が決めることになったので、そうだ青山のシターラに行ってみよう、と表参道でのヘアカットのついでにランチで下見をすることにした。「知ってる?今ね、東京のインド料理のレベルはとても高いの」などと吹聴した手前、外すと格好悪いし、何より友人をがっかりさせたくない。

ここシターラは、シェフをインドのThe Oberoiグループから招聘している。インド料理に詳しい食べログレヴュアーの方からそう伺って行きたいと思っていた。

ニューデリーにラグジュアリーホテルは数多あれど、私はその中でThe Oberoiを偏愛していて、地下のモールに入っているヘアサロンでカットとトリートメントをしてもらうのと、同じく地下にあるデリでパンを買うため週一回は訪れていた。ロビーに漂う爽やかな花の香り。青く澄んだ水を湛え陽光を反射して煌めくプール。格調高く、かつ派手過ぎない落ち着いた佇まいが素晴らしく、予算さえ許せば住みたかったくらいだ。

もちろんそんな予算の無い私は、車でThe Oberoiへ行く。外ゲートに到着し車のセキュリティーチェックを受け、メインエントランスの車寄せへ向かって緩やかなカーブを描くスロープを上って行く。

車寄せには、運転手が駆る磨き上げられたメルセデスベンツやベントレーが一台また一台と入ってくる。ホテルのドアマンが車の後部座席のドアを引くと、高価そうな洒落たサリーと宝石を纏った美しいインド人のマダムが、優雅な仕草で降りてくる。彼女らの、ビジューの着いた小さなクラッチバックを金属探知機のバスケットに入れるセキュリティースタッフの男性達も、みな整った顔立ちで体格が良く、このエントランスからしてOberoiの風格に圧倒される。高級車に挟まれ、安いホンダの車から降りる私は自分が場違いな人間であることを自覚しつつ、ひっそりとOberoiを利用させてもらっていた。

シターラには、そんなThe Oberoiのイメージを抱いていたので、さて青山のどこかなと住所を検索し、場所を知った時には激しく拍子抜けした。小原流会館って?「ふーみん」のとこじゃない。

前回の東京勤務の時、私は小原流会館から徒歩数分の所に住んでおり、地下飲食店街にある中華料理屋「ふーみん」に週1くらいのペースで来ていた。あのシャビーな場所にOberoiのシェフが?好奇心と期待を抱いて小原流会館に到着した。薄暗い階段は以前と全く変わっていない。

シターラの店内はラグジュアリー感は無いが、こざっぱりとして感じがいい。席に案内され周囲を見ると、夏の週末、しかもランチということもあってか、ご近所住人風のおじさん、おばさん、Tシャツ短パンで素足にサンダル履き(一応青山なのでそれなり洒落たサンダル)といった、極めてカジュアルな出で立ちの客が大部分を占めている。そういえば私もこんな格好でふーみんに行っていた。こういう商業エリアで、地元の人に愛される店は大抵いい店だ。

ランチセットの中から、季節メニューのラムとキドニービーンズのキーマを注文してみた。出て来た皿を一目見た瞬間、これは美味しいと直感した。ラム挽肉の一粒一粒が、内側からの力を湛えて艶やかに立ち上がっている。ちょうど炊きたてのコシヒカリの一粒一粒が立ち上がっているように。キドニービーンズも、豆の内側から溢れる力が目に見えるかのように光っている。

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これなら間違いない。そう確信した私は帰りがけ、例のインド帰りの友人との会食の予約を入れた。「○月○日、日曜日の夜、二名でお願いします。」店員さんが困った顔で私を見つめる。「日曜日は休みです。」

ああ、そうでしたか‥ 
ということで、今回の会食はダルマサーガラに変更したが、ここシターラも必ず夜に来ようと思う。ランチであの皿が出たのだ。夜は推して知るべし。そしてあの薄暗くシャビーな地下飲食街、中華屋ふーみんと同じ場所に、Oberoiの世界に通じるドアがある。このシチュエーションも非常に英国的で気に入った。Oberoiを知る、インド人やインド帰りの友人を連れて来て驚かせたい。(2013年7月)


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