8月31日より、新宿K's Cinemaで上映される『顔さんの仕事』は、台湾最高の看板描きの達人と映画を記録するドキュメンタリー
タイトル写真:顔さんを囲んでの記念写真
取材・文◉三留まゆみ
顔さんの仕事はまるで魔法のようでした。パネルはいつも正位置にあるとは限りません。でも、それが横であろうと顔さんは正確なデッサンで絵を仕上げていきます。最後はタイトルの文字とクレジットでした。昭和の時代にあったような竹の定規で当たりを軽くつけ、いきなり文字を入れていきます。文字についてはいつも下描きはしないそう。もうなにもかもがプロの、ベテランの仕事でした。気負うことなく淡々と。私たちは顔さんの仕事を見ながら、この至福の時間がいつまでも続くことを願いました。
◉映画について
看板絵ができあがって、それを映画館にかける日、台南の雨季が明けて、いきなり夏になりました。炎天下に巨大な看板絵を映画館にかけるのも映画館のスタッフの仕事です。まったくの手作業で、地上でパネルのバランスを指示する声を聞きながら、もうひとりが大きなパネルを一枚ずつ設置していきます。顔さん曰くむかしはそこまで自分でやったそう。
看板絵を描いて、それを自分の手で映画館に設置する。そこまでが看板絵師の仕事だったそうです。映画の最盛期にはひと月に100~200枚の看板絵を描いたと話してくれました。この映画館の看板絵を一手に引き受けるようになってからも、もちろん最後は自分で設置したといってました。
今関さんがつくったこの映画は顔さんへのリスペクトと想いにあふれています。憧れといってもいい。だからこの映画を観た人はみんな顔さんが大好きになります。今関さん自身もいっていますが、これは今関あきよし監督による今関さんのためのアイドル映画でもあります。
撮影の最終日、私たちは劇場の代表である呉俊漢さんに「この映画ができあがったらここ全美戯院で上映できることを夢見ています」と伝えました。一年後、その夢は実現し、なんと顔さんが顔さんの映画『顔さんの仕事』のを描いてくれることに! プレミア上映のその日(2024年6月28日)、私は満員の全美戯院で顔さんの隣で映画を観たのでした。大きなスクリーンを子どもみたいな笑顔で見上げる顔さんの横顔を私は忘れないでしょう。映画看板とともに顔さんは永遠になりました。顔さんの感想は「よく撮れていた」でした。
7月、台北映画祭は顔さんに卓越貢献賞を授与しました。半世紀以上、看板絵を描いてきた顔さんは映画と観客を結びつける大きな存在なのに、長いあいだ映画界は彼については沈黙してきました。遅すぎる評価だと思います。顔さんはこうコメントしたそうです。「『自分も映画製作の一員』だと誇りを持っていえるようになった」と。
全美戯院
若いころのアン・リーも通ったという伝説の映画館。その美しいバロック調の建物には顔さんの巨大看板絵がよく似合う。台南を舞台にした『青春 18 x 2 君へと続く道』(藤井道人監督)のロケ地のひとつでもあり(主人公たちはこの映画館にかかってる岩井俊二監督の『Love Letter』を観に行く)、現在も上映中。聖地巡りにやってくるファンも絶えない。
『顔さんの仕事』監督・今関あきよし、出演・ナレーション:三留まゆみ
8月31日より、新宿K's Cinemaにてお昼の12時より上映。