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外国人技能実習生の置かれた現実を描くドラマ、車道の殺人鬼を描くスリラーなど 今週のオススメ新作【次に見るなら、この映画】5月1日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週は、在日ベトナム人女性の覚悟と生き様を描くヒューマンドラマ、社会問題にもなった「あおり運転」が発端のスリラーの2本です。

①外国人技能実習生として来日した若い女性たちの置かれた現実を描いた「海辺の彼女たち」(公開中)

②シングルマザーが見知らぬ男の標的となり、“究極のあおり運転”の餌食になる「アオラレ」(5月28日公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


◇ベトナム人技能実習生が移民大国・日本で歩む、分かれ道のように見える“1本道”(文:岡田寛司)

「海辺の彼女たち」(公開中)

 東京国際映画祭「アジアの未来部門」グランプリを受賞した「僕の帰る場所」では、在日ミャンマー人の移民問題。長編第2作となった本作「海辺の彼女たち」では、世界第4位の移民大国・日本における外国人技能実習生の失踪問題。藤元明緒監督が眼差しを向ける日本の一面を、私たちはしっかりと認識しておかなければならない。

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 ベトナムからやってきたアン、ニュー、フォン。彼女たちは日本で技能実習生として3カ月間働いていたが、ある夜、過酷な職場からの脱走を図った。ブローカーを頼りに、辿り着いた場所は雪深い港町。不法就労という状況に怯えながらも、故郷にいる家族のため、幸せな未来のために懸命に働き始める。

 入念な取材を経て完成した物語、俳優陣の人生を取り込んだ演出、ポジションにこだわり抜いたカメラワークによって「まるでドキュメンタリーのようだ」という言葉が引き出されるだろう。しかし、登場人物たちは、決して社会的問題を浮き彫りにするためだけの存在とはならない。藤元監督は、あくまで“彼女たち”に寄り添い続ける。そして「他人事ではない」と強く訴えかけているのだ。

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 ひとつのキーとなるのは「選択」というもの。説明するまでもなく、多くの人々に与えられた権利である。無論“彼女たち”も同様に、自らの決断によって、過酷な旅へと足を踏み出している。しかし、その旅路を見届けているうちに、ふと疑問を抱くのだ。その決断は、本当に選びとったものなのか。捨て去ったものを、選ぶ余地はあったのか。答えは限りなく「NO」に近い。

 この印象は、フォンの彷徨いによって強調されている。過酷な職場、生活をともにする仲間、遠方からの便りを待つ家族から離れ、自らのために凍える街を歩く。一見、何物にも縛られない自由を手にしたように思える。だが、それは幻影なのだ。彼女に示されていたのは、分かれ道のように見える“1本道”だった。辿り着く答えは、いくら遠回りをしようとも、変わることはない。

 企画の発端は、藤元監督がミャンマー人実技能実習生の女性から、実際に受け取ったSOSメールだ。数回のやり取りの後、連絡は途絶えたものの、ラストシーンを繋いだ時に「その女性とまた再会したような気持ちになった」という。製作の動機は「行方不明になった彼女の“その後”を追いたい」というもの。つまり、私たちは「海辺の彼女たち」を通じて、その女性と間接的に会うことができるのだ。過去から届いたSOSの叫びは、いまだに消えていない。“彼女たち”の存在は、フィクションではない。「私たちの事」という意識を持つためにも、まずはこの映画と出合うべきだろう。

◇瞠目すべきクロウの怪演。車道の殺人鬼を描く現代の「激突!」!!(文:尾崎一男)

「アオラレ」(5月28日公開)

 「アオラレ……脳内の考えが周りの人に知られちゃうやつ?」って、それは20年前に公開された本広克行監督の「サトラレ」(01)だ。ここで触れるのは、公道で車間距離を詰めたり、危険な追い越しを指す、あの社会問題にもなった「あおり運転」が発端の新作スリラーだ。

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 15歳の息子を持つレイチェル(カレン・ピストリアス)は運転中、行く手を阻み難癖をつけてきた素性の知れぬ男(ラッセル・クロウ)に対し、自分に非はないと主張して場をやりすごす。

 だが、それが怒りを誘引したのか、男はレイチェルをどこまでも車であおって追い回し、さらにあろうことか、彼女のネット端末から個人情報をさらい、レイチェルの身内と接触しては各自を血祭りにあげていくのだ。常軌を逸した殺人行為、いったい当のレイチェルはどうなってしまうのか!?

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 落ち度のないドライバーが大型トレーラーの襲撃に遭う「激突!」(71)や、殺人鬼を乗せた大学生の受難を描いた「ヒッチャー」(81)など、車道でとんだトバッチリを食らうこのテの映画は脈々とあり、「アオラレ」はその最新版だ。「危険運転で接近してくる、肥大化したラッセル・クロウ」という絵ヅラだけでも人類は恐怖に駆られるのに、彼が演じる怪キャラクターは狂気を膨張させ、あおり運転だけで事を済まさない。己れに理解を示さぬ者を執拗に追い詰め、関係者を片っ端から手にかけていく。まさに無秩序の極みだが、現代社会の歪みが生んだモンスターとしてどこか悲劇的で、また巻き込まれるヒロインもやや道徳心に欠けるところ、そこは作品にかろうじてメッセージ性が含まれている。あおり運転に始まり、現代のネット社会にまで魔の手が及ぶ、これぞまさしく新時代の「激突!」。いや本当、面倒でもパスワードはちゃんと設定しておこう。

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 加えて本作の恐怖を倍化させるのは、キャリアのプラスになるとも思えぬ、ラッセル・クロウのやりたい放題な怪演だ。2000年製作の「グラディエーター」で悲劇の剣闘士を体現し、栄えあるオスカーを受賞。後年「レ・ミゼラブル」(12)では主演のヒュー・ジャックマンを差し置き、じつにいい湯加減で熱唱。以前とは何だか性質の異なる役者になってしまった。今回も「ワールド・オブ・ライズ」(08)のときのようなスーパー増量によって、両国でよく見かける巨漢に変身! と言いたいところだが、じつは肉体スーツを着込んで役作りをしたらしい。腐っても名優、あまりアオラレ、いやサトラレたくない事実かも。

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