見出し画像

タイムループラブコメディ、癒されるドキュメンタリーなど 今週のオススメ4本 良作映画を紹介【次に見るなら、この映画】4月10日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週は、砂漠のリゾート地パーム・スプリングスを舞台にしたタイムループラブコメディ、2大演技派女優が初共演した作品、「ブラックパンサー」のチャドウィック・ボーズマンさん最後の主演作、本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞部門で受賞を最有力視されている作品の4本です。

①タイムループから抜け出せない男女が恋に落ちる「パーム・スプリングス」(公開中)

②異なる境遇の2人の女性が化石を通じてひかれあう姿を描いたドラマ「アンモナイトの目覚め」(公開中)

③マンハッタンを全面封鎖して刑事が犯人の行方を追うクライムアクション「21ブリッジ」(公開中)

④映像作家の男性と1匹のタコの約1年間にわたる交流を収めたドキュメンタリー「オクトパスの神秘 海の賢者は語る」(Netflixで独占配信中)


 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!

◇盛りだくさんな要素で楽しませつつ、本質的には現代的で勇猛果敢な人間ドラマ(文:村山章)

「パーム・スプリングス」(公開中)

 ロサンゼルスから東におよそ180キロ。ハリウッド映画でしばしば見かける発電用の風車群の先に、パームスプリングスはある。かつてはシナトラやプレスリーも別荘を構えた砂漠のリゾート地。本作はそこで開かれたハッピーな結婚式の物語だ(ただし実際の撮影はLAより北東のパームデイルとサンタクラリタ周辺で行われた)。

画像1

 ところが参列者のナイルズはハッピーじゃない。記憶をたどれないくらい長い間、何度も何度も同じ一日を繰り返す《タイムループ》にハマっているからだ。あらゆる手を試し、もはや抜け出せないと諦めたナイルズは、永遠に続く他人の結婚式の一日をちゃらんぽらんに過ごしていた。ところがあるきっかけで花嫁の姉のサラも同じループにハマり込む。奇妙な運命の道連れとなったふたりは次第に惹かれあうように……。

 本作は「恋はデジャ・ブ」、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」、「ハッピー・デス・デイ」といった“タイムループ映画”の系譜に連なるロマンチックコメディだ。マックス・バーバコウ監督と脚本家のアンディ・シエラは、同ジャンルのトリッキーな要素を活かして脚本を精緻に磨き上げた。随所に伏線が張り巡らされ、二度、三度観るたびに新しい発見が得られることに脱帽せずにいられない。

画像2

 一方で、「タイムループ+ラブコメ」みたいな短絡的な説明では言い表せない映画でもある。1960年代の名作「卒業」から大きな影響を受けているのだが、ビジュアル以上に繋がりを感じるのが、人生の選択を避ける宙ぶらりんな主人公像。一見陽気なマイルズも、メンタルの問題が山積みのサラも、本質的に人との繋がりを上手く保つことができず、自分の居場所を見つけられないでいる。タイムループから抜け出せないという設定自体が、彼らの心象風景を象徴しているのだ。

 そんなふたりが恋に落ちるのはラブコメの定番として、「お互いの欠落を埋めてくれるベターハーフ」として描いていないのがいい。寄る辺ない漂泊に埋没するでも、愛こそすべてと謳い上げるでもない。その先へ踏み込んで、他人との関係と自分自身を探求するアプローチは非常に現代的だ。ファンタジー、コメディ、SFなど盛りだくさんな要素で楽しませつつ、本質的には真の意味で勇猛果敢な人間ドラマだと思う。

画像3

 最後にもうひとつ。主演のアンディ・サムバーグとクリスティン・ミリオティが本当に素晴らしい。特にミリオティは今後ハリウッドで絶対に無視できない存在になっていくはずなので、本作の名演にぜひ瞠目していただきたい。


◇息を殺して見守らずにはいられない、2大女優が紡ぐ足枷から解き放たれた絆(文:佐藤久理子)

「アンモナイトの目覚め」(公開中)

 これまでありそうでなかった、シアーシャ・ローナンとケイト・ウィンスレットという演技派女優の共演。それが予想を超える形でもたらされた本作は、2つの魂の触れ合いが、心の奥に秘められた激しい感情を目覚めさせる、鮮烈な恋愛譚だ。まるでミレーの写実画を彷彿とさせるような寂寥とした色彩、寒々とした光のなかで、動のシアーシャと静のケイトの見事なコンビが奏でる繊細な心の旅路は、息を殺して見守らずにはいられない。

画像4

 1840年代のイギリスの海辺の町。かつて13歳で貴重な化石を発掘した古生物学者メアリー・アニングは、いまや老いた母とふたりで暮らしながら、観光客にアンモナイトを売りさばいて生活を凌いでいる。労働者階級で、なおかつ女性であるメアリーの名前は、歴史的な発掘にも拘らずそそくさと消されてしまっていた。

 そんな彼女のもとに、旅に出る夫によって強引に預けられることになったシャーロットがやってくる。恵まれた階級にありながら、流産の痛手を負った彼女の憮然とした様子に、メアリーも冷たい態度で接するが、シャーロットが高熱で倒れたことがきっかけで変化が訪れる。

画像5

 監督のフランシス・リーは、自伝的なカラーの濃い前作「ゴッズ・オウン・カントリー」でも同性の恋愛を扱っていたが、本作ではメアリー・アニングという実在の、しかしあまり記録のない人物をモデルにしながら、自由に想像を膨らませている。

 実際19世紀の封建的な英国社会で、階級は違えど女性であるがゆえの足枷を負った者同士が、強い共感をもとに結ばれて行くさまには説得力がある。メアリーにとってはその特別な絆が、長年固く閉ざされた心の扉を開けるきっかけとなるのだ。「お休みのキス」が、やがて激しい抱擁に変わるとき、ふたりはどんな束縛からも解放され、自由な性の喜びを享受する。

画像6

 もっとも、社会に裏切られ、人との絆を絶ってきた者の生き方は、そう簡単に変わるものではない。化石はメアリーを裏切らないし、失望させることもない。だが生きた人間の関係はどうだろう。それは予測不可能で刺激的でありながら、コントロールのできない危険なものでもある。その逡巡のなかで揺らぐメアリーの姿はせつなく、かたやそんな彼女に氷をも溶かすような純粋な情熱でぶつかるシャーロットは、健気で眩しい。

 ときに荒々しく、ときに穏やかに響く波の音に導かれるように、心のなかが感情の満ち潮で一杯になる。


◇ボーズマン最後の主演作は、正義への追求が大胆な設定を霞ませる(文:尾崎一男)

「21ブリッジ」(公開中)

 警察が逃走中のコカイン強奪犯を逮捕するため、マンハッタンにかかる21本の橋を封鎖し、連中を袋の鼠にしていくチャドウィック・ボーズマン主演のアクションスリラー。この大胆な設定に既視感を覚えると思ったら、そう、クリストファー・ノーラン監督による「ダークナイト ライジング」(12)で、ベインとその一味がゴッサムを囲む橋を破壊し、街を孤立化させるテロを彷彿とさせるではないか。とはいえ今回の「21ブリッジ」は警察側の物語だけに、本来ならば「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」(03)を類似作品に挙げるべきか。でも織田裕二は「レインボーブリッジ封鎖できません」と嘆いていたしなぁ。

画像7

 しょうもない前置きを失礼。もっとも先述した橋の設定は、ほんの手段でしかない。「21ブリッジ」はむしろ、犯罪への憎悪を原動力とする主人公警官デイビス(ボーズマン)が、麻薬取締班の敏腕バーンズ刑事(シエナ・ミラー)と共に、8人の同僚が殺されたコカイン強奪事件の解決へと奔走する姿を主に捉えていく。

 そして映画は、この疑惑に満ちた麻薬密輸を仕切る真の悪人が誰か? という解明に向け、観る者の興味を持続させていく。そのプロセスにおいてバイオレンス濃度の高めなアクションや銃撃戦が展開されるが、理想を胸に警官となったデイビスが「正しい事とは何なのか」という現実を問われていく話運びこそ、ド派手な設定とは対照的に芯の太い好要素として映る。

画像8

 監督のブライアン・カークは本作が映画デビューだが、ダークファンタジードラマの金字塔「ゲーム・オブ・スローンズ」(11~19)の支柱となったディレクターのひとりで、テレビ界で才能を身につけたジョー&アンソニー・ルッソ兄弟(製作)の慧眼を証明する人選だ。特にこれだけ混み入った話を、わずか100分足らずのランニングタイムで描き切る手腕には唸らされる。

 そして昨年惜しくも亡くなった、我らが陛下ことチャドウィックによる渾身のパフォーマンスが、その確実な演出をしっかりと支えていく。正義に人一倍駆られながらも、現場の実態を突きつけられる宿命的な役どころをリアルに熱演。彼が醸し出す戦う男の苦悩は、国家安泰をとるか世界平和かを迫られる、あの「ブラックパンサー」(18)に通じるものがある。早逝を心から残念に思う。


◇タコと友だちになれるかな?→結論:なれます。でもその後待ち受けるのは…?(文:オスカーノユクエ)

「オクトパスの神秘 海の賢者は語る」(Netflixで独占配信中)

 本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞部門で受賞を最有力視されている本作を、「あ、Netflixで観られる」と軽い気持ちで視聴し始めたら、そこは、予想していたものとはまったく違う不思議な世界でした。

9_Netflix映画「オクトパスの神秘 海の賢者は語る」独占配信中

 冒頭、中年男がいきなり重い身の上話を吐露しはじめます。長らく映像作家としてキャリアを積んできたこの男=クレイグですが、今では「心がすり減り、何日も眠れず、カメラや編集機材には手も触れたくない」ほどに疲れ果てているというのです。タコの生態や海の神秘を描くナショナルジオグラフィックな映画じゃない…? 最初の違和感が芽生えました。

 癒やしを求めて海に潜るクレイグは、体中に貝殻をまとわせ擬態する警戒心の強い一匹のタコと出会います。クレイグは考えます。「毎日のように会いに行ったら、友だちになれるかな?」。人生に疲れた男の、この子供のような好奇心は、思えば再生への第一歩だったのかもしれません。

 そして、我々は驚くべき光景を目撃することになります。タコは次第に警戒を解き、クレイグと心を通わせるのです。文字ではとてもこの驚きと感動を伝えきれないのですが、そのシーンを目撃したとき、何の誇張もなく「ええっ!?」という大声を上げていました。さらに驚くべきは、これがまだ映画がはじまって20分も経っていない段階で起きることだという事実です。その後には、もっとドラマチックな展開が待ち受けています。

 クレイグはタコを“彼女”と呼んで、心の距離を近づけていきます。しかし一方で、自然の摂理のなかで生きる彼女とは明確な線を引き、その生活には決して立ち入らないことを心に誓います。彼女のことは好きだけど、エサをあげたりしないし、外敵から守ったりもしない。このポリシーが、やがて大きなドラマを引き起こすことになります。

画像10

 この先で起こる出来事は本当に驚きの連続です。本編を観て大いに堪能してください。とてもドキュメンタリーとは思えないほど美しい奇跡の物語で、観る者の心を癒してくれます。これだけでも、この映画は観る価値のある傑作と認定していいでしょう。

 ただ、もうひとつ、この映画のユニークな点を指摘したいのですが、ここから先はぜひ本編を鑑賞した後にお読みください。

 カメラを持って海に潜るクレイグは、いつも第三者の視点から撮影されています。つまり、彼に随行するもうひとりのカメラマンがいます。おそらく、クレイグが撮りためた映像と、映画の製作が決まってからカメラマンによって撮影された映像を組み合わせて、あたかも同じタイムラインの出来事として編集しているのでしょう。

 また、巨匠スピルバーグに顔がよく似たクレイグは、カメラの前でインタビューに答え、自身に起きた不思議な出来事を語ります。さらに、映画ではクレイグ自身によるモノローグもかぶさります。映画全体がクレイグ自身の回想によって構成されているのです。

 これを、自然と人間の調和による美しい奇跡の物語と受け取るのか、はたまた人間の行き過ぎたエゴと受け取るのかー。そんな一面について考えてみるのも、この作品を楽しむ醍醐味のひとつかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?