見出し画像

軍事研究家が選ぶ、ウクライナ戦争が起こった2022年、真に語るべき戦争映画5選

『潜水艦クルスクの生存者たち』
KURSK
18年ルクセンブルク/監:トマス・ヴィンターベア/原:ロバート・ムーア/脚:ロバート・ロダット/出:マティアス・スーナールツ/117分/公開済
『ロシアン・ソルジャー 戦場に消えた18歳の少女兵士』
ZOYA
21年ロシア/監:マクシム・ブリウス/脚:アンドレイ・ナザロフほか/出:アナスタシヤ・ミシュナ/103分/DVD:アルバトロス
『戦争と女の顔』
DYLDA
19年ロシア/監・脚:カンテミール・バラーゴフ/脚:アレクサンデル・チェレホヴ/出:ヴィクトリア・ミロシニチェンコ/137分/DVD&BD:TCエンタ
『1950鋼の第7中隊』
長津湖(THE BATTLE AT LAKE CHANGJIN)
21年中国/監:ツイ・ハーク、チェン・カイコーほか/指・脚:ホアン・チェンシン/出:ウー・ジン/DVD:ハピネット
『西部戦線異状なし』
IM WESTEN NICHTS NEUES
22年独・米/製・監・脚:エドワード・ベルガー/指・脚:レスリー・パターソンほか/出:フェリックス・カマラー/147分/Netflixにて配信中

●『潜水艦クルスクの生存者たち』で始まったプーチン時代

 エリツィンから政権を禅譲されたプーチンがロシア大統領の座についたのが2000年5月。その3カ月後、原子力潜水艦「クルスク」が搭載魚雷の爆発で沈没、乗員全員が死亡する事故が起きた。その事故の顛末を、艦尾区画に避難した23名の乗員とその家族を核に描いたのが、『潜水艦クルスクの生存者たち』だ。海の男たちの絆、そして諧謔の効いた会話がドラマを熱く盛り上げてくれて、ナイス。
 沈没後も艦内に生存者がいたのは事実として確認されているが、全員死んでしまったのだから艦内描写はフィクションである。けれども事故をNATOの仕業と言い張り、他国からの救出支援申し入れを拒否し、乗員の家族に嘘をつき、その口を塞ぐロシア当局の姿勢は事実であり、現在でもまったく変わっていない――というよりプーチン・ロシアの独裁体質(+軍上層部)は最初から同じだったのだろう。
 それにしても、将兵に給料を払えない海軍っていったい……と思っていたら陸軍も同様であることがロシア・ウクライナ戦争で露呈したという……。

●殉死した少女と生き残った女、『ロシアン・ソルジャー』&『戦争と女の顔』

 ロシア・ウクライナ戦争と言えば、ロシア軍に侵攻されたウクライナの町々で人々が火炎瓶を用意する映像を覚えている読者諸兄姉も多いだろう。
『ロシアン・ソルジャー 戦場に消えた18歳の少女兵士』は、第二次世界大戦、ソ連の言う「大祖国戦争(独ソ戦)」緒戦期、爆薬と火炎瓶でパルチザン活動に従事するもドイツ軍に捕えられて処刑されたロシア人少女ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤの実話ベースのロシア映画。
 現在、“侵略者ナチス”の行為、そのまんまなロシアのウクライナでの所業を見て、ゾーヤも草葉の陰で泣いているのではなかろうか。
『父親たちの星条旗』(06年)、『告発のとき』(07年)など、帰還兵の苦悩を描いたアメリカ映画に触れるにつけ「ソ連兵はどうなんだろう?」と思ったものだったが、来ました、極め付けの1本が。
『戦争と女の顔』は、終戦直後のレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)を舞台に、独ソ戦に従軍し心も肉体も精神も傷ついたイーヤとマーシャ、2人の女性を核とした戦闘場面も戦場シーンも一切登場しない“戦争後”戦争映画の力作である。2人だけではなく、男たちも街も傷ついており、彼ら彼女らの、虚無にすら近いその痛みと苦しみを静謐な空気感で伝えるハードボイルドな作品。本作と較べたら日本の“戦争と女性”のマンガや映画など、中身の無い線香花火のようなものである。

●敵はアメリカ、『1950 鋼の第7中隊』

 朝鮮戦争に軍事介入した人民解放軍(中国軍)将兵の激闘を描いた大作で、大量のエキストラを投入したという怒涛の人海戦術シーンはド迫力だが、CG戦闘場面は紙芝居みたいに薄っぺらく、失笑レベルなのはどうしたことか。
 なにより、北朝鮮も韓国も登場せず、朝鮮戦争は中華人民共和国がアメリカ(マッカーサー元帥)の野望を挫いた勝利の戦いだった――という描き方にビックリ仰天。正しい指導者(毛沢東)に導かれて人民は勇敢に戦ったという物語、そのあとの駄目押しのように勇ましい歌が延々と流れるエンドロールを眺めていると、唯我的な愛国映画を量産しているロシアがウクライナに侵攻した現実が思い起されて、中国も台湾“解放”戦争を始める気なのか? という不安が込み上げてくるという、ただならぬ1本なのだ。

●出口は無い。『西部戦線異状なし』

 人命消耗戦と化した第一次世界大戦という巨大戦争の時代を、ドイツ青年の姿を通して描いたエーリッヒ・レマルクの小説の映画化最新版。原作を巧みに咀嚼し見事な戦術描写と共に映像化したルイス・マイルストン監督版(30年)、より原作に沿いつつ悲劇性を高めた英米合作のTV映画版(79年。古参兵「カット」を演じるのがアーネスト・ボーグナイン!)と比べると、今回は原作を換骨奪胎しつつのブルータルかつ冷酷な描写のオンパレード。それがNetflix配信作品というのが、いかにも2020年代である。本家本元ドイツの製作なので全編ドイツ語というのが素晴らしい。
 入念に考証された軍装類、塹壕を掃射するフランス軍サン・シャモン戦車(と言うより「突撃砲」の始祖)、火炎放射器部隊、延期薬の煙を噴く柄付き手榴弾、シャベルをブン回しての白兵戦などのディティールも凄いが、装備を使い回すがごとく人間も使い回すという、何かが麻痺したかのような戦争指導とその果ての自暴自棄が恐ろしい。
 全編を覆う閉塞感と欝感覚、それはあたかも現在の我々の世界観のようでもあり、やはり不穏なものを感じさせられる作品だ。(大久保義信)

こちらもよろしかったら 町山智浩アメリカ特電『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?