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BOOK REVIEW  『僕に殺されろ』1巻  ブルース・リーを崇拝している少年殺人鬼の物語。うぐいす祥子のホラー世界は確実に進化している

 ホラーコミックの中でも耽美的な雰囲気とコミカルな登場人物の相関性が見事なうぐいす祥子。単行本としてまとめられた最新作『僕に殺されろ』は、前作『ときめきのいけにえ』では古典的なと言って良いほどの少女恋愛漫画と邪教集団、殺人鬼が絡むので読み解く切り口が多かったそうか、3巻で終了してしまった(この怪奇版『リリィ・シュシュのすべて』に現在の読者が追いつくためにはもう少し時間が必要なのかもしれない)。その前に長期連載された『死人の声をきくがよい』が秋田書店のシビアな営業判断を抑え込み、10巻を超えるロングセラーになったのは、危機を知らせる美少女の幽霊、はちゃめちゃなオカルト研究会の面々の個性、そして何より作品中に描かれた様々な怪異がクトゥルー神話的に結合し、世界の終わりの空気に満ちたエンディングの見事さがあった。
 そんなうぐいす祥子の最新作は、いじめで不登校気味になった中学生の薬師丸くん。メガネで小柄の彼は部屋の中に『燃えよドラゴン』と『死亡遊戯』のポスターを貼り、一日数回の腕立て伏せをやっては自分の人生のゲーム得点を貯めている引きこもりだ。たまに学校へ行くといじめられっ子の標的になり、生活指導の教師から嫌味を言われる。その時、教師の姿が醜い化け物になり、自分の掌に炎が燃えたつのに気づく。怒りに身を任せた薬師丸くんは怪物と化した教師を惨殺する。すると炎の中に1と数字が浮かび上がる。
 この訳のわからない状態に混乱する薬師丸くん。そんな彼に声をかけてきたのは、通学途中で見かけた女子高校生だ。彼女の名は朝倉。シャープな美少女で、なんとなく身振り手振りに朝倉加葉子監督のイメージがあるので、うぐいす先生は監督をモデルにしたのかな?と勘繰ってしまう。薬師丸くんに対して朝倉先輩は、自分たちは“選ばれし者(セレクテッド)”であり、地球に侵入してくる“隠れる者(ヒドゥン)”を狩る運命があるという。掌から巻き上がる炎は“ヒドゥン”と接近している証であり、薬師丸くんの母親を誘惑している会社の社長。炎が掌から巻き上がり、この男が“ヒドゥン”であることを察した薬師丸くんはブルース・リーに祈りを捧げ、男の命を奪いに行くのであった。
 巻末の著者近況漫画には、編集者から「この主人公、人気出ないと思いますよ」と言われて「えーっ」と返すうぐいす先生の姿が描かれているが、僕はそうとも思えない。心身に弱点を溜め込み、決して幸福な生活環境にあるわけでもない少年が、たまっていく不満や不安を強烈な殺意に変えて暴力に走る。朝倉先輩が人を殺すときは「トンカチの尖った方で目か鼻を狙うこと」と現実的なアドバイスを与える。何より殺気に満ちた薬師丸くんの表情が朝倉先輩も困るほどに醜く憎悪に満ちている。この殺意に満ちた顔で薬師丸くんは憎い相手をこの世から消していくのだ。
 収録された最終パートの第5話でまた新しい展開を迎え、続刊(24年初夏刊行予定)も控えている。うぐいす祥子は平成・令和に流れる無意識の怪異を漫画というフォーマットを使って世に送り出す。ジャパニーズ・モダン・ホラーの書き手として、もっともっと注目されてほしい。オカルトに対する知識の深さも作品に味わいを持たせている。
 さらなる活動を期待する。頑張れ!(田野辺尚人)

『僕に殺されろ』第1巻。うぐいす祥子著。講談社刊、紙版定価759円

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