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【期待の最新作、舞台挨拶レポ】鳴瀬聖人監督が逆転の発想で勝負をかけた、家系ホラー最新作『日本で一番恐くない間取り』が公開中。霊能者や殺し屋まで入り乱れるハチャメチャ怪談映画に笑って怖がり、そして泣こう!

タイトル写真 『日本で一番恐くない間取り』より。呪いのエール
取材・文:後藤健児

 事故物件ものが続く昨今、まったく逆のアプローチで仕掛けた映画が誕生。その名も『日本で一番恐くない間取り』だ。とはいえ、タイトルの出オチで終わらず、練り上げた脚本と、キャラを立たせながらも行動や動機に違和感のない人物造型など、丁寧に作り込まれた怪談映画だ。
 7月5日より公開開始されている本作。翌6日には東京・シネマート新宿で舞台挨拶が行われ、主演の大坂健太、共演の森羅万象と、この日の司会も兼ねたエアコンぶんぶんお姉さん、そして鳴瀬聖人監督が登壇。笑いに包まれる中、撮影裏話に盛り上がった。

『日本で一番恐くない間取り』ポスタービジュアル

 近未来、貧困の一途をたどる日本社会では自殺や殺人が急増。それに伴い、どこもかしこも事故物件だらけとなってしまう。結果、とあるアパートの一部屋だけが、国内唯一の”無”事故物件となった。最後の普通の物件に住む平凡な男・山田はその価値に気づきもせず暮らしていた。一方、幽霊アレルギーの富豪・富良野はなんとしてもその部屋を手に入れようと、物件を管理する不動産会社の男・根津と手を組み、山田を追い出しにかかる。だが、大金を積まれても嫌がらせを受けても、山田は出ていこうとしない。攻防戦はエスカレートし、霊能者や凄腕の殺し屋も参戦。無関係の人々をも巻き込んで、いよいよ収拾がつかなくなる。果たして、富良野は無事故物件を手に入れられるのか。そして、山田はなぜかたくなに出ていかないのか……。
 監督は『温泉しかばね芸者』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018で審査員特別賞を受賞した鳴瀬聖人。近年も『女囚霊』や『恐解釈 桃太郎』など、精力的にジャンル映画を手掛けている。本作ではこれまで以上にトリッキーな設定を用いつつも、脚本にしっかりと時間をかけて破綻のない世界観を構築。笑いとシリアスの配分もほどよく、手慣れた職人気質も感じられた。
 主演は『グリーンバレット』や『黄龍の村』など阪元裕吾監督作品で知られる大阪健太。本作が初主演だが力むことなく、ふてぶてしく飄々とした小市民的キャラクターを好演。

初主演でも気張らず、安定の凡人感を見せてくれる大阪健太

 もうひとりの主役と言っていい、富豪・富良野役に、ドラマや映画、舞台と幅広く活躍し、2023年の森岡利行演出による舞台『嫌われ松子の一生』で主演を務めた広山詞葉。本作のコメディ世界において各登場人物がそのノリに乗っかる中、広山が演じた富良野だけは幽霊を心底恐れ、異常な世界を正常に怖がる常識人として、終始シリアスに振る舞い続ける。終盤で見せる変化は、ゆるいコメディと思って本作を観に来た観客に予想外の感動を与えることだろう。

富良野(演:広山詞葉)の幽霊への怖がりようが後に静かな感動を呼ぶ

 信用ならない霊能者に森羅万象。『恐解釈 花咲か爺さん』で演じた人殺し家長に負けず劣らずのハイテンションぶりでわめきちらし、映画をガチャガチャかき回す。口から吐き出された食物を練り上げて作る”呪いの団子”の精製シーンは残酷描写が控え目な作中、不快指数マックスで攻めてくる。

インチキそうに見えて実は優秀な霊能者(演:森羅万象)

 不動産屋・根津に『グッドバイ、バッドマガジンズ』の好演が記憶に新しいヤマダユウスケ。その部下・桧山に映画初出演のお笑い芸人・エアコンぶんぶんお姉さん。彼女は吉本興業のNSC東京26期生で、お笑いコンビ・ボニータをはじめ、同期の芸人が多数、出演している。お笑い好きも要チェックだ。

自らの顧客を追い出す作戦を練る、人でなしの不動産屋コンビ

 舞台挨拶はエアコンぶんぶんお姉さんの司会で笑いを交えつつ和やかに進行。脚本を読んだ感想を聞かれた大阪はプロットの面白さに感心したそうで、そこから『残穢-住んではいけない部屋-』を引き合いに出す。「事故物件はどこまでさかのぼれば事故物件なのかなと。ここだって昔、恐竜が死んだりしてるし」と事故物件の定義に言及。
 呪いの家系ホラーが量産される中で、今まで考えられてこなかった本作の設定はいかにして生まれたのか。そのきっかけは鳴瀬が2年前に観た『貞子vs伽椰子』にあった。「呪怨の家が出てきて、その家だけが不気味に描かれていたんです。他の家は明るくて。これを逆にしたらどうなんだろうと。明るい家の取り合いになるんじゃないか。取り合いをするのは大富豪かもしれない。そういうところから、その日のうちに全部ストーリーが出来上がりました」と明かす。

フォトセッションにて。(左から)鳴瀬聖人監督、エアコンぶんぶんお姉さん、大阪健太、森羅万象

 本作で映画初主演を飾った大阪は今回の現場で驚いたことがあったという。「これまで出ていた(阪元裕吾監督の)映画では基本的に現場で”何しゃべります?”みたいな感じで、(自分の台詞が)脚本にはなかったんです。今回、自分の台詞が脚本にあるのがまずうれしいですね」とコメントし、この発言に他の登壇者は面食らった。しかし、本作でも大阪のアドリブは多用された。物語の後半、山田が自宅に籠城するため、独り芝居が多くなり、そこはこれまでの即興台詞で培った経験が大いに役立ったようだ。
 エアコンぶんぶんお姉さんは映画の出演自体が初めてだったそうで、「普段のお笑いとは全然違いすぎて。誰もミスらないから。お笑い芸人はミスったもん勝ちみたいなところがあるので」と芸人としての立ち位置から映画の現場との違いを実感したという。そんな彼女を支えたのが劇中でも頼れる上司役を演じたヤマダユウスケだった。俳優としてのイロハを教えてもらった彼女は「手を合わせたくなるお言葉をいただいた」と感謝しきり。
 霊能者が作り出す”呪いの団子”について。現場で森羅万象は「抵抗はありましたよ(笑)」と語る。現場では生魚を手にしており、当然実際に食べてしまうと危険なため、口に含む直前でカットを切り替え、咀嚼しているときは安全な刺身だったそう。

居座る山田を追い出すため、霊能者は禁断の術式に手を出す

 終盤のあるシーン。当初のシナリオでは多くの台詞があったそうだが、現場でバッサリカットしたのだとか。「静かなお芝居に変えたかった」と決意を語る鳴瀬がこだわったこの場面は、使い勝手よく表される”泣けるホラー”への鳴瀬なりの問題提起、あるいは挑戦のように見えた。 そして、トークが終わり、鳴瀬たち登壇者は観客からの拍手を受けながら退場していった。『日本で一番恐くない間取り』は7月5日よりシネマート新宿他、全国公開中。【本文敬称略】

『日本で一番恐くない間取り』
出演:大坂健太、広山詞葉、ヤマダユウスケ、エアコンぶんぶんお姉さん、ウクレレえいじ、森羅万象、坂田聡、他
監督・脚本:鳴瀬聖人
制作プロダクション:シネマキャスト
配給・宣伝:ライツキューブ
©エフドア

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