見出し画像

第24回東京フィルメックス取材 いまだかつてないボディホラー『タイガー・ストライプス』が上映。マレーシア出身のアマンダ・ネル・ユー監督がカルト映画『HOUSE ハウス』への偏愛を語った

タイトル写真:『タイガー・ストライプス』より

取材・文:後藤健児
 11月26日に閉幕した、第24回東京フィルメックス。財政状況の厳しさもあり、一時は開催しないことも検討されていたというが、支援者たちのサポートもあり、開催にこぎつけることができた。プログラミング・ディレクターの神谷直希は、開会式で「深く感謝したい」と関係各位への謝辞を述べた。そして、幕を開けた今年の上映作品には、ワン・ビン監督が中国の衣料品製造工場で働く若者たちに密着したドキュメンタリー『青春』や、2019年に発生した新宿ホスト殺人未遂事件に着想を得たラブストーリーを橋本愛主演で描く『熱のあとに』(山本英監督)、モンゴルの首都ウランバートルの貧困家庭に住む数学の天才少年に降りかかる苦難の物語『冬眠さえできれば』(ゾルジャルガル・プレブダシ監督)などの多彩な作品がラインナップされた。クロージング上映では、ウェイン・ワン監督が1989年に発表した衝撃作『命は安く、トイレットペーパーは高い』が4K解像度のデジタル修復版として特別上映。アート系の作品がそろった上映作の中で、コンペティション部門の『タイガー・ストライプス』(マレーシア・台湾・シンガポール・フランス・ドイツ・オランダ・インドネシア・カタールの合作)はホラージャンルの系統に属する異質な存在だった。11月24日の有楽町朝日ホールでの上映後、監督のアマンダ・ネル・ユーが登壇。ホラー映画への尽きぬ思いを語りつつ、強く影響を受けた作品に日本のとあるカルトホラー映画の名を挙げ、集まった映画ファンたちを沸かせた。

プログラミング・ディレクターの神谷直希とアマンダ・ネル・ユー監督(撮影:明田川志保)

『タイガー・ストライプス』は、イスラム教の女子学校に通う少女・ザファンの物語だ。厳格な規範など構うことなく、スカーフを外した姿で踊り狂う様子を動画撮影するなど、奔放な毎日を送るザファン。ある日、彼女は自身の肉体が変化していることに気づく。それは単に、子供から大人になっていくことのみならず、まったく別の”何か”への変貌でもあった。抑えられない凶暴性により傷害事件を起こしてしまったことで、友人たちから迫害を受けるザファンは孤立を深めていく。そして、ついには自らの内に潜む本能に突き動かされ、見境なく周囲の人々に牙を向けてしまう……。

異形の者と化していく恐怖に怯える少女

 成長期の少女が思い悩む、精神と肉体の変容や他者との軋轢をボディホラーの意匠で描くものには、これまで多くの優れた作品が作られてきた。近年では、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)、『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』(2014)、『RAW〜少女のめざめ〜』(2016)、『ブルー・マインド』(2017)などの血塗られた思春期が寒々しい北欧の風景と共に描かれる残酷物語が目立つ。『タイガー・ストライプス』は、それらの北欧ホラーとは対照的だ。精霊と迷信の文化が残るイスラム教圏を舞台とし、明るい陽射しの下、カラフルな衣服に身を包む少女たちの目を通した、新たなガールズ・ボディホラーが誕生した。緑の地獄感あるジャングルで内なる獣性を受け入れる少女の目覚め、シャーマンによる呪術的な祈祷、迷信と信仰と戒律のせめぎ合い。マレーシア出身のユー監督による独特の世界観は大いに評判を呼び、2023年のカンヌ国際映画祭の批評家週間でグランプリに輝いた。
 ユー監督は、アジアの映画監督やプロデューサーを対象とした人材育成事業「タレンツ・トーキョー」(東京フィルメックスと並行開催)の修了生であり、2018年に自身のオリジナル企画が「タレンツ・トーキョー・アワード」を受賞。その企画を長編映画化した本作を、カンヌで成し遂げた勲章と共に引っ提げ、東京の地に帰還した。

観客との質疑応答を楽しむアマンダ・ネル・ユー監督(撮影:明田川志保)

 登壇したユーは、本作の企画からここまでに至る5年を振り返る。他の多くの映画製作者と同様、コロナ禍で製作が進行できなかった厳しい状況もあったそうで、「ここまで本当にクレイジーな旅でした。だからこそ、ここに戻ってこられたことは大きな意味があります」と感慨深げに語った。
 ホラー要素を取り入れた意図について、「ホラーやユーモアのセンスを盛り込んで、思春期を行くところまで描き切ってしまおう」と思ったのだとか。続けて、「クリーチャーの要素が入って、流血もある。そういうのが面白いですよね?」とニヤリ。
 好きなホラー映画作品は何かと問われたユーは、一本に選ぶのは難しいとしつつ、本作に大きな影響を与えた作品として『HOUSE ハウス』を挙げる。「十代の女の子たち、キッチュさ、猫、そして血。わたしの好きなものがすべて盛り込んである」と言い、色づかいと共に大いに触発されたことを明かす。正統派ボディホラーとして始まったかに見えた映画は、時折に差し挟まれる、人を食ったようなブラックユーモアあふれる演出により混沌の様相を見せ始める。おもちゃ箱をひっくり返したような、そのガチャガチャしたテイストは大林宣彦作品を想起させた。

キッチュさに満ちた少女たちの残酷物語は大林宣彦のスタイルを譲り受けたかのよう

 少女の肉体の変容をテーマとする以上、撮影にも慎重さが求められるが、ユーは最大限に配慮をしたという。キャスティングの裏話と共に話を聞かせてくれた。「脚本を書いているときは、この主役を演じてくれる女の子がいるんだろうか、と思っていました。主役が決まるまでは長いプロセスでした。幸か不幸か、パンデミックがあったので、時間稼ぎで多くの女の子たちをオーディションで選ぶ時間がありました。プロのアクティングコーチに来てもらい、それと同時に、プロの性教育の専門家もお呼びして、何か心配事はないか、家や学校で聞けないことはなんでもここで聞いていいんだよ、と安心感を感じる空間であるように努めました。リハーサルに来ても、自分を好きに表現していいんだよ、何も恥じることはないんだよ、と」そう語るユーは、先ほどのホラー愛を語ったときの朗らかさとは異なる、強い決意を秘めた表情をしていたように見えた。
 出演者たちの自主性を重んじた撮影現場は、映画のテーマとも通ずる。「あと、決めつけはしないということ。つまり、この映画がまさに”女の子はこうなんだ”ということと戦う内容ですよね。撮影前も撮影中も、女性たちが安心できることを最優先にしました」と語った。

少女が抱く、肉体の変容への恐れは普遍のテーマだ

 元ミュージシャンのユーは、音楽や音の使い方にもこだわる。「サウンドデザイナーに、マレーシア中のジャングルにいる鳥を把握してもらって、オーケストラを奏でるような、そんな注文をしました。ザファンが教室にいるときもジャングルから呼ばれている感じの音楽が鳴っているようにしました」とコメント。
 観客から寄せられた感想では、少女たちの反目と友愛の関係性に言及するものがあり、それに対してユーは「わたしの個人的な経験に基づくところが大きいです」と話しだす。「ザファンとその友達も全部、わたしの要素が反映されています。女の子たちがときに憎んで、ときに愛して、嫉妬もあれば尊敬もある、一筋縄ではいかない複雑な感情が渦巻いている。女の子でも暴力的にもなれば、酷い仕打ちもできる。でも、そこからまた親友にもなれたりする。その関係性が美しい」と作品に込めた思いを伝えた。
 次回作は時代劇を想定しているという。「1930年代のイギリス植民地下のマレーシアが舞台。母であること、妻であることは当時、何を期待されたのか。そういったことを描きつつも、血もあるし、クリーチャーも出てきます。ホラーにはまだまだこだわっていきたい」とこれからもホラー道を突き進むことを誓った。【本文敬称略】

第24回東京フィルメックスは11月19日から11月26日まで開催された。以下、受賞した各作品。
■最優秀作品賞:『黄色い繭の殻の中』(ファム・ティエン・アン監督)
■審査員特別賞:『クリティカル・ゾーン』(アリ・アフマザデ監督)、『冬眠さえできれば』(ゾルジャルガル・プレブダシ監督)
■学生審査員賞:『ミマン』(キム・テヤン監督)
■観客賞:『冬眠さえできれば』(ゾルジャルガル・プレブダシ監督)
■タレンツ・トーキョー・アワード:『Mangoes are Tasty There』(サイ・ナー・カム監督)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?