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強くあろうとした1年、だったと思う。

2022年は、"強くあろうとした1年"だったと思う。

自分が歩みを止めたら、この場も止まってしまう。そんな危機感が常にあって、ぽきんとだけはいかないように、少し過保護気味に自分の心をまもりながら闘う。そんな1年でした。

わたしのことを昔から知ってる知人の何人かから、「つよくなったよね」とか、「逞しくなったよね」といった言葉をかけられたから、きっとがんばっていたんだと思う。

実際に場づくりしている空間

ともにつくる相手が強すぎる

本人にも直接言っているので、包まずにいうと、今やっている場づくりにおいて「ともにつくる相手が強すぎる」のです。弱さでつながるを素で体現しちゃってる感じのひとで。

でも、これが1:1の運営体制において無邪気に発揮されると、その弱さについ反応してしまい、わたしはどうにも強くならざるを得なくなってしまうという状況を抜け出せなくなって、うまく歯車を合わせられなかった。自分の40%くらいしか機能していない感じ。

わたしも苦手なことはたくさんあるし、精神的負荷も感じやすいし、不完全なものを差し出すことにまだまだ痛みが伴う。それでも、自分がやるしかないという状況がとにかく多かった。そんなときは必殺「つよつよモード」に入り、感度をさげる。

でも、ずっと強つよモードでいると、次第に自分の表面が硬くなっていって、ついツンツンとした態度をとりがちだし、わくわくよりも「すべき」が先行するようになる。そんな自分をわたしはあまり好きになれないし、場にとってもあまりいい影響を与えられないと思っている。

点と点で闘わない

2022年、個人的には色々と試しつつ、最終的にたどりついた答えは、「点と点で闘おうとしない」ということ。

面で受け止めたり、立体的に位置づけることで、その強大な点を活かしつつ、おもしろい場がつくれるかもしれない。その可能性に賭けたいといまは思っている。具体的には、広義の仲間を増やすということ

内部リソースが限られていることで「点と点でお互いが歩み寄って何とかするしかない」と思い込んでいたところがあったが、この1年でどうにも難しいと思い切り打ちのめされたことで、「社外の仲間をつくっていく」しかないと、とてもシンプルな解にたどりついた

きっと最初から、「広義な周囲に頼る」という選択を軽やかにできてしまうひともいる一方、わたしのように「自分や内部で抱え込んでしまうひと」や、「次第にそういうもんだと諦めてしまうひと」も多いと思っていて。
そういう意味では、長い人生において遠回りではあったが非常に価値のあるプロセスだったんじゃないかと、今は思えている。

ちゃんと弱くなる1年に

2022年が「強くあろうとした1年」だったとしたら、2023年は「ちゃんと弱くなる1年」にしたい

今でこそ、次にやるべきことがシンプルになったと感じているが、その過程は正直なかなかにしんどかった。1日15時間くらい働いていたときよりも、体感的にはしんどかった気もする。

お店に立っていても、どうしてもテンションが保てない日もあった。
「ごめん、今日はどうにもテンション上げられないのだけど、気にしないで」と申し訳なさげにわたしがいうと、
「別に無理にあげようとしなくていいんじゃない?」とぼそっと横で言ってくれる高校生。

「なんか今日ものすごく眠いんだよね……。」とつかれ気味でわたしがいうと、
「店番しとくから、ちょっと裏で寝てきなよ~」と言ってくれる中学生。

「わたしの車の雪も降ろしてくれていいんだよ~?(笑)」と冗談交じりにわたしがいうと、
「出たでた~!(笑)」と言いつつ、しっかり綺麗にしてくれているやんちゃボーイ。

「こんなイベントやりたいと思っているんだけど、一緒にやらない?」と、相手の負担にならないかどきどきしながらわたしがいうと、
「え、誘ってもらってうれしいです!やりましょう!」と、すぐに言ってくれた移住仲間。

「新しいドリンクメニュー考えたいんだよね~」と不安げにわたしがいうと、
「ひとりで考えるの絶対大変ですよ! 一緒にやりましょう~!」と言ってくれる他事業のかわいい同僚。

そんな彼ら彼女らの存在に支えられた1年でした。
もうすでにたくさん支えられていて、ゆだねられるひとたちがいるのかもしれない。もっと寄りかからせてもらってもいいのかもしれない。
今度はわたしだけでなく、お互いの歪さを、弱さを、愛おしがって支えあいながら、一緒に場づくりをしていきたいと思う。

あたらしいつよさを


自分のなかで”あたらしいつよさ”を身に着ける必要があると感じはじめている。

そこでいう"つよさ"とは、スキルや能力といった「個」としての"強さ"ではなく、「弱くもいてしまえるようになる」ことで、チームの創造性や、自分にとっても無理がなく、相手(ないしは場やチーム、組織)にとってもいい機会提供になる"在り方"のようなもの

創造における「あたらしいつよさ」を身につけ、より自然であれる1年に。

2023年の終わりには、いまのわたしでは想像できない"じぶん"と"場"になっていたら、本望である。


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