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第20話 定義の作り方(2)

定義の中に変動する要素を入れてはいけない

定義は「何は何である」と簡単にしなければいけません。作り方がよくないと、議論のもとになることがあります。特に「不確定な要素」を組み込むことは御法度です。不確定な要素とは次のようなものです。

 ① 権利や義務
 ② 条件
 ③ 但書

これらを組み込むと、定義が不安定になってしまいます。(☚これがポイント)

定義の中に義務を織り込んだ例

冒頭の写真の定義を見てください。ここでは Technical Service とは「本契約の諸条項に従ってin accordance with)当事者 A が当事者 B に提供した……等の役務」であるとされています。

さて、もし当事者 A が本契約の下で、欠陥のある不完全な役務を提供したら、これは「本契約の諸条項に従って……提供した役務」になるのでしょうか?

定義からすると、契約の諸条項に従っていない役務は、本契約上のTechnical Serviceではないことになります。なぜなら「本契約の諸条項に従って」欠陥のある不完全な役務を提供するわけにはいかないからです。

この解釈にもとづけば、当事者 A が提供した役務に瑕疵があった場合、当事者 A は
   「とは言え、不完全ながら履行はした」
と言いたいところですが、当事者 B は
   「定義からすれば、貴社は役務を提供すらしていない」
と議論することが可能です。

屁理屈と理屈の境界線上にある議論だと思われるかもしれませんが、当事者B の主張するように読めなくはありません(もちろん当事者 A がこの条項の作成者であれば、provided in accordance with で言いたかったことは「本契約の下」で提供したということだけだ、と言うでしょう)。

なぜそうなったのでしょう。それは「本契約の諸条項に従って……する」というのは、当事者 A の「義務」だからです。そう言った途端に「義務を履行したかどうか」の問題が出てくるのです。つまり判断の余地が出てきます。このように定義の中に義務を入れたり、判断すべきことを盛り込むと、定義が不安定、曖昧になるのです。(☚これがポイント)

作文的には、in accordance with the provisions of を 単に under this Agreement とだけしておくか、いっそのこと in accordance with the provisions of this Agreement を全部削除してもよかったかもしれません。

条件をつけた定義の例

売買契約の中に次のような規定がありました。

定義:「引渡し」とは、注文を受領して1週間以内に、商品を買主の店に持ち込むことをいう。……

第6条 買主は商品を速やかに検品し、欠陥があれば、引渡し後10日以内に売主に通知することを条件に、無料で修理、又は交換を売主に要求することが出来る。

あるとき商品の製造が遅れたために、買主の同意を得て注文後12日目に商品を引渡しました。

買主は検品して欠陥を見つけたので、商品を受け取ってから8日目に、売主に修理を要求しました。

売主はそれに対して、「契約条件に従っていないので、修理には応じられない」と言ってきました。

驚いた買主が理由をただすと、売主はこう言いました。
   ① 第6条に定義を当てはめて読んでみると、次のようになる。
「第6条 買主は商品を速やかに検品し、欠陥があれば注文を受領して1週間以内に、[売主が] 商品を買主の店に持ち込んだ後10日以内に売主に通知することを条件に、無料で修理、又は交換を売主に要求することが出来る」
ところが今回は12日後に持ち込んだのだから、定義に合致する「引渡し」がなかった。だから第6条の適用はない。
   ② 契約の趣旨は、注文を受けて後1週間+10日=17日以内に欠陥の通知を受けたときに売主の義務が発生する、というものである。ところが、今回は12日+8日=20日後に通知を受けたのだから、クレーム手続きは契約を満たしていない。

売主の言っていることが正しいかどうかは別にして、こんな議論を許してしまった原因は、定義の中にあります。つまり、「受注後1週間以内に商品を相手方に持ち込むこと」を引渡しの条件、言い換えれば要素としてしまったため、それ以降に引き渡されたら、文字通りには「引渡しにならない」と読めてしまうのです。買主の同意を得て条件を変更したときは、定義を調整して読み替える、とはどこにも書いてありません。加えて売主は一見正しそうな責任期間に関する解釈をもてあそんでいるのです。

では、どのように書き改めれば、こんなことにならずにすんだのでしょうか?

定義:「引渡し」とは、商品を買主の店に持ち込むことをいう。……

第5条 売主は注文を受領して1週間以内に商品を引渡さなければならない。

第6条 買主は商品を速やかに検品し、欠陥があれば引渡し後10日以内に売主に通知することを条件に、無料で修理、又は交換を売主に要求することが出来る。

これなら、どういう事情があったにせよ、引渡し後10日以内に通知すれば、売主の責任を追及できます。買主の同意を得て引渡しを遅らせたことは、第5条の適用除外に合意したということで、第6条の適用には影響を与えずにすみます。

苦し紛れの議論もできない契約文を作ることが大切です

いずれも首をかしげるような話かもしれません。しかし実際に話が深刻になり、金額が大きくなると、「契約書に何か穴がないか虫眼鏡で探す」というのは決してない話ではありません。

そのようなときに手がかりを与えない契約書こそ、よい契約書なのです。

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