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#58【シェイプ・オブ・ウォーター】ep.2「とあるスパイの悲しいライトモチーフ」

※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#58にあたる内容を再編集したものです。

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【シェイプ・オブ・ウォーターについて】

 2017年公開(日本2018年公開)
 監督:ギレルモ・デル・トロ
 音楽:アレクサンドル・デスプラ

登場人物

 イライザ・エスポジート:
 航空宇宙研究センターで働く清掃員の女性。
 言葉を発することができない。
 
 不思議な生きもの:
 アマゾンで発見された生物。
 
 ジャイルズ:
 イライザの隣人の絵描き。
 
 ゼルダ・フラー:
 イライザの同僚の清掃係。
 
 ロバート・ホフステトラー博士:
 謎の生き物の研究者。
 ソ連のスパイ。
 
 リチャード・ストリックランド:
 謎の生物の警備を務める軍人。
 
 フレミング:
 研究センターの警備主任。
 ストリックランド赴任後は彼の部下になる。
 
 ホイト元帥:
 アメリカ軍の元帥で、ストリックランドの上司。


【前回の振り返り】

 メインテーマとイライザさんのライトモチーフについて見ていきました。
 メインテーマは悲しいバラードのような印象を受ける作りが非常に印象的でしたね。
 こういった楽曲でした。
 (演奏)
 演奏されているシーンはどこか悲しさを感じられる作りになっていて、その悲しいというのはどうしようもない悲しさといった感情を感じるシーンで使われていました。
 それとは対比的に演奏されているのがイライザさんのテーマでした。
 このようなメロディでしたね。
 (演奏)
 対比的に使われている点を気にしてみてみるととてもおもしろいですね。
 イライザさんのライトモチーフはとてもストレートな使われ方がされていました。
 ストレートというのは、特定の状況や感情でのみ演奏されるのではなく、イライザさんがポジティブなシーンではほとんど演奏されていました。
 唯一例外を出すとしたら登場シーンですかね。
 映画としても音楽で明確に状況を書き分けることで実際に内容の情報整理がとてもしやすくなっています。
 なので、一見難解になってしまいそうなシーンでもわかりやすく見ることができますね。

【他にもあるライトモチーフ】

 前回はイライザさんのライトモチーフについてやったのですが、普通にみていたら気づかないライトモチーフがあったので紹介していこうと思います。
 まずはロバート・ホフステトラー博士という謎の生き物の研究者でありながら、ソ連のスパイでもある人物のライトモチーフです。
 アップルミュージック シャイプ オブ ウォーター オリジナル・サウンドトラック 6曲目に収録されている「スパイ ミーティング」という楽曲で聴くことができます。
 この楽曲の中にそのライトモチーフとなるメロディが隠れています。
 それがこのメロディですね。
 (演奏)
 とても怪しさが出ています。
 この怪しさはスロードラマというジャンルの作曲が採用されていますね。
 低音が目立つ作りもスパイ音楽の代名詞となりましたね。

スパイ ミーティング シーン1

 そんなメロディが演奏される初めての機会は、
 35:50
 ソ連のスパイであるホフステトラー博士が劇中、初めてスパイ活動をしているのがわかるシーンです。
 部屋の床からなにやら設計図のようなものを出しているシーンですね。
 このシーンは明らかにスパイ活動をしているので、ライトモチーフとして機能していますね。

スパイ ミーティング シーン2

 次に
 1:22:01
 警備のリチャードさんにホフステトラー博士が呼び出されて、質問を受けるシーンです。
 このときリチャードさんは居なくなった謎の生き物の行方と連れ去った犯人を探していて、犯人ではないけれどもスパイとして内通していることがバレたくないそんな緊張感のあるシーンです。

スパイ ミーティング シーン3

 次に
 1:26:43
 このシーンでは作戦の進捗を聞きにホフステトラー博士の元へ、ソ連の諜報員が来るシーンです。
 この時に自分の身に危険が迫っていることをホフステトラー博士はわかっています。
 作戦は失敗しているのに、成功している体で話が進んでいるからですね。
 なので、バターケーキを振る舞う振りをしてナイフを隠し持つ時に演奏されます。

スパイ ミーティング シーン4

 次に
 1:33:19
 電話で異動辞令がでて48時間後に例の場所で落ち合う約束の電話が来るシーンです。
 この時外に研究センターの人が張り込みをしていることにも気づいていて、とにかく自分が危険な状況に置かれていることをホフステトラー博士は理解しています。
 これがホフステトラー博士に関するライトモチーフですね。

スパイ ミーティング シーン5

 ここでスパイ活動のシーンで演奏されていないシーンも見ていきます。
 51:27
 ソ連側から謎の生き物を殺すための劇薬と注射器を渡されるホフステトラー博士のシーンです。

スパイ ミーティング シーン6

 それと
 1:43:25
 異動辞令の電話で指定された日時と場所で、銃で撃たれてしまいさらにリチャードさんから尋問を受けるシーンです。
 この2シーンでは演奏されていないんですね。
 2シーンと先ほどの4シーンの大きな違いというのは視点です。
 どの視点で描かれているかで演奏されるかされないかが分かれています。
 先ほどの演奏されていた4シーンでは、博士がソ連の諜報員であること、リチャードさんに質問される、身の危険を感じてナイフを隠し持つ、諜報員からの電話に出る、これらはホフステトラー博士目線で描かれていて、博士の意思があるシーンです。
 それに比べ、演奏されていない、注射器を渡される、銃で撃たれて尋問を受ける、にはホフステトラー博士ではなく、相手の目線もしくは主観ではなく客観的な目線で描かれていて、博士の意思はそこにはありません。
 博士は謎の生き物を殺したくないですし、死にたくもありません。
 演奏されていないシーンでは、その博士の意思がないということですので、ホフステトラー博士が自らの意思で行うスパイ活動がされている時に演奏されていることがわかりますね。
 さらにもうひとつ隠されたメロディがあります。
 それはこのようなメロディです。
 (演奏)
 このメロディはOST 6曲目に収録されている「スパイ ミーティング」で聴くことができます。

スパイ ミーティング シーン7

 先ほど紹介したシーンでもこのメロディは演奏されていたのですが、このメロディだけが演奏されるシーンがあります。
 それは、
 59:01
 毒殺をするための注射器を準備するシーンです。
 この時にメロディが演奏されています。
 実はこのシーンで演奏されているのは、アップルミュージック シャイプ オブ ウォーター オリジナル・サウンドトラック 13曲目に収録されている「ザ エスケープ」という楽曲で、この楽曲は謎の生き物をイライザさんたちが逃がすシーンの音楽です。
 このように映画音楽では、ライトモチーフとなるメロディが別の曲で効果音的に演奏されることがあります。
 とても効果的な方法で、音楽的かではなく映画のシーンに合っているかどうかが作曲の判断基準になります。
 なぜこのシーンを紹介したかというと、この作曲法は非常に難しいんです。
 既存のライトモチーフとなるメロディを入れれば良いだけじゃん、となりそうなものなのですが、キーやハーモニーの整合性をとりながら、楽曲に違和感なく馴染ませているのはまさに職人技です。
 これを紹介したいがためのシーンの紹介でした。
 ぜひOSTが聴ける方は聴いてみてください。

【ソースミュージックの紹介】

 この作品の世界観は1960年代のアメリカが舞台になっています。
 それがわかるのはやはり、ところどころに登場するTVや映画のシーン、あとはソースミュージックやライブラリーミュージックの使用によってみることができます。
 特にソースミュージックの使用率が高い映画で、なにか深い意味があるのではないかという興味から見ていこうと思います。
 OSTやエンドロールでなんの音楽が使用されているかはわかるので、見える範囲でみていこうと思います。
 まずは登場する映画を見ていきたいと思います。
 ここではエンドロールにある映画のタイトルから、映画のどこで使われているかをみていきます。

I WENT TO MARKET

 まずは、
 タイトル「ザ リトル コロネル/小連隊長」楽曲「I WENT TO MARKET」
 5:31
 イライザさんがジャイルズさんに夜食を届けるシーンです。
 「ザ リトル コロネル/小連隊長」という作品ではタップダンスが有名でそれが作中にも登場しています。
 劇中でも階段でタップを踏んでいるシーンを二人で観ていましたね。
 これは主人公がタップダンスに興味が湧く最初のシーンですね。

プリティ ベイビー

 次に
 タイトル「コニー アイランド」楽曲「プリティ ベイビー」
 14:51
 美味しくないパイを食べた後、二人でタップダンスするシーンです。
 二人ともとても上手にタップを踏むのですが、その後は特に登場しないタップダンスですが、メタファーのようなものがあるのですかね。
 僕にはわからなかったので、知っている方いらっしゃいましたらご一報いただきたいですね。

YOU’LL NEVER KNOW

 そして次に、
 タイトル「ハロー フリスコ ハロー」楽曲「YOU’LL NEVER KNOW」
 22:17
 お隣のジェイルズさんを送り出すシーンでテレビから流れてきます。
 この楽曲は映画のエンドクレジットでも演奏されています。
 このシーンで採用されている大きな理由としては、ジャイルズさんが関係していそうですね。
 ジャイルズさんは新作が完成してそれを見せに行き、その帰りに気になっている人のいるパイ屋さんに寄るようです。
 それを見送る際に演奏されていて、翻訳された歌詞はこうなっています。
 「You’ll never know just how much/ あなたには決してわからない」
 「I miss you / 私がどんなに寂しいか」
 「You’ll never know just how much/ あなたには決してわからない」
 「I care / どれほど深く 私が想っているか」
 これは映画の字幕で書かれていたもので、"I care"で"どれほど深く 私が想っているか"と訳しているのは本当にセンスの塊ですよね。
 その後のシーンで結局ジェイルズさんの新作は採用されず、気になる人からは拒まれてしまいます。
 これはジェイルズさんがどれだけの気持ちを乗せて描いた絵なのか、そしてどれほど気になる人へ思いを募らせていたかが、この楽曲で表現されているように感じます。
 この楽曲はルネ・フレミングスさんが歌っているものがOSTの2曲目に収録されているので、そこで聴くことができます。

ハロー、フリスコ

 次に、
 タイトル「ハロー フリスコ ハロー」楽曲「ハロー、フリスコ」
 21:55
 ジャイルズさんがイライザさんに新作の絵を見せるシーンです。
 このシーンはさっきのシーンの少し前のシーンですね。
 ここではアリス・フェイさんについてジャイルズさんが知識を披露します。
 そこでは「大スターだったが、悪口や裏切りに耐えきれず、突然引退した」と説明しています。
 アリス・フェイさんは実在する女優さんで、TVに映っている「ハロー フリスコ ハロー」にも出演されています。
 その後1945年日本公開の「堕ちた天使」という作品から1962年まで作品に出てないので、実際に突然引退したという噂があったのかもしれませんし、この映画の舞台が1962年だそうなので、この年に大復活を果たしたかもしれないですね。
 そして重要なのはジェイルズさんはアリス・フェイさんと自分を重ねているようにもみえる点です。
 ジェイルズさんが絵を見せに行くのは、以前働いていた会社で、おそらく写真技術が流行した時代の流れでポスターなどを制作する絵描きは解雇されてしまったのではないかと推測できます。
 悪口や裏切りで突然の引退というのは、会社を解雇された自分と重ねたのかもしれません。
 この一連の流れは見事ですね。
 ひとつの映画の演者や挿入歌を、劇中のキャラクターに重ねて、元となった映画とは違う意味でアウトプットしています。
 洒落たソースミュージックの使い方ですね。

アイ ノー ワイ

 次に
 タイトル「銀嶺セレナーデ / サン バレー セレナーデ」楽曲「アイ ノー ワイ」
 32:38
 イライザさんが謎の生き物に音楽を聴かせながら二人で食事を取るシーンです。
 銀嶺セレナーデという作品は、ミュージカル、ロマンス映画ですね。
 このシーンでの使われ方は二人でサンドイッチとゆで卵を食べるシーンなのですが、「アイ ノー ワイ」が流れると一気にレストランのようですね。

チカ チカ ブーン チック

 次に、
 タイトル「ザット ナイト イン リオ」楽曲「チカ チカ ブーン チック」
 54:30
 新しい車に乗るリチャードさんと謎の生き物を逃がす作戦を進めるシーンです。
 ここでの使われ方は、2つのシーンに分けられます。
 1つめのシーンは車を乗るリチャードさんです。
 乗っているのは高級車で、横を通る車に手を振られているのも印象的ですね。
 それと対照的に描かれているのは、イライザさんが謎の生き物を逃がすためのルートを考えているシーンです。
 楽曲はラテンのリズムでとても陽気で明るく、対立的な二つのシーンが非常に面白いですね。
 これから起きる事件(逃がすこと)のことなど梅雨知らず、乗せられて買ってしまったようにも見えますよね。
 そう考えるとイライザさんのシーンがより引き立って見えるというか、リチャードさんが少し滑稽に描かれているようにも見えますね。
 そして2つめのシーンはテレビからザット ナイト イン リオが流れて、イライザさんとジャイルズさんが作戦を話し合うシーンです。
 ここでは楽曲もフェードアウトする形で演奏は終わります。
 この2シーンの前者がやはり採用された動機にも見えますね。
 それを楽曲はあくまでもザット ナイト イン リオの引用ですよといった感じでテレビ放映に移り変わるようにみえます。

センプレ フィデリス / コメディ ブリッジ

 つぎに
 タイトル「ミスター エド」楽曲「センプレ フィデリス」と楽曲「コメディ ブリッジ」です。
 1:16:18
 謎の生き物がお風呂場から出ていき、テレビを不思議そうに見るシーンです。
 ミスター エドは馬が英語を喋るコメディ番組で、途中から字幕が登場します。
 まずは新聞の見出しで”馬を宇宙に送る”と出ます。
 それに対して馬のエドさんは「やってないことがひとつある。志願するぞ」と言います。
 これは宇宙飛行馬に志願するよというコメディの一貫なのですが、この頃のアメリカはロケットの打ち上げ(宇宙への)にとても情熱を注いでいた時代でもあります。
 それはソ連も同じで、そもそもこの謎の生き物は宇宙研究の一環として連れてこられているので、ソ連は諜報員を送ってまで、謎の生き物を殺害しようとしていたわけですね。
 それを加味すると、とてもウィットに富んだブラックユーモアのようですね。
 ちなみに42:22でそれらの会話を聞くことができます。
 音楽は演奏されていないんですけどね。

アイル リメンバー トゥナイト

 そして次が、
 タイトル「マルディ グラ」楽曲「アイル リメンバー トゥナイト」
 1:08:46
 謎の生き物を連れて帰り、食塩を入れて生き物が復活するシーンです。
 ここはうっすらと裏で流れていて、初めは気づきませんでした。
 他の部屋のテレビで放映でもされているかんじなのでしょうかね。
 アイル リメンバー トゥナイトということなので、食塩を入れることを忘れないよって意味でしょうかね。
 恐縮ですが、マルディ グラは観たことがなくて、残念ながらこれ以上のことはわからないのです。

ザ スピリット オブ V.M.I

 次も
 タイトル「マルディ グラ」楽曲「ザ スピリット オブ V.M.I」
 1:32:21
 イライザさんが浴槽を水浸しにした後、ジャイルズさんと色々な奇跡が起きた話をするシーンです。
 ここでもうっすらと音楽が聴こえてきます。
 恐らくテレビから流れているんじゃないかなと思います。
 ここではマルディ グラということがヒントになっていますね。
 マルディ グラ自体は実際にあるお祭りのことで、肥沃な火曜日や告解の火曜日、ニューオリンズでは太った火曜日と呼ばれています。
 そしてその次の日が灰の水曜日と呼ばれています。
 これが意味するのは、恐らく10月10日、謎の生き物を逃がす日が水曜日になっていることと関係します。
 これをマルディ グラに当てはめると、灰の水曜日までの期間を、謎の生物を連れ出す楽しいカーニバルと取ることができます。
 そして謎の生物の帰る日が灰の水曜日に当たると、マルディ グラの映画の挿入歌が採用されていたことにも合点が行きますね。
 と、エンドクレジットには実際これ以上のソースミュージックが明記されているのですが、今回は他の映像作品からの引用に留めて紹介してきました。
 とても面白いですね。
 様々な意味を余すことなく持たせて、映画に更なる深みを与えていました。
 まだまだ隠された意味がありそうなので、もう一度映画を見直したいと思いました。

【エンディング】

 2回にわたってシェイプ オブ ウォーターを見てきたのですが、本当に面白い仕掛けがたくさんありましたね。
 ライトモチーフの使い方から、ソースミュージックの引用方法まで目から鱗ですね。
 #57ではメインテーマとイライザさんのライトモチーフを見てきましたが、使い分けも美しく楽曲も美しいと文句なしですね。
 サブスクリプションでは、シェイプ オブ ウォーターから1曲、そしてウェス・アンダーソン監督の犬ヶ島から1曲に絞ってお送りいたしますので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。
 そして次週はアバター・ウェイ・オブ・ウォーターを2回に渡ってやっていこうと思います。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
 映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
 podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
 ではまた!

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