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15.エーカラヴャの献身

ある日、ドローナのところに、色黒の少年がやってきて言いました。

「あなた様はドローナ先生でいらっしゃいますでしょうか。
先生にお会いしたいと思いやって参りました。私はニシャダ国の王子で、エーカラヴャというものです。私に弓の技術を学ばせて頂けないでしょうか。
そして、どうかあなたの弟子にしてください!」

礼儀正しいこの少年に、ドローナはとても好感を持ちましたが、残念ながら彼はニシャダ国の者。敵対する国の人間に弓の技術を教えることは、クルの王子たちを教えている身の立場では叶いません。

ドローナは残念に思いながらも、
「すまないが君を弟子にとることはできないんだ。おとなしく自分の国に帰りなさい」と伝えて去りました。

けれどもエーカラヴャは、決して諦めませんでした。

彼は泥でドローナ(※ジョークではありません~)の人形を作り、その人形を自分の師としたのです。その人形を見ながら心の中でドローナを想い尊敬の念を抱きながら弓の練習を行いました。
すると短期間でみるみるうちに弓の技術は上達。

ドローナに弟子を断られたからといって、そのことは一切エーカラヴャにとって何も関係ありませんでしたし、彼の師と弓への愛は変わりませんでした。
むしろその献身こそが、彼の弓の技術を高めていったのです。

それから時は経ち、ある日、パーンダヴァ5兄弟はドローナと森にピクニックに出かけました。彼らは犬を連れていたのですが、その犬が森の奥へと迷いこんでしまったのです。

その犬を見つけたのが、たまたま森の中にいたエーカラヴャ。

吠え続ける恰好の獲物に、彼は思わず自分の弓の腕を試したくなり、
狙い定めるや否や、次々と矢を放ちました。
その矢は全て、遠吠えしていた犬の口を閉じるように突き刺さったのです!

驚いた犬は射抜かれたまま方々を走り回り、
分けもわからず走っているうちに、5兄弟の元にたどり着きました。

びっくりしたのは王子たちです。
犬の痛々しい姿にも驚きですが、矢の刺さり方を見るともはや美しいとさえいえる弓さばきが見て取れます。これはタダモノが射ったものではないと王子たちが話していると犬を追って、エーカラヴャが現れました。


王子たちに、この犬を射ったのはお前かと問われた彼は誇らしげに微笑みました。

「ええ、それをやったのは私ですよ。私はエーカラヴャと申すもの。ニシャダ国の王子であります。私はドローナ先生の生徒です」

それを聞いて一番仰天したのは、アルジュナでした。
ドローナにとって一番のお気に入りの弟子と言えばアルジュナでしたし、アルジュナ自身もそのつもりでしたから。

(こんなすごい腕を持つやつが、ドローナ先生の生徒なんて聞いてないぞ!?)

アルジュナは慌ててドローナの元に行き、かくかくしかじかと事の顛末を述べたあとに言い募りました。

「先生!ひどいじゃないですか!
先生は僕を世界で一番素晴らしい弓使いに育ててくださるとおっしゃったのに。あんなすごい弓の腕をもつ生徒が、僕以外にもいたなんて!!」

ドローナは、アルジュナの話を聞いて首をかしげます。
「そんな生徒をとったつもりはないが・・・とりあえずその男と会ってみよう」


アルジュナを連れだってドローナはエーカラヴャの元へと急ぎました。ヒョウの皮の服を来た青年の顔を眺めて、一生懸命思い出そうとするもドローナには彼が誰だか分かりません。

「君は私のことを先生といったそうだが、私は君のことを知らないし、弟子にしたつもりもないのだがね?」

声を掛けられたエーカラヴャにとっては、ついに想い焦がれた師が再び目の前に現れたのですから、感極まりむせび泣きました。

「こらこら、泣いていてはわからないよ、一体君はいつ私の弟子になったというのかな?」
そう聞くドローナに今までの経緯を話そうとしても、涙のせいでうまく説明できません。

ドローナは目の前にいる若者に、以前と同様好意を抱かずにはいられませんでした。けれどもその横には、厳しく嫉妬に駆られた表情でエーカラヴャを見つめるアルジュナが。

ドローナは自分の一番弟子の気持ちも汲み取り、エーカラヴャにこう言いました。

「もし君が私の弟子なのだと言いはるのであれば、ダクシナ(※ここでのダクシナの意味は、正式な教育の後に先生に対して渡す寄進)を貰い受けよう」
「はい!先生!何を差し上げればよいでしょうか!?」
「どんなものでもよいのか?」
「もちろんです、先生」

ドローナはもう一度アルジュナを見たあと、一息ついてこういいました。

「それでは。君の親指を。右手のだ」


エーカラヴャは一切の戸惑いも、拒否の表情も、浮かべませんでした。

笑顔のまま、即座に自身の右手の親指を切り落とすと、その指を差し出して「ドローナ先生のおかげで私は、このように素晴らしい弓使いとして成長することができました。こうしてダクシナをお渡しすることが出来て大変光栄です。さあ、お受け取りくださいませ」

そういうとドローナに向かって深く、深く、こうべを垂れ、平伏しました。

ドローナはそっとダクシナを受け取りました。アルジュナはその様子を見て、これで自分が一番弟子のままだ、と喜びます。

ドローナは、何も言わず、エーカラヴャの元を去りました。
その後ろ姿が消えゆくまで、エーカラヴャは敬意を示したまま頭をあげませんでした。

《ガネーシャのひとりごと》
ここで出てくるアルジュナは、どこにでもいるんだ。
もちろんきみの心の中にもね。
いい、わるい、の話じゃないんだ。
ただ、いるだけさ。

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