東京国際映画祭ルポ2 自社の防弾チョッキを宣伝するために自ら銃弾を受け、自主映画を作る男のドキュメンタリー『セカンド・チャンス』に観客が沸いた。

東京国際映画祭ルポ2

フォトセッションにて。(左から)ジョニー・ギャルビン、ダニエル・ターカン。


取材・文:後藤健児
 第35回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門に選ばれた、アメリカのドキュメンタリー『セカンド・チャンス』。10月30日、TOHOシネマズ シャンテでの上映回のチケットはソールドアウト。コミカルなシーンも多い本作の上映中は客席から何度も笑い声が上がり、上映後には拍手が沸き起こった。Q&Aに登壇したプロデューサーのジョニー・ギャルビン、ダニエル・ターカンの二人が観客からの質疑に応じ、制作秘話などを語った。
 本作は、ピザ店の経営に失敗したあと、情熱に突き動かされて始めた防弾チョッキの製造販売業で成功した男、リチャード・デイヴィスの波乱万丈の半生、その光と影を見つめたドキュメンタリー。当初は犯罪者の凶弾から警察官の命を守りたい一心だったというが、名声を得、帝国を築くまでになった男の、次第に見えてくる別の顔を製作者たちは逃さずカメラに収めていく。また、彼の防弾チョッキによって運命を大きく変えられた人々の数奇な人生にまで触れ、多様な人間模様が展開。自社製品の品質をアピールするため、防弾チョッキを着たリチャードが自らに銃弾を撃ち込むPR映像や、宣伝のために自主制作したアクション映画(その中には、世界的に有名な某怪獣と警察官が戦うユニークなものまである)の映像も紹介される、豊かなドキュメンタリー作品だ。
 元々は劇映画として企画されていたが、主な関係者が存命であることと、膨大な映像アーカイブが残っていたこともあり、ドキュメンタリーとして制作されることになったという。「これほど”アメリカ”っぽい映画はあるんでしょうか」とプロデューサー自らが評するとおり、本作は武装化社会、軍需産業、映画、実業家の栄光と没落など、現代アメリカを表すテーマが多く盛り込まれている。
 撮影は2020年12月に開始され、まさにコロナ禍真っ只中。検査をし、安全策を徹底した状況下での制作だった。そして、撮影とポストプロダクションを含め約1年の制作期間を経て、今年のサンダンス映画祭で上映された。
 撮影に入る前、リサーチチームがリチャードのことは事前に調査を重ねていたものの、撮影が始まってから明らかになった真実も多く、特に後半で登場する、ある重要な人物の存在によって、作品のカラーが変わったそうだ。
 制作にあたっての最高の決断は、監督をラミン・バーラニ(『ドリームホーム 99%を操る男たち』、『ザ・ホワイトタイガー』等)に依頼したことだという。彼が手掛けた作品には劇映画が多く、長編のドキュメンタリーは本作が初だったが、バーラニは”人間”をあぶり出すことに長けており、彼が持つ、人間を見つめる視点によって、頭の中に作品の構成ができていれば、複雑な本ドキュメンタリーを描き出すことができるとプロデューサーは判断した。
 社会や人々に与えた影響には多くの功罪があるともいえるリチャードの人間性が取材で掘り下げられていくことによって、取材時に同席もした彼の息子マットは、それまで知らなかった、父親の側面を知ることになったそうだ。そのマットにもインタビューが行われたものの、当初は取材に対してナーバスになっており、撮影に支障が出る懸念もあったが、そこを成功に導いたのは、監督のバーラニの手腕によるもの。撮影を警戒し、想定した受け答えを事前準備していたマットに対し、バーラニの一問目の質問が「夜はいまどんな夢を見ていますか?」だった。そこからインタビューの雰囲気がガラっと変わり、撮影を円滑に進めることができたそうだ。
 完成した本編からはカットされたが、リチャードが防弾チョッキを作りつつも、一方では、威力が強すぎるため発売禁止となった銃弾を開発したエピソードもあったことが明かされる。作中でも、ある取材対象者が口にしていた「陰と陽」を体現するリチャードという人物の複雑なパーソナリティが、Q&Aを通して、さらに垣間見えることになった。
 質問をした観客から「人間の本性があぶり出される驚愕の作品で、子供の頃に観た『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』以来の衝撃を受けた」と賛辞を送られ、「いただいたお言葉をそのまま引用して、これからの宣伝活動に活用したい」と述べる場面もあった。
 Q&Aを終えた二人は、思いが込められた作品を受け取った観客に満面の笑みを見せ、場内で沸き起こる拍手に送られながら、退場していった。

第35回東京国際映画祭は10月24日から11月2日まで開催。

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