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郵便ポスト#1 <小説> 全12回(予定)

目安:6分




 ワシは郵便ポスト。この街のこの場所に立ち始めて、もう四十数年になる。ちょうどその頃にこの駅前が再開発されてな、線路が高架になって、駅舎が新しくなって、ロータリーが整備された。そのロータリーに面した所に駅前広場があって、駅の改札のちょうど正面、その位置にワシはいる。

 ここへ来る前は、ここから大体、百メートルぐらい離れた所にあった酒屋の入口で、同じように郵便ポストをやっていた。今ではその酒屋もコンビニだ。

 ワシの右の方にパチンコ屋があるだろ。建物の外装、店の名前は今とは違うが、あの頃からあそこはパチンコ屋だった。もちろん、あのパチンコ屋の壁面にあるような、どでかい大画面のモニターなんてものもなかった。

 左の方にある建物。一階にスーパーが入っているあの建物。あんなビルも、もちろんなかったさ。高さ三十三階建てだぞ。

高けえなんてもんじゃない。ワシは未だかつて一度たりとも三十三階まで見上げたことがない。首が動かん。

 他にもファーストフードや、おしゃれなカフェなんかもできていて、あの頃とはすっかり、街並みも変わってしまった。

 ワシの向かい側。ワシから見て改札のすぐ右にある交番、あれだって昔は、工事現場の簡易な事務所のような建物だった。今ではレンガで飾られたおしゃれな外装で、アルファベットでKOBANだと。昔は派出所と呼んでいたのに。随分と垢抜けたもんだ。あまりじろじろ見るなよ、じっと見ているとすぐにこっちへ来る。

「どうかしましたか。」「大丈夫ですか。」ってな。全く心配性な奴らだ。

 駅の周りに溢れている違法駐輪の自転車、あれは変わらない。昔からだ。ここの駅自体は一応、F市にある。とは言ってもF市の一番西の端に位置する。

 ちょっとここから西に行くだけで、もうそこはI市。F市とI市の両方の住民がこの駅を利用する。それなのに、この二つの市はお互いに協力すればいいものの、昔からあまり仲が良くない。

 F市は県で人口が二番目に多い。一方、I市は県で一番、東京に近い所にある。川を越えれば、もうそこは東京。何かあるとすぐにそれを言う。

 東京に近いからなんだって言うんだ。人口も財政もF市が勝っている。でもこれもI市に言わせると、面積が広いだけだろ、土地が余っているだけだろ、田舎なだけだろう、という言い分だ。

 いずれにしろ、お互いに自分らのほうが都会だと思い込んでいるからやっかい。お互いに主導権を握ろうとする。だから何事も話が進まない。

 そんなつまらない争いをしているもんだから違法駐輪も、どっちが撤去する。どっちで保管する。どっちが処理するという話ばかり。市民の利便性なんて話にならん。

 一応、落ち着いている午前中に、駅の東側と西側に分けて撤去はしているようだが、そこまで積極的ではない。どちらも、きちんと全部の違法駐輪の自転車を、持って行こうとはしない。

 F市がF市市民の自転車、I市がI市市民の自転車だけを、撤去しようとする。間違って相手の市民の自転車を撤去しようものなら、かえって話が面倒臭くなる。

 市と市の境目。どちらの市民にとっても保管場所が遠く、要は便が悪くなるので、持ち主が引き取りに来てくれなくなるのだ。勝手に自転車を撤去したんだから家まで配達しろなんて理不尽なことを言う輩まででてくる。確かに保管料や、保管場所から各家庭への運搬料を考えると、安い自転車を買ってしまった方が早いというのも分かる。

 昔に比べたら、自転車も安くなったもんだ。それに保管しているどちらの市も、持ち主が引き取りに来ないと、それだけコストが掛かり無駄が発生する。だから余計に撤去しなくなり悪循環となる。

 そして両方の市民はさすがにこの問題を知っている。逆にその傾向を悪用している始末じゃ。両方の市は、スーパーが開店する前の、比較的に街が落ち着いているときに撤去をする。

 しかも撤去が目的ではない、ただ撤去はしていますよ、というアピール、その程度だ。もうスーパーが開店する時間になってしまうと、自転車を置いても持っていかれない。どれが違法駐輪の自転車なのか、どれがスーパーのお客の自転車なのかわからなくなるからだ。  

 もちろん、違法駐輪されている自転車も残されているわけで、なくなるどころかお昼過ぎになるとさらに溢れる。

 完全に違法駐輪がゼロの状態をこの四十年、ワシはは見たことがない。駅前のロータリーの再開発の説きに、工事をするのに邪魔だから撤去でしただけだ。そんな状態だからとても行儀がいい駅前とはいえない。

 お、そろそろアイツが来る時間だ。毎日、決まった時間に来てワシの腹を開けて中身を持っていくアイツ。小太りで汗っかき。夏なんか汗臭さもあって、ワシはあいつが作業している間ずっと息を止めている。

 四十年前の若いころであれば、そんな短い時間息を止めていることなんか全く問題がなかったのに、年取るとさすがに辛い。最近はひと夏で七回ぐらい、意識が遠のく。余計な力を使うので、バテるのも早くなってしまった。

 九時三十分。十二時。十四時三十分。十六時三十分。と一日四回。午前中はいいが、一日働いて夕方の四回目は本当に臭い。それだけ近くに寄らないと、ワシの中身は持っていけないから仕方がないと言ったら仕方がないのだが。

 赤い車が来たぞ。アイツだ。車を止めてドアを開けてアイツが降りてくる。歩道の柵をいつもまたぐのだが、こいつは週に一回は必ず躓く。今週はまだだから、今日あたり……。

 ……。

 見たか。顔面を打ちよったぞ。ほんとドンくさいやつだ。

 そんでこいつは結構、カッコつける。今もそうだったんだが、転んだくせに、必ずまず髪をかき上げる。そして、軽く首をかしげながら、アスリートのように足をさする。

 まるで、実はちょっと右ふくらはぎに、違和感があったんだよね、と言いたそうな表情をする。誰も聞いちゃいねえのに。そして全然、関係のない首を、軽く回す。アスリートでもなんでもないくせに。

「自分、スポーツマンっす。」って言いたそうな表情をするんだけれど、そんなルックスじゃないのよ、本当に。

 ここで四十数年も郵便ポストなんて仕事をしていると他にもいろんな人がいるぞ。正面に見える駅の東口の改札、あの改札から毎日、たくさんの人がこの街から出かけていく。そして帰ってくる。

 朝、飛び跳ねるような歩き方で楽しそうな顔で出かける人がいるかと思えば、逆に朝から暗い顔をして、重そうな足取りで出かける人。そして朝と同じような表情で帰ってくる人がいるかと思えば、真逆の表情で帰ってくる人もいる。

 そして四十年も眺めていると街が変化していくのと同時に人の成長も見ることもできる。受験に向けて大きなリュックを背負って塾へ向かう小学生。制服を着て学校へ通う。おしゃれな大学生になったかと思うと、スーツを着て朝の満員電車へと消えていく。先週まで見かけなかったけれど、引っ越してきて、新しくこの街で生活を始める人がいる。そうかと思うと、突然、見かけなくなってしまう人もいる。

 例えば、ずっと月曜から金曜まで毎朝同じ時間で出かけていたサラリーマンを、突然見かけなくなった。毎朝、スーツで難しい顔をしながら、駅の売店で日経新聞を買って、改札の向こうへ消えていく。それが、ある日から見かけなくなった。

 ワシは何も事情が知らないから、その男性の身に何かがあったんじゃないかと思うぐらい、突然見かけなくなった。でも、それは違った。 

 男性はもちろん無事。全く違う時間帯で見掛けるようになった。スーツ姿ではなく普段着。平日の昼間から、駅前の広場で同年代の人と談笑している姿を、見かけるようになった。しばらくして、その男性が定年を迎えたということに気が付いた。

 スーツ姿ではないということもあるが、最初、全く別人のように見えた。表情に力みがなく穏やか。そして、少し寂しそうにも見えるが、一つの道を長い年月、続けてきたというプライドも感じられる。そんな男性が普段着で、駅前広場のベンチで、談笑していた。

 ほっとしたが長く勤めあげて、定年を迎えた男性と同じ状況が、そのうちワシの身にも訪れるかもしれないと思うと、切なくもなった。

 ワシもずっと郵便ポスト。まだまだ仕事は続けられる自信はあるが、形あるものはいつ壊れてもおかしくない。年賀状の数も減る。SNSでのやり取りが増える。将来的に郵便がどうなるかなんて、ワシにはさっぱりわからない。

 そう思うと、今できることを一生懸命やるだけだ。いろんな人の郵便をお預かりして、回収の人にお渡しする。たとえ、汗臭くても丁寧にお渡しする。それがワシの仕事だ 。


<つづく>


・次回更新予定 4月3日(土)

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