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ミスターオレンジ〜未完の勝利

トゥルース・マティ作・野坂悦子訳『ミスターオレンジ』(朔北社、2016年)

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「第2次世界大戦のさなか、ヨーロッパを逃れてニューヨークへきた画家ミスターオレンジとの出会いが、少年ライナスを大きく変える」という帯のことばを読んで、少年と画家の交流がならば「魔女の宅急便」のキキが絵描きのウルスラに出会って成長するのと似た展開かなと予測して読み始めた。だが、その予測はよい意味で裏切られることになった。もっと複層的で、戦争の真髄をつく物語だからだ。

当初、少年ライナスは、兄を戦争に送り出したことを誇りに思っていたのだが、やがて兄の戦友が亡くなり、表向きの顔とは別に親も不安を抱えていることに気がつく。ライナスは父を慰めるまでに至るのだが、それはミスターオレンジとの真摯な口論を経てのことだった。以下にミスターオレンジとライナスのやりとりの一部を抜粋させていただく。

「このろくでもない戦争は、クソッタレだ・・・わたしは、戦争のことを、悪い魔女と、呼んでいるよ。白雪姫の魔女みたいなもんでね。あいつには意地悪な技がいっぱいあるから、やっつけるのが難しいんだ。・・・受けて立つしか方法はない。抵抗を続けるほかないんだ」
「でも、あなたは戦争から逃げましたね」
「だれもが、自分のやり方で戦うんだ。・・・わたしは、想像力でやっていくほかないんだ。・・・想像力は強力な武器なんだよ」
「ここ(アトリエ)は、全部、すばらしいです。でも、ここはあんまり....あんまり離れすぎています。ここにいたら、ほんとの世界は存在しないって、思えるくらい。・・・あなたは白雪姫と悪い魔女の話をしてくれました....でも、あれはおとぎ話の人物です」
「だが、想像力は、はるかそれ以上のものだよ!」 
「ぼくには、それがなんで全部戦争と関係してくるのか、わかりません。つまり.....例えばあなたの絵です。キャンバスに絵の具を塗るだけで、戦争に勝てるんでしょうか?」

このつづきのミスターオレンジの答えは本書をご参照いただくとして、ナチスが支配するヨーロッパから逃れてきたこの画家が手がけていた作品に触れておきたい。ご存知の方も多いと思うが、かの有名な「ヴィクトリー・ブギウギ」だ。画家のミスターオレンジはいう。「この音楽を知ってるかい? ブギウギっていう、とびきり新しい音楽だ。まさに未来の音楽なんだよ!」赤、青、黄の原色の四角を組み合わせた、この未来志向の芸術は、自由な想像力の勝利そのものを表現しようとしていたのではないだろうか。

本書はYA向けの児童書だが、私にはやや読みづらいと感じる部分があった。戦地に出かけた兄がノートに描き残していた「ミスタースーパー」が、ライナス少年の想像の中で会話を交わす箇所がそれだ。だが、最後まで読み終えてようやくこの意味がわかった。「ミスタースーパー」は赤、青、黄の原色を身にまとったスーパーマン。その「ミスタースーパー」が作品のあちこちに散りばめられ登場することで、本書自体が「ヴィクトリー・ブギウギ」のような一枚の新感覚の絵画に似た構成になっているのだ。

2014年に全米図書館協会の「バチェルダー賞」を受賞した本書は、海外のYA層に広く読まれていることと思うが、その読書力に改めて感心する。日本の若い方達にぜひ読んでほしいと願う一方で、どれだけの人が読めるだろうかと思う。戦争の是非を各自が考えるきっかけに、こうした作品が日本でも広く読まれることを願ってやまない。未完の遺作となった「ヴィクトリー・ブギウギ」は、次世代を担う方々が読んで鑑賞して初めて完成することだろう。