英国判例笑事典 エピソード(3)      「法学部の試験問題にぴったり!」     

スクラッチカードで一攫千金のはずが、砂上の楼閣に!

オブライエン氏事件 [2001]
 オブライエン氏(以下「オ氏」)は1995年6月25日に、ピープル紙を買いました。一緒にスクラッチカードがついていました。カードを削るとその下には5つの金額が書いてあります。3つそろえばその金額を手に入れられます。
 「75ポンド」が2つと、「50,000ポンド」が2つ出てきました(1ポンドは当時約150円でした)。ゲームの方法はいくつかあったのですが、その内の1つは2つの数字が一致したら、7月3日の日刊新聞デイリーミラー紙に記載された「ミステリー・ボーナス・ホットライン」で、3つ目の数字を確かめるというものでした。オ氏が電話してみると、自動音声は「50,000ポンド(750万円)」と言うではありませんか。
 オ氏は当然50,000ポンドを手にしたと大喜びしましたが、実は出版社に手違いがあって、当選者は1人の予定だったのに、1472人も出てしまったのです。紆余曲折の末、結局抽選で1人に50,000ポンドを払い、特別に拠出する50,000ポンドを、残りの「当選者」の間で分けることになりました(日本だったらどうなるでしょうね?)。
 というわけで33.97ポンド(5千円)しか手に入らなかったオ氏は、新聞社を訴えたのです。
 実は新聞社の定めた「インスタント・スクラッチ・ルール」の第5条には、「理由の如何を問わず、提供可能な当選数を超える請求があった場合は、抽選を行う」と定められていました。この「ルール」は、ピープル紙とデイリーミラーの日曜特別版も含めて3紙に時々掲載されていました。また6月25日のピープル紙にも、スクラッチカードそのものにも、ルール自体は書かれていなかったものの、「ルールの適用がある」旨は書かれていました。でも誰がそんなものを読むでしょうね?

オ氏はこのルールに拘束されるでしょうか?

第1審
 裁判官は、オ氏と新聞社の間には契約が成立しており、「ルール」があることは知っていても、わざわざ見はしなかったとはいえ、それは契約に適用されると判断し、オ氏は敗訴してしまいました。そこで控訴。

控訴審
 「ルール」の適用そのものに問題はないが、もし第5条が非常に相手に「酷な」ものであったとしたら、新聞社はそのことに相手の注意を引く努力を払う必要があるかどうかが検討されたが、結局特に「酷な」ものでもなく、知らせるに十分な手を尽くしていると判断され、オ氏は敗北しました。
 もっとも、3人の裁判官のひとりは、第5条は「酷な」条件ではないという第1審の判断には賛成しないが、「(第1審の)判事がそう考えたのだし、(控訴審の)私の同僚もそう考えているのであれば、渋々ではあるが棄却には同意する」と正直に言っています。

判決「よい試験問題」

 確かにこの事件は、契約の成立に関する典型的な争点を、いくつか提供しています。それはその通りなのですが、判決を書いた裁判官は、なんと判決文の第1段落でいきなり「争点は契約に『ルール』が含まれていたかどうかである。これは法学部のゼミか、試験のとてもよい問題になる。よい試験問題というのはそうであるが、『問うは易く、解くは難し』である」と言っているのです。
 前回、前々回に紹介したデニング卿の判決もそうでしたが、英国の裁判官はまず読者の興味を捉え、とにかく読み進んでもらえるようにということを真剣に考えるのです。
 でも、怒り心頭に発している当事者を前にして「試験問題にぴったり」なんて言うのでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?