教育委員会よ、ありがとう!

昨今の、考える力を身につけるという国の方針。当たり前といえば、当たり前のことなのですが、その考える力を中学生に身につけてもらうため、その方針に沿った勉強を教えてもらうため、高校入試でも、基本のきの計算問題が2年前に1問も無くなりました。

大問1は、それでも、簡単な問題のはずで、「考える力」があれば、答えが出せます。が、計算式の練習しかしていない子は、それすらも解くことができません。

昨年も、同様の傾向で、その「計算の意味」がわかっていないと、解くことができなかったのです。計算の意味が分かる子は、大抵、公式も覚えています。計算の意味が分からない子は、とにかく、計算式の答えを出すことに必死です。だって、計算問題が解けないと、その先には進めないから。計算問題が解けるようになって、「あ、そういう意味だったの?」とやっと理解ができる。

公式を覚えることができません、という中学生。覚えなくてもいいのです。わからなくなったら、地道に答えを出せば良いのだから。と私。でも、学校ではそういうふうには教えてくれない。付き合う余裕は学校にはない。だから「覚えなさい」となる。覚えられなかったら?答えは出せないと、考える子が多いのです。

「考える力」をつける国の方針があるのに、「覚えろ」という。覚えられないときは、答えを出す術がないと信じて疑わない中学生。だから、とにかく、必死に計算問題だけは、解けるように努力する。

そして、計算問題が解けるようになったのに、本番である県立高校入試では計算問題が出なかった。多分0点だ。一体何を努力してきたのか、という無力感、高校生にはなれないかもしれないという絶望は、いかほどか。

せめて、よくやった、のご褒美の1個ぐらいは、正解が取れるという優しさが欲しい。

国の方針は、本当に当たり前で、それに沿った教育委員会の方針も理解できる。それなのに、絶望を与える入試とは一体なんだ、と私は心底ムカついていた。

それが今年、計算問題が復活した!!!ありがとう、大人。これでホッとする中学生が増えたと思う。とりあえず、それだけは、中学生の自信に大いにつながったと思う。絶望を与えないで済むは、それだけで本当に素晴らしい。ありがとう。汲んでくれて、本当にありがとう、茨城県。


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