【お題短編】29日目『無題』

29日目『無題』
 
 届かない。
僕は朝から十回は開いているメールボックスをもう一度確認するが、そこに新たなメールはない。念のため、新着メール問い合わせもしてみるが、「メールはありません」の文字しか現れない。往生際の悪い西日が眩しい。こんな時間になっても編集長からメールが入らないとは珍しい。飽きられたのかな、と思ったけれど、何の連絡もなければ不安で仕方ない。最後の望みを賭けてメールを送ってみることにする、「本日のお題をください」。
 僕は作家だ―以下の注釈がつくけれど―売れない、書けない、人気がない。
これまで多くの出版社から見捨てられてきた僕を、編集長は拾ってくれ、一人前の作家になるよう育ててくれるらしい。その特訓として、編集長から毎日送られてくるお題で短編を書かなければならない。今日までに五十編は書き、そのうち四十七編は日の目を見ない。なんであの作品がボツなんだ、この作風のどこが悪い!言いたいことは山ほどあるが、売れる作家になるためには書き続けるしかない。だが、今日分のお題が夕飯時になってもまだ届いていない。メールもチャットも、既読すらつかない。名刺にある電話番号にかけてみたが、会社の方も個人の方も連絡がつかない。もしかして、今日は書かなくて良い?
「一日くらい書かなくても良いじゃないか」「継続は力なり、って言うでしょ?毎日書かないと身に付かないよ」「そのありがたいことわざを『断続は力なり』って読んで、何事も中途半端で止めるのがこいつの特徴だろ?」「それでもこの短編は続いていたんだから」「そろそろ止め時ってことさ。編集長に見切りをつけられたのさ」心の悪魔と天使がうるさい。
 三日坊主常習犯の僕だが、日々のルーティンと化した短編書きがないと、何か落ち着かない。「何で書いてないんだ」と編集長に怒られるのが怖い?あの編集長からも見捨てられたんじゃないかと心配?いや、そんなネガティヴなことじゃない。ただ単に、僕が、短編を書きたい。売れなくても良い。世に出なくても良い。ただ、湧き上がる物語を言葉として、文字として、書き記したい。その結果として、編集長に認めてもらい、世に出て、誰かの心に届いてくれると嬉しい。ものすごく罰当たりな大欲を言えば、僕が『現代のシェイクスピア』と崇めているあの天才詩人に、僕の作品を読んでもらいたい。そんな雲の上の上の上の夢のような話に到達するまでは、相当知名度を上げなければならない。では、今の僕はどうすればいい?書くしかない。書き続けなければ、夢は遠い。
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 完成。パソコン画面が明るい代わりに部屋は薄暗い。すっかりと夜になっているらしい。何とか書き上げたエッセイ風の短編をメールにつけて気がついたのだが、題名を考えていない。いつもなら、送られてきたお題が題名。お題のない、この作品の題名には何がふさわしい?ざっと読み直すと、なぜか無駄に『い』が多い。全ての文の終わりが『い』になっているみたい。すごい偶然だ…何も狙って書いたわけではない…。よし、それならこの題名以外ありえない。タイトル『むだい』。

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いかがでしたか?
前の投稿【お題歌詞29】で触れた短編Ver.の『無題』。
友だちからの感想は「一番短くて読みやすかった!」。いやそこかいっ!


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