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#95【ゲット・アウト】ep.1「ホラー映画にはホラー音楽を」

※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#95にあたる内容を再編集したものです。

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【ゲット・アウトについて】

 2017年公開
 監督:ジョーダン・ピール
 音楽:マイケル・エイベルス

作曲家紹介

 マイケル・エイベルスさんはアメリカの音楽家で、映画音楽、最近ではドキュメンタリー作品の音楽も手がけています。
 カリフォルニア芸術大学では、西アフリカのパーカッション演奏技術を学んだり、アフリカ系アメリカ人のルーツを探るべく教会の聖歌隊に入ったりと、アフリカ系の音楽に特に力を入れている音楽家です。
 ゲット・アウトの監督であるジョーダン・ピール監督とは3作品で音楽を担当していて、中でも映画「アス」はヒップホップカルチャーに強い影響を受けた作風がオスカー賞の最終候補に挙げられるなど、高い評価を受けています。
 近年ではカントリーミュージシャンのリアノンギデンスさんと共作したオペラ「オマール」がピューリッツァー賞音楽賞を受賞するなど、まだまだ活躍を期待する音楽家の一人です。

作曲家作品

 ゲット・アウト
 アス
 シー・ユー・イエスタデイ
 オールデイ・アンド・ア・ナイト 終身刑となった僕
 バッド・エデュケーション
 ナイトブック
 NOPE ノープ
 見えざる手のある風景
 眠りの地

登場人物

 クリス・ワシントン:
 写真家の黒人青年。
 
 ローズ・アーミテージ:
 クリスの恋人の白人女性。大学生。
 
 ミッシー・アーミテージ:
 ローズの母親で心理療法家。
 
 ディーン・アーミテージ:
 ローズの父親。脳神経外科医。
 
 ジェレミー・アーミテージ:
 ローズの弟。医学生。
 
 ロッド・ウィリアムス:
 クリスの親友。
 
 アンドリュー・ローガン・キング:
 パーティーに招かれた黒人。

あらすじ

 黒人の青年クリス・ワシントンさんは、白人の恋人であるローズ・アーミテージさんの実家に挨拶へいくことになりました。
 ローズさんは黒人の男性と付き合っていることを家族に伝えていなかったため、クリスさんにとっては少し不安な訪問でしたが、それでもローズさんの家族はクリスさんのことを暖かく迎えてくれます。
 しかし、表面上親切な彼らの態度はどこか違和感のあるものでした。
 ローズさんの母親はクリスさんにしきりに催眠療法を試すようにうながし、使用人の黒人たちはなにか様子がおかしいのです。
 やがてローズさんの家でパーティーが開催されます。
 そして招かれた客たちは不自然なほどクリスさんを褒めちぎり、彼の身体能力に興味を示します。
 参加者の中には黒人のローガンさんもいました。ですが、彼もやはり使用人たちのように不気味な雰囲気をまとっていました。
 居心地の悪さを感じたクリスさんはローガンさんの写真を撮影し友人に送るのですが、
 その結果わかったのは、彼が行方不明になっていたまったく別の人物だということでした。
 危機を察知したクリスさんはすぐにローズさんを連れて逃げようとするのですが、ローズさんの家族に囲まれてしまいます。
 そしてローズさんもまた、クリスさんを返すわけにはいかないといいます。
 そのまま催眠術にかけられ、意識を失ってしまうクリスさん。
 目を覚ました彼は、信じがたい恐怖に襲われることになります。

【はじめに】

 この作品は、どこか違和感を覚えさせて、それがどうも居心地が悪くて、なんか気持ち悪さを覚えさせる、ホラー映画でした。
 というか完全にホラー映画ですよね。
 お化けが、とかモンスターが、とかではない一番怖いやつです。
 以前友人が遊んでいるのを観たことがあるテレビゲームで、バイオハザード7というゲームがあるんですよ。
 それにどこか似ている感じがしたんですよね。
 バイオハザードはシリーズを通してゾンビが出てくるので、そこは違うのですが、軽くあらすじを話すと、主人公の奥さんが突然行方不明になってしまいます。
 その行方を追っていくと、田舎にある一軒家にたどり着きます。
 一軒家を探索していると、明らかにおかしな器具や地下通路が見つかります。
 主人公は違和感を覚え家を出ようとすると、突然おっきなおじさんに襲われ捕まってしまいます。
 捕えられた先には目も当てられないものを食す、様子のおかしい家族が食卓を囲んでいました。
 この様子のおかしい一軒家から脱出し、奥さんを無事救い出すことができるのでしょうか。
 みたいな話なんですが、どこか似ていますよね。
 恋人の誘導、様子のおかしい家族、田舎の一軒家などのシチュエーションがなんとなく似ている感じがします。
 バイオハザード7も2017年発売だったので、同時多発的にこのようなシチュエーションのホラー作品が登場していたんですね。
 まあ大テーマは違うので、そっくりとは思ったわけではないのですが。
 それと今回はネタバレの要素がありますので、お聞きになる際はご注意ください。
 ということで、少し脱線しましたが、この作品はどう転んでもホラー作品なので、今回はホラー音楽としての機能について話そうと思います。

【ホラー音楽としての機能】

 S2の「遊星からの物体X」と若干内容がかぶる事にはなってしまいますが、ホラー音楽に興味のある方は、そちらもあわせて聴いてみるともっと楽しめると思います。
 とまあ、内容がかぶるというのが、ホラー音楽の面白いところで、ホラー音楽の作り方にはある程度の約束事がありまして、その約束を守るとホラー音楽が誰でも作れるという特性を持っています。
 これ本当に誰でも作れるんですね。
 正直、音楽の理論を全く知らなくても作れちゃいます。
 というのも、全くピアノを弾いたことがない人が、適当に鍵盤を叩くと聴くに耐えない音がなるじゃないですか。
 例えばですけど、こんな感じですかね。
 (演奏)
 これはこれでホラー感なんですよ。
 居心地の悪い音。
 これは居心地の悪い映画、特にはホラー音楽に適しているということから、近年のホラー映画では特に不規則性を感じる音楽が使われるようになったというわけです。
 あれは、20世紀音楽、いわゆる一種の実験音楽として捉えることができるわけです。
 もちろんマイケル・エイベルスさんが適当に鍵盤を叩いて作曲しているわけがないですね。
 その不規則な規則性を生んで、言語化され、形態化されたのが20世紀音楽というわけです。
 音楽は常にコントロールできるように言語化と形態化を繰り返し、現代の音楽を作り上げています。
 そんな20世紀音楽の手法を話すと若干内容が被ったりするわけですね。
 いろんなテクニックがあるのですが、ホラー映画音楽にはそこまで多くの手法が取り入れられるわけではなく、使いやすいものをピックアップして使っているので、どうしても似てしまいます。
 といっぱい言い訳したあたりで、ある特徴的な楽曲が登場します。

ジェレミー イナフ

 25:42
 皆で夕食をとっている時に、恋人の弟が悪ノリをはじめたのに対し、母が一喝入れるシーンです。
 アップルミュージック ゲット・アウト OMPST 9曲目に収録されている「ジェレミー イナフ(Jeremy Enough)」という楽曲ですね。
 一部ですがこのような楽曲です。
 (演奏)
 このメロディを繰り返すのですが、どこか違和感を覚える作りになっています。
 このどことない違和感が、演出として効いていますね。
 シーンとしては、悪ふざけで格闘をしようとする弟に対して、母が律するのですが、その母の一言にやけに聞き分けのいい弟、という構図に違和感を覚えますよね。
 酒の飲み過ぎでダル絡みしてくる人は、そんな一言で引き下がったりしなそうですよね。
 しかしまあそんな事もあるか、くらいの絶妙な違和感がこのシーンでは感じられます。
 それに対して、この音楽は違和感を増長させます。
 この違和感はシェーンベルク12音技法というものが作曲の元になっています。

シェーンベルク12音技法

 シェーンベルク12音技法とは、その名の通りシェーンベルクさんが考案した作曲技法で、白鍵と黒鍵を1オクターブするまで音を被らずに一周させて作る技法になります。
 例えばですが、それで曲を書いてみるとこんな感じの曲が出来上がります。
 (演奏)
 怖いですよね。
 今回の「ジェレミー イナフ」という楽曲はこの一端を使って作曲されています。
 白鍵と黒鍵は1オクターブまでに12音あるので、この楽曲は12音すべての音を使っているわけではないのですが、不規則なメロディが3回繰り返される、不規則なメロディというのが、このシェーンベルク12音技法ということになります。
 そもそも普段耳にする音楽、ホラーや現代音楽は抜いてですが、POPSとか、ROCKとか、さまざまなジャンルがありますが、それらの音楽のメロディには違和感を覚えないですよね。
 逆に1フレーズだけ違和感を覚えさせたりとかはありますが、基本的には違和感を覚えない作りになっています。
 これは違和感を覚えないように作る理論が働いているというわけです。
 適当に作っても違和感を覚えない時点で、理論が破綻しないように心がけちゃうわけですね。
 この理論をわざと破綻させることで、違和感を覚えさせているわけです。

【たまにくるビックリ音】

 この映画はホラー映画なので、ビックリ要素がたまに出てきます。
 わかっていても体がビクッとなってしまいますね。
 そんなビックリ音は突然大きな音がなればいい、というわけでもないんですね。
 例えば、ビロロローンみたいなバネのような音や、ジャン!のようなオーケストラヒッツが急に鳴っても、怖いわけではないですよね。
 突然なれば多少はビックリするかもしれませんが、効果としては少し物足りないです。
 なので、この1音も作曲しなくてはいけないわけです。
 例えば、
 29:30
 主人公がタバコを吸いに夜中、家の外へ出る時に、使用人が奥の廊下を通り過ぎるシーンです。
 この時に演奏されているのは、10曲目に収録されている「ジョージナズ シルエット(Geogina’s Silhouette)」という楽曲です。
 使用人のジョージナさんが奥に見える瞬間に、カーンという、こんな感じですね。
 (演奏)
 こんな感じの音が演奏されます。

ビックリ音1 トライトーン

 これはトライトーンといって、悪魔の和音とも言われている不協和音です。
 突然演奏される音は不協和音なんですね。
 不協和音は色々ありますが、有名なのは半音同士の音がぶつかる場合ですね。
 こんな感じです。
 (演奏)
 冒頭でお話しした、適当に鍵盤を叩くと聴くに耐えない音が鳴るというは、これが原因のことが多いです。
 ただ、半音同士の音というのは、うまく混ぜれば非常に浮遊感のある音になるんですよ。
 例えば、片方の音の3度と5度の音を混ぜればこのような音になります。
 (演奏)
 これは美しいですよね。
 浮遊感というか、どことなく洒落た音になります。
 ただ、2音を混ぜるだけだと不協和音になってしまうというわけですね。
 ということは、この不協和音にももちろん作曲技法があって、それらは言語化され形態化されているので、不協和音は簡単に半音同士音を配置するだけではなく、決まったコードのようなものがあって、それらは不快感や息苦しさを感じさせるために、研究されたわけです。
 ただの不協和音にもいちいち決められた和音があるということですね。
 なんとも皮肉というか、なんというかですけれども、ただなんでもいいわけではないというのが、ホラー音楽の面白いところですね。

ビックリ音2 パーカッション

 と話を戻すと、このジョージナさん登場のビックリ音にはもう一つ仕掛けが施されています。
 それは、パーカッションです。
 このトライトーンで作った不協和音だけでは、どうもアタック感というか、唐突感が少し足りません。
 なので、金物のパーカッションが追加されているんですね。
 ドラムで言えばシンバル、オーケストラで言えばシンバルズですね。
 POPSでもアクセントになる場面で、シンバルが使われます。
 例えばサビ頭とか終わりとか、フィルと呼ばれる橋渡しの最後に入れられることが多いですね。
 これらの金属でできたパーカッションのことを金物なんて呼んだりするんですけど、これには先ほどもいったようにアクセントとしての機能があります。
 そのため、唐突になる音のアクセントとして今回も追加されています。
 先ほどのトライトーンに金物を使ってみるとこうなります。
 (演奏)
 音に勢いが増して唐突感が増しましたよね。
 ビックリサウンドにはこのような仕掛けが施されて、なるべく多くの人にビックリしてもらえるよう、努力しているわけですね。

【エンディング】

 今回はホラー音楽としての機能とビックリ音についてみてきました。
 ホラー音楽を知ることで、他の音楽も知れたような気がしますよね。
 普段聴いている音楽は、しっかりとした音楽の理論に基づいて作曲、編曲されていて、ホラー音楽はそれらをわざと逸脱するための理論が組まれているわけです。
 音楽はとても数学的ですよね。
 特に西洋音楽は数学的です。
 大昔、音の調律に数学者であるピタゴラスさんが考えたものがあるという時点で、数学とは深い関係があったことは間違いありません。
 1周12音で構成される音の組み合わせで音楽を作っていくので、それらを様々な理論の組み合わせで、本当に多種多様な音楽というものが、存在するのってすごいけどどこか不思議ですよね。
 ということで、次回もゲットアウトの続きとサブスクリプションでは「ノープ」から1曲やろうと思いますので、楽しみにしていてください。
 
 サブスクリプションでは過去の特別エピソードも聴き放題で初月無料、月額300円で聴くことができます。
 それと番組のフォローとXのフォローも励みになりますので、よろしくお願いいたします。
 あと映画にみみったけでは、お便りも募集しています。
 info@eiganimimittake.comにてお便りお待ちしております。
 やってほしい映画とか、この回が好きだったなど、どしどしお待ちしております。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
 映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
 podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
 ではまた!

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