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コグレ・クラシックス Vol.1

音楽を聴き感動した最初の記憶として思い出すのは、小学校低学年の頃、母親の車で聴いたパッヘルベルの『カノン』である。

母が音楽教師だったこともあって、家や車でいわゆるクラシック音楽を耳にする機会が多かった。それまでも『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』やベートーヴェンの第九の最後の方とか、子供心に感銘を受ける曲はあったものの、鳥肌が立つほどの感動を音楽から受けたのは『カノン』が初めてだったように思う。

その次は……と思い出そうとすると、なぜか16歳まで記憶が飛んでしまうのは、僕の記憶野が、よほど強い爪痕が刻まれない限り、いつの間にかなだらかな表面に戻ってしまう低反発マットのような性質を持っているから、です。たぶん。

その結果、小学校高学年、中学校、と自発的に音楽に触れる機会は多くなっていったものの、思春期序盤特有の迷える自我による「音楽(主に洋楽)たくさん聴いてる俺ってカッコいい」路線の思考にハマった結果、すでに権威付けの済んでいる数々の名盤の沼で溺れかけながら、それとは逆のベクトルの、例えば好きな女の子が聴いていると言っていた歌謡曲を覚えてみたり……そんな思い出ばかりがぼんやりとあるのだけれど、この時期に衝撃的な音楽に出会ったという記憶はない。

正確に言えば、クラッシュやボブ・マーリー、ドナルド・フェイゲンなど、その頃に買ったCDを聴き直し、その素晴らしさを発見するのはもう少し時間が経ってからのことになる。

『カノン』からずいぶん時が経って、振り返る限りの記憶の中でのセカンド・インパクトとなったのが、この曲。


理屈のいらない感動は、いつも突然やってくる。

毛足の長いカーペットが敷かれたリビング・ルームで、どうせ一年で日本に戻るんだから、という理由でチョイスされた小型の古いテレビから流れたこの曲のワンコーラスを聴いて、タイトルとアーティスト名を絶対に覚えておかないと、と必死でメモを取ったのを覚えている。

カナダから帰国した後、既に所有していたこの曲が収録されたアルバムの日本盤を、家の近くの中古屋でたまたま見つけたときに、セカンド・セカンド・インパクトがやってきた。今まで何となく聴き取るだけだったこのバンドの散文的な歌詞が日本盤(洋盤には歌詞が載っていなかった)のブックレットには記載されていたからだ。


So drunk in the August sun (8月の陽の下で酔っぱらった)
And you’re the kind of girl I like (君は僕の好きなタイプの女の子)
Because you’re empty and I’m empty (君は空っぽだし 僕もそうだから)
And you can never quarantine the past (そして過去を隔離することは絶対にできないんだ)


上記の”Gold Soundz”が何についての曲なのか一言では説明できないし、聴き手によって色々な解釈があるだろう。しかし、その宝石のような2分42秒に閉じ込められた煌めきは世界中の人々の心を揺らした。後々の自分の作詞においても、とても大きな影響を受けていると思う。

極端に言うなら、例えば愛情を表現するのに「愛してる」と書く以外の、その人らしいやり方がたくさんあるのだというようなことを、Pavement というバンドは僕に教えてくれた。そしてそれは歌詞に限ったことではなく、BPMや平均律といった現代ポップスの一般的なルールに関しても。

それらは『表現』が基本的に他者との共有を前提にされていくうちに整備された舗装路だ。

何においてもそうだけれど、いわゆる常識から自主的に逸脱するのは勇気がいることだし、経験を積むほどに先人たちが切り開いた舗装路の安全性や利便性が身につまされてくるので、何らかの確信がなければ生半にできることではない。

僕がこのバンドにものすごく惹かれた理由は、そうしたメインストリームからの逸脱を、ほぼ直感のみで無邪気に体現していたところなのかもしれない。キラキラ眩しい旋律の洪水とともに。


以下、個人的に好きな曲を何曲か一言コメント付きで挙げていくので、有閑な方はチェックしてみてね。

Kennel Dstrict  

直訳すれば『ケンネル地区』。
シンプルなディストーション・ギターの循環と、スティーブ・ブシェミ系の繊細なちょいダメ男が思い浮かぶ歌詞。知らない異国の街の、ドラマティックでも何でもないよくある話……をなぜか何度も読んでしまうような、不思議な魅力のある曲。まあ、Pavementの曲はそういうものが多いのだけれど。


Summer Babe

この曲を聴くと、クソみたいに時間を贅沢使いしていた10代を思い出す。
初期のS・マルクマスの歌い方はどこかVelvet Undergroundのような雰囲気があって好き。子供の落書きに滲んだ純粋性のような、何とも言えない味わいがありますね。


Starlings Of The Slipstream

憂いのあるイントロ〜Aメロから突入するコーラスの幽玄なメローネスや、謎に差し込まれるキャッチーなカウベル、アウトロの歪んだギター・アンサンブル......“後流に乗るムクドリたち”という歌詞も示唆に富んでいて好きです。


Carrot Rope

彼らの実質的なラスト・アルバムの、ラスト・トラック。
このアルバム自体が、レディオ・ヘッドなども手掛けたナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えた異色作なので、他の作品に比べて聴きやすい曲が多い。“Spit on a Stranger”とか。
逆に言えば彼らの大きな魅力の一つでもあった、ラフで予想外のアンサンブルが洗練されたことによって、リリース当時は賛否が結構分かれていた記憶がある。
個人的にも一聴したときは、悪くないけど、何となくパッとしないなーなんて思っていた......この曲のサビを聴くまでは。

何かが終わる時は寂しいものだけど、こんなカラッとしたエンディングなら最高だね。











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