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#50【ブラックパンサー / ワカンダ・フォーエバー】ep.2「タロカン帝国の音楽のルーツを探す旅路へ」

※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#にあたる内容を再編集したものです。

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【ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバーについて】

2022年公開
監督:ライアン・クーグラー
音楽:ルドウィグ・ゴランソン

登場人物

シュリ / ブラックパンサー:
ワカンダ王国の王女。
兄ティ・チャラの後を継いでブラックパンサーとなる。

オコエ / ミッドナイト・エンジェル:
ワカンダの国王親衛隊“ドーラ・ミラージュ”の隊長。
ミッドナイト・エンジェルとしてタロカンと戦う。

アネカ / ミッドナイト・エンジェル:
“ドーラ・ミラージュ”の隊員の一人。
ミッドナイト・エンジェルとしてタロカンと戦う。

ナキア:
ワカンダの元スパイで、ティ・チャラの元恋人。

エムバク:
ワカンダに住む“ジャバリ族”のリーダー。

ラモンダ:
ティ・チャラとシュリの母親で、ワカンダの女王。

リリ・ウィリアムズ / アイアンハート:
MITに通う天才発明家の少女。
ヴィブラニウムの探知機を開発する。

エヴェレット・K・ロス:
CIA捜査官。

ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ:
ロスの元妻でCIAの長官。

ネイモア:
タロカン帝国の王。

【前回の振り返り】

 前回は、音楽から見るアメコミヒーローのあり方と、アフリカの文化を感じさせるワカンダの世界観について見てきました。
 アメコミヒーローには、ただ戦うだけではなく戦う理由を考え苦悩するシーンというのをよく見かけます。
 今回も復讐のための戦争なら望んでいないとエムバクさんに言われたり、今回の敵であるタロカン帝国も地上から海底へと追いやられたり戦う理由を持っていて、絶対的な悪と言いづらいですよね。
 それが音楽でも表現されていたという話を前半ではしました。
 後半は、アフリカの文化を感じさせるワカンダの世界観についてみてきました。
 ほとんど民族楽器の話だった気もするのですが、ワカンダ王国を表すための音楽がアフリカの民族楽器で表現されていて、おもに西アフリカっぽい感じで表現されていて、しっかりとアフリカの文化と西洋の音楽の調和をほどこしているのはさすがですよね。
 映画音楽の大事な要素である、世界観の表現がどのようなルーツかなんて話をしましたね。

【タロカン帝国の音楽のルーツ】

 今回はタロカン帝国の音楽のルーツについてせまっていきたいと思います。
 タロカン帝国は今回の敵、ヴィランにあたる存在で以前は地上で暮らしていたのですが、地上を追いやられ海で暮らす羽目となった一族でその王こそが今回の最大の敵であるネイモアさんというわけですね。
 初登場は非常に奇怪というか珍妙というかホラーというかそんな登場でした。

タロカン帝国の音楽

14:00
 ヴィブラニウム探索のため大西洋で潜水艇が調査を行っているシーンです。
 ここで演奏されるのはアップルミュージック ブラックパンサー ワカンダフォーエバー 3曲目に収録されている「サイレンス」という楽曲です。
こんなメロディが延々と聴こえてきます。
 このメロディは初めは単旋律の女性ボーカルなのですが、どんどんボーカルが増えていくのも怖いですよね。
 一人かと思ったらすでに囲まれているかのような、そんな風にも聴こえてきますよね。
 このメロディが海から歌が聴こえてきて、調査員たちはなんだなんだとなるわけです。
 このシーンはちょっと怖いですね。
 なんだかわからないものがどんどん人を襲ってパニックになっていくのはパニックホラーさながらの恐怖演出です。
 そんな登場をしますが、ここだけだとなにが音楽的なルーツかは判断しかねますよね。
 そこでヒントとなる会話が登場するシーンがこの先で出てきます。

ルーツの手がかりとなるシーン

1:04:11
 シュリさんがタロカン帝国に捕まり、そこでタロカンの王であるネイモアさんと話をするシーンです。
 その時、シュリさんは机の上にある貝殻のネックレスをみて「ステキね」と興味を向けます。
 それはネイモアさんの母のもので、シュリさんはそのネックレスを手に取って「メソアメリカ文明のものね」と言います。
 見ただけでわかっちゃうのすごいですよね。
 そんな博識なシュリさんのおかげで、タロカン帝国の音楽のルーツというのがメソアメリカ文明からきている可能性を導き出すことができます。
 メソアメリカ文明というのは、メキシコ高原からユカタン半島一帯に存在したとされる古代文明のことですね。
 古くは紀元前2000年を超えるようですが、紀元前3世紀頃から16世紀頃まで続いたとされるマヤ文明や15世紀頃栄えたアステカ文明などが有名ですね。
 その後ネイモアさんの少年期の回想シーンにうつります。
 その回想シーンが1500年代のユカタン半島での出来事なので、マヤ文明辺りがかなり有力になりますね。
 その後ナキアさんがシュリさんを奪還するためユカタン半島の海中にタロカン帝国があることを突き止めます。
 その時に演奏されるのがアップルミュージック ブラックパンサー ワカンダフォーエバー 12曲目に収録されている「ユカタン」という楽曲です。
 ここで演奏されるのは打面がある程度自然な硬さに聴こえる打楽器と笛、土もしくは粘土などで作った笛に聴こえます。
 それとPAD系のシンセサイザーですね。
 シンセサイザーはおいておいて、打楽器と笛に注目したいと思います。

打楽器と笛について

 ルドウィグ・ゴランソンさんのインタビューで面白いものがありました。
 ブラックパンサー/ワカンダフォーエバーに関するインタビューで、「僕はマヤの音楽のサウンドを研究し、再現しようとしている、素晴らしい音楽考古学者と出会うことができた。彼らは亀の甲羅を演奏する4人や、その後ろでホーンを吹いている3人を描いた古写本を見つけた。そこで僕らは当時のサウンドを想像しようとした」
 まさにこの楽曲のことですよね。
 ある程度の硬さを持つ打楽器とホーンはおそらく笛で模したのだと思います。
 それを当時のサウンドを想像しようとしたということに当てはまりますよね。
 そして笛ですが、マヤ・アステカ文明の出土品で「土笛」というものがあります。
 土笛にはスネークフルート、トリプルフルート、ダブルフルート、デスホイッスルなどの種類があり、名前の通り土を焼いて作られた笛のことで、ホーンとはこれのことを指しているのではないかという結論に辿り着きました。
 このことから、タロカンの音楽のルーツはメソアメリカにあることがわかってきます。

シンセサイザー使用の理由

 そしてPAD系のシンセサイザーです。
 空間を満たすような音色が特徴的ですね。
 これには4つの意味を感じ取ることができます。

 1つは打楽器や土笛などの音が埋もれないような工夫です。
 似た音というのは同じ音域や同じ倍音を含む音ということになるのですが、同じ音域の音が同時になるとマスキングという現象が起きます。
 マスキングとは同じ音域(Hz)が重なることで、音同士が抜けてこない、言い方を変えると音が埋もれてしまうことです。
 これを避ける目的が一つあります。

 2つめはメロディの要素を排除するためです。
 メロディらしいメロディが土笛と同時に演奏されることで、聴き手に本来聴かせたい音がブレてしまいます。
 先ほどのマスキングとは違いますが、メロディでできる音のコントロールですね。
 聴き手の耳を混乱させない工夫として、生かされています。

 3つめは映画としての音楽であることを逸脱しない目的で足されたシンセサイザーということです。
 映画音楽には世界観を出す目的と、映画のプロットの意図を汲む必要があります。
 そのために民族的な楽器や演奏の他に映画を盛り上げる仕掛けを作らなくてはなりません。
 その世界観に映画的な表現としての感情を与えるために、シンセサイザーが入っているということですね。
 まあこれは以前やった内容と重複してしまうのであまり深くはやりませんが、気になる方はシーズン20 #48映画トロイで前後半に渡ってお話ししていますので、よろしければぜひ聴いてみてください。

 そして4つめが賛否両論あるかもしれませんが、体感、聴感的なところで感じる水中の表現です。
 タロカン帝国は海底にあり、その表現としてのシンセサイザーととることもできます。
 水中というのは500Hz辺りが主な音域になります。
 水の中に入ると音が静かになって篭ったような印象があると思うのですが、それは500Hz以外は音が伝わりづらいというのが理由です。
 今回のシンセサイザーも500Hzあたりにもう少し高いHzも入っていますが、主成分が水中を感じさせる音域というのは狙ってか計らずかは藪の中ですね。
 しかし僕はこの楽曲にシンセサイザーを用いた面白みはここに感じます。とても素晴らしい楽曲だということですね。
 笛が鳥の鳴き声を模しているのもとても面白いですね。

タロカン帝国の音楽のルーツ まとめ

 ワカンダ王国の持つアフリカの音楽性に対して、敵対組織のタロカン帝国にはメソアメリカ文明の音楽性が用意されていたということがわかりました。
 今回は映画内にヒントがあったので、民族楽器に詳しくなくてもどの地域や年代からの引用なのかはわかりやすかったかもしれませんね。

【今回のヴィラン、ネイモアさんの音楽】

 というわけで後半はそんなタロカン帝国の王として君臨する今回のヴィラン、ネイモアさんの音楽を見ていこうと思います。
 ネイモアさんは別名ククルカンと呼ばれていて、羽を持つ蛇の神という意味を持つみたいですね。
 水中で呼吸ができたり、空を飛んだり、何百年も生きたりと人間らしいのはほぼ見た目くらいの強敵ですね。
 もちろん今回のメインヴィランなので、ライトモチーフがついています。
 MCU作品に登場するメインヴィランには、だいたいライトモチーフが用意されていて、ヴィランにも多くのファンがついていますよね。
 アップルミュージック ブラックパンサー ワカンダフォーエバー 7曲目に収録されている「ネイモア」という楽曲でその印象的なメロディを聴くことができます。
 このようなメロディでした。
(演奏)
 ヴィランらしいですね。
 とても恐ろしいイメージを受けるメロディが採用されています。
 ヴィラン音楽にもヒーロー音楽と同様にテンプレートが存在します。
 もちろん目安や指標のようなものなのですが、今回のネイモアさんのテーマもテンプレートにのっとって作曲されていますね。
 ヴィランのテンプレートの、メロディについて軽〜く触れてみます。

ヴィラン音楽のテンプレート1 クロマチック

 メロディーは、クロマチックで作ります。
 クロマチックというのは、スケール音以外の半音階を全て使うという意味ですね。
 こんな感じです。
(クロマチックスケールを演奏)
 マイナー調で始めますがクロマチックを使用するので、ダイアトニックなマイナースケールをさらに広げて自由にメロディを作ります。

ヴィラン音楽のテンプレート2 トライトーン

 一般的にトライトーンと不協和音を強調します。
 トライトーンというのは増4度もしくは減5度の3全音という全音3つに相当する音の隔たりのことです。
 このトライトーンは最も不協な音とされていて、中世ヨーロッパでは音楽の悪魔や悪魔の音程と言われていた音になります。
 まさにヴィランっぽいですね。
 C(ド)を基準にするとこのような音の隔たりです。
(演奏)
 まさに不協和音ですよね。

ヴィラン音楽のテンプレート3 8〜16小節のフレーズ

 メロディの多くは、8小節と16小節のフレーズで論理的な表現を使うように心がける。
 これは8〜16小節ないで完結させるという意味ですね。
 通常はプロジェクト全体で何度も繰り返されるテーマとして制作します。
 作中一度だけでなく何度も繰り返すことが目的とされているということですね。

テンプレートに則ったネイモアさんの音楽

 この他にもハーモニーやリズム、オーケストレーションにもテンプレートがありますが、ここでは割愛させていただきます。
 ネイモアさんのテーマを聴いてみると、クロマチックが使われていたり、マイナー調のダイアトニックが使われていたり近いフレーズが何度も引用されていたりと、テンプレートにのっとっているのがわかりますね。
 ハーモニーにもトライトーンや不協和音が登場したりと、お手本のような作りになっていますね。
 そして音楽はタロカン帝国の音楽性でもある、メソアメリカ文明が根底にある作りになっています。
 ネイモアさんの音楽はすごく考えられていますね。
 MCU作品のヴィランはキャラクターが明確化されていて、ヒーローがなにとどのような理由で戦っているかを明瞭にする必要があるので、ここまで音楽的な重要性というのを与えられているのだと考えられますね。
 ライトモチーフも世界観もしっかり描かれているのも魅力のひとつですね。
このメロディが使われている楽曲はたくさん出てきます。

メロディの登場するシーン1

 先ほど登場した「ネイモア」という楽曲の他に9曲目に収録されている「アルボレス バンジョ エル マ Arboles Bajo El Mar」という楽曲にも登場します。
 この楽曲は過去の1571年のユカタン半島の話をネイモアさんから聞くシーンで演奏されます。
 水中の植物という意味のタイトル通り、水の中で生活できるようになった方法がこのシーンでは見ることができます。

メロディの登場するシーン2

 その後スペイン人からの襲撃を幼い時のネイモアさんが倒すシーンで、メロディは演奏されます。
 その時の演奏は合唱なのがおもしろいですね。
 足に羽根が生えてて、水中で呼吸ができて、老化が遅くスペイン人の襲撃からタロカンの人々を救うことがタロカン帝国の王であり神のように崇められているように聴こえる作りになっているわけですね。
 これはおもしろいですね。
 演奏からネイモアさんの立場を読み取ることができる素晴らしい演出ですね。

メロディの登場するシーン3

 その後ネイモアさんが海底都市タロカンを案内してくれる時に演奏されます。
 水中を潜水具なしで泳ぐネイモアさんとガチガチの潜水服を着ているシュリさんの対比がおもしろいですね。
 このシーンでは水中に潜る時点からメロディが演奏されていますね。
 ここは10曲目に収録されている「ロスト トゥ ザ デプス」という楽曲です。

メロディの登場するシーン4

 そして13曲目に収録されている「レット アス バーン イット トゥギャザー」という楽曲でも登場します。
 この楽曲が演奏されるシーンでは、和解も含めてお互いのことを知ることで戦争を避けようとするシュリさんの考えがあったのですが、ネイモアさんが過激派といいますか、地上を奪われ資源も奪われたことに深く怨恨を抱いていることを知ります。
 その上で敵か味方かネイモアさんはシュリさんに質問するのですが、ここで演奏されているわけですね。
 タロカン帝国とネイモアさんは純粋に悪者というわけではないのですが、あくまでも力づくで奪い返そうとする姿勢にどこか難色を示す構図になっているわけですね。
 ワカンダ王国もヴィブラニウムを他国から守っていることもあるので、気持ちが少しわかってしまうのがとても難しいところですよね。

今回のヴィラン、ネイモアさんの音楽 まとめ

 まだこのメロディが登場する楽曲はでてくるのですが、ここまでをまとめるだけでネイモアさんのライトモチーフがどのような動機で演奏されるかわかってきますね。
 スペイン人の襲撃からタロカンを救った時、潜水具のないネイモアさんが水中を自由に動き回っている時、どうあっても地上と資源を取り戻そうとしていう時、これらをまとめるとネイモアさんの人智を越え過ぎた力が恐怖に感じる時に演奏されています。
 更に言うとこの力が、世界を救うためではなくタロカン帝国にのみ限られている時に演奏されます。
 これがアメコミヒーローとヴィランの大きな違いになります。
 ヒーローは世界の平和のために、ヴィランは自分のためにその特異な力を使うことが大きな違いと言えますね。
 まあ今回は自分のためというよりは、自国の為にという感じですか。
 この脅かされる恐怖をヴィラン音楽として昇華しているということになります。

【エンディング】

 2回に渡ってブラックパンサー/ワカンダフォーエバーについてみてきました。
 とても丁寧な音楽制作が垣間見れてその端々にまで行き届いた作りは唖然としてしまいますね。
 ワカンダ王国の音楽のルーツにタロカン帝国の音楽のルーツ、そしてアメコミヒーローとヴィランの音楽からみる違いやあり方について話してきました。
 日本のヒーローとは少し違いがあってとても面白いですよね。
 ヒーローのあり方を音楽から見ることで、苦悩や衝突があったり、ヴィランのあり方がヒーローとは似ていても非なるものである、なんてことがわかりましたね。
 次回ですが、モンスターズ ユニバーシティという作品を2回に渡って分析していきますので、楽しみにしていてください。
 サブスクリプションではテネットから1曲やるので、興味のある方は初月無料ですのでぜひ聴いてみてください。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
 映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
 podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
 ではまた!

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