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「ゴーン・ガール」女優主演の上質なサスペンスなど 【次に観るなら、この映画】11月27日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。今週は3本ご紹介します。

① フランスの巨匠が、ロックバンド「ザ・ローリング・ストーンズ」の若き日のレコーディング風景を捉えたドキュメンタリー「ワン・プラス・ワン」(12月3日から映画館で公開)

② 農場に暮らす動物たちの深遠なる世界を、斬新な手法で叙情豊かに描いたネイチャードキュメンタリー「GUNDA グンダ」(12月10日から映画館で公開)

③「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクが主演したクライムサスペンスコメディ「パーフェクト・ケア」(12月3日から映画館で公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


◇ゴダールが描く、激動と混沌の60年代とストーンズの5日間(文:髙橋直樹)

「ワン・プラス・ワン」(12月3日から映画館で公開)

 ジャン・リュック・ゴダールが撮ったローリング・ストーンズ。代表曲のひとつ「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングをカメラで追う。ファンなら誰でも飛びつく映画だが、そこはゴダールである。一筋縄ではいかない。

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 「勝手にしやがれ」(60)で時代の寵児となり、その後「商業映画との訣別」を宣言したゴダールは、1968年に起こった五月革命に乗じて、トリュフォーやルルーシュらとカンヌ国際映画祭を中止に追い込む。翌6月、ロンドンに飛んだゴダールは、ミック・ジャガーとキース・リチャードが主導するレコーディングにカメラを向ける。何よりも画期的なのは、フィルム一巻分を一気に撮りきった一台のカメラによる映像だ。手持ちで移動を続ける長回しの撮影でメンバーたちの関係性が浮かび上がり、スタジオ内の空気を濃密にとらえたセッションの記録としても必見だ。

 楽曲の完成形が見えているミックは、歌いながらメンバーに指示を出す。キースはベースを手にリズムを刻む。チャーリーのドラムスには日を追うごとにパーカッションが追加され、バンドの精神的支柱だったブライアン・ジョーンズは、抜け殻のような状態で黙々とギターを弾く。ベースのないビル・ワイマンは蚊帳の外で煙草を燻らせる。

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 「『イチ』足す『イチ』ではなく、『ワン・プラス・ワン』なのだ」というゴダールは、ストーンズの5日間(実際は11日間に及んだらしい)のレコーティング・セッションに、1960年代という時代を重ねていく。

 63年、ベトナム戦争を始めたケネディ暗殺。翌年、ソ連ではフルシチョフが引退しコスイギンを経てブレジネフへと指導者が変わる。65年、米公民権運動の過激な推進者マルコムXが凶弾に倒れ、キューバ革命の雄チェ・ゲバラがボリビアで処刑されたのは67年。68年1月にプラハの春、泥沼化したベトナムは更なる混沌へと突き進み、4月にはマーティン・ルーサー・キングが暗殺されている。

 ゴダールは時代を象徴する描写を試みる。ブラック・パワーのアジトでは「氷の上の魂」を読み戦闘準備を進める。ロンドンの街路にはスプレーを手にした女が現れ記号を刻む。風俗誌が並ぶ本屋では「わが闘争」を謳う店主に客たちが忠誠を誓う。「エヴァのすべて」と題されたチャプターでは、緑が濃い森で革命闘争のヒロインがテレビの取材を受ける。矢継ぎ早に繰り出される質問に対する答えは「YES」か「NO」か。ゼロかイチか。ゴダールは既にデジタル感覚だったのだ。

 2021年8月24日、常にクールな佇まいで転がり続けたチャーリー・ワッツが亡くなった。享年80歳。バンドは現在アメリカツアーを続けているが、もはやチャーリーの姿はない。ブライアン・ジョーンズはバンド脱退直後の69年7月に自宅のプールで溺死。享年27歳。死因は麻薬による不慮の事故とされた。撮影当時ジャン・リュック・ゴダールは37歳、90歳となった今も現役の映画監督である。

(注)
五月革命 1968年に5月に起こった学生と警官の衝突に端を発するゼネスト活動
「氷の上の魂」ブラックパンサーのエルドリッジ・クリーヴァーの著書/刑務所内で書かれた活動記録。
「わが闘争」ナチ党指導者のアドルフ・ヒトラーの著作。第1巻は1925年、第2巻は1926年に出版された。

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◇ナレ無し、BGM無し、モノクロ映像美。動物たちの生に向き合う忘我の90分(文:高森郁哉)

「GUNDA グンダ」(12月10日から映画館で公開)

 動物を対象にしたモノクロのドキュメンタリーで、ナレーションもBGMもない。そう聞くと、昨今の情報過多なコンテンツに慣れた観客なら敬遠したくなるかもしれない。だが案ずることなかれ。逆説的な言い方になるが、余分な情報をそぎ落とした非言語の表現だからこそ、動物たちの生のありようを私たちの心に直接伝える雄弁さを、本作「GUNDA グンダ」は確かに獲得している。

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 被写体は、農場で暮らす母豚“グンダ”と子豚たち、鶏、牛。なかでも、グンダが小屋の中で生まれたての子らに乳を飲ませる冒頭から、よちよち歩きの彼らを引き連れて放牧地で餌を探すのを教え、やがて子らが母親を置いて勝手に外へ出ていくといった具合に、グンダの子育てと子豚たちの成長を中心に追っていく。

 ロシア出身のビクトル・コサコフスキー監督は、滑らかな移動で動物たちに寄り添うカメラで、フォーカスと被写界深度を精妙にコントロールし、美しく味わい深い驚異的な映像を生み出した。彼らの鳴き声と自然の環境音は、三次元で音像を定位させる立体音響技術「ドルビーアトモス」で再現され、その場に身を置いているような没入感に貢献している。

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 情報量を落としたモノクロ映像には、動物と人間との見かけの差異を減じる効果もある。クローズアップされたグンダの顔には眉毛やまつ毛も認められ、諦観を感じさせる眼差しが哲学者のようにも見える。言語を介さずに彼らと向き合って再認識させられるのは、「人間も動物である」という真理だ。授乳のシーンでは、自分が母親の胎内から生まれ出て、本能のまま母乳を求めた赤子の頃の失った記憶を呼び起こされる錯覚が生じるほど。言葉も知識もない混沌とした意識で世界と対峙する感覚を、追体験する状態と表現できるかもしれない。

 愛情深い子育てや心温まる成長といった側面だけではない。序盤で、グンダがおそらくひ弱で生き残れないと判断したであろう子豚を“間引き”するショットがあり、はっと息をのむ。

 場所が農場である以上、管理する人間がいるのは自明なのだが、その姿を映し出すことは意図的に避けられている。ただし終盤、人間の存在を象徴する運搬用ケージを付けた農業車両が登場し、ある運命をグンダ母子にもたらす。ここからグンダをひたすら追い続ける約10分の長回しが圧巻だ。駆け出しては立ち止まり、あたりを見回して鳴く。小屋に戻ってのぞき込む。カメラに向かってゆっくり近づき、私たちに何かを訴えかけるようにじっと見つめる。グンダの奇跡的な“名演”により、創作されたドラマ以上にドラマティックな瞬間が立ち上がる。

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◇ロザムンド・パイクがダークなヒロインを好演、痛快な社会派サスペンス・ドラマ(文:映画.com外部スタッフ 本田敬)

「パーフェクト・ケア」(12月3日から映画館で公開)

 「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイク、「アリス・クリードの失踪」のJ・ブレイクソン監督によるブラックなコメディ・スリラー。マーラ(ロザムンド・パイク)は裁判所から委託された法廷後見人。パートナーであるフラン(エイザ・ゴンザレス)とタッグを組み、認知症などで判断能力が低下した老人たちに対して、その資産管理をする名目で財産を搾り取る悪徳ビジネスを展開していた。ある日、裕福な老婦人ジェニファー(ダイアン・ウィースト)を紹介され2人はロック・オン、まんまと後見人の座を手に入れるが、身寄りがないと思っていた老人の背後に、ロシアン・マフィアのローマン(ピーター・ディンクレイジ)の影がちらつき始める。

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 日本でもトラブルや誤解が多い成年後見人制度にフォーカスした話題性のある作品。最近ではブリトニー・スピアーズがこの制度を巡り、後見人である父親の資格解除を求めて、裁判を起こしたことでご存じの方も多いだろう。詳しくはドキュメンタリー「ブリトニー対スピアーズ-後見人裁判の行方-」(Netflix)をご覧頂きたいのだが、作品の中で、裁判所がブリトニーに対し後見人の必要を認めた理由に「認知症の可能性」があったり、ブリトニー本人は後見人を選べなかったり、自分の子供との電話や面会、自宅の敷地内の移動さえも許可が必要だったりと、裁判所と後見人に絶大な決定権が不当に与えられているのが現状だ。また、認知症になると本人のストレスが軽減され、寿命が伸びる傾向にあるため、劇中のマーラのように長期間に渡り委託料を受け取るビジネスモデルが成立、不動産を所有している場合は、固定資産税や管理費を理由に、本人の許諾無しに後見人が売却できるので、うま味はさらに多い。

 前述の「アリス・クリードの失踪」では誘拐事件、脚本を手がけた「ディセント2」では洞窟の遭難、「フィフス・ウェイブ」では宇宙人襲来と、予想外の状況に放り出されたヒロインの戦いを描いてきたブレイクソン監督、今回は実在の事件を元にオリジナル脚本を書き上げ、製作に漕ぎ着けた。監督は過去作同様セクシャリティをストーリーに取り入れつつ、リアルさ重視で狡猾かつ逞しい主人公像を構築。ロザムンド・パイクは共演のエイザ・ゴンザレスと共に、ウォシャウスキーの出世作「バウンド」のような、痛快な世界観でのダーク・ヒロインを演じきった。

 最近は「プライベート・ウォー」「ベイルート」などハードな役が多かったパイクの違った一面を引き出し、誰の身にも起こる題材から、大人の上質なサスペンスを生み出したブレイクソン監督。前作「フィフス・ウェイブ」で不完全燃焼だった映画ファンはもちろん、身近に高齢者を抱える人も一度は見る価値のある作品だ。

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