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地域のナレッジ-水入れ-

今回は,ため池を管理していくために地元の方がおこなっている作業の一つである「水入れ」に関するナレッジ(知識や知恵)について紹介していきます。

*ため池管理全般の作業内容については以下のリンクから

ここでは,昔ながらの方法で水入れをおこなっている,とある集落(以下,A地域)を事例に紹介していきます(水入れの方法も集落ごとで大きく異なる)。

0. おさらい-水入れとは-

「水入れ」とは,水田に水を供給するため,ため池から水田までの配水をおこなう作業のことを言います。

6月頃から水田に水が張られ,9月中頃まで作業がおこなれています。

水入れの方法は,大きく分けて2つあります。

1つは,パイプライン方式。パイプラインのある水田(ため池と水田がパイプラインで繋がっている)は,バルブをひねれば水がでてきます(写真上)。基本的には,耕作者がバルブを操作し,自身の水田に水を供給します。設備投資としてお金はかかりますが,作業負担は少ないです。

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2つは,水入れ役方式。アナログな方法。堰板(写真下の黄色の板)などを開け閉めして,水の流れや水量をコントロールし,配水をおこないます。堰板などを操作し,水田に水入れする人を,「水入れ役」といったりします。耕作者は自身の好きな時に水を入れることはできず,「水入れ役」が地域全ての水田に水を入れていきます。設備投資としてお金は少額ですみますが,作業負担は大きいです。

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1. 水入れ方法の概要

A地域の水入れ方法は,水入れ役方式。A地域には100枚ほどの水田があり,「水入れ役」がその全ての水田に水を供給しています。

A集落の「水入れ役」は長らく1人の方(80歳代)が担っていました。

A地域では,耕作者が○×印を掲示し,○印のところに,「水入れ役」が水を供給する,というシステムがあります。耕作者は水が欲しい時は○印を,欲しくない時は×印を掲示する,ということです。

こういったシステムは,水が潤沢にない地域ならではナレッジです。水が豊富な地域では,耕作者が欲しい時に自分で水を入れることができますが,そうでない地域では,耕作者であっても勝手に「水に触る」ことはできません。まさに我田引水は許されないのです(昔は,水争いも酷かったそう)。

耕作者が掲示した×印(写真下)

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古くなった草刈刃の×印(写真下)

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2. 3つの水入れ

水入れ作業は, 6 月初旬から9 月中旬までの約 3 か月半おこなわれます。その間,大きく3つの段階に分けることができます。

① 24時間の樋抜き:6月上旬,ため池の樋を5日間開けっ放しにし,水を供給する。

② 荒水:その後10日間は,7〜17 時の間,樋を抜く。この間の水を荒水と言い,耕作者は荒水期間内に代掻きをおこなう。

③ 差し水:6月後半〜9月後半まで,差し水をおこなう。差し水は,水田の状況をみて「水入れ役」が供給する水のことをいう。

水にもいろんな名前があるのは面白いですね。

3. 差し水の方法

一番手間がかかるのは,差し水の期間です。差し水の期間は,水入れ役がおよそ 2~3 日作業,1日休みのローテーションで作業をおこなっています。降雨状況により作業日数は年度で変わりますが,2019年度は62日作業がおこなわれていました。

差し水期間の1 日の大まかな作業の流れは以下の通りです。

6 時すぎ〜:地区内を巡回し,○×サインを確認する。

7 時頃〜:どの程度樋を抜くのか,その日の配水量を決める。その後,〇印の圃場に水入れをおこなう。1日に水入れをおこなう水田の枚数は,通常は10枚未満,多い時で20枚ほどであるといいます。

なお,各水田には水の「入口」が「出口」があり,各水田とため池は迷路みたいな水路で繋がれています。各圃場への水入れをおこなう際は,用水路のゲートや堰板を操作するとともに,土嚢やブロックなどを用いて,水が流れるルートや水量をコントロールする必要があります。こういったコントールは,経験を積まないと難しい作業になります

板の枚数やブロックの角度にも意味がある(写真下)

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堰板にはわかりやすいように番号が書かれている(下写真)
*昔は書かれていなかったが,わかりやすいように数字を記入したという

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そして水入れ開始1時間程度たった後,各水田に適切に水が供給されているか見回るとともに,〇印の圃場全てに水入れするために,ルートや水量を調整します。

1日の作業が終わるのは,早くて12時,遅くて17時頃になるそうです。また,地域内を隅々まで移動することになるので,多い日で40kmほど軽トラックで走ったこともあるそうです。

まとめ

以上,水入れ作業の概要についてまとめてきました。

このような水入れの方法は,手間がかかるだけでなく,地域のナレッジが必要な作業であります。

しかし,そういったナレッジが次世代に伝わりにくくなっており,水入れができる人材が少なくなっていることも事実としてあります。

今後,水入れは「誰が・どのように」担っていくことが望ましいのでしょうか。

その答えのヒントになるような事例については後日紹介していけたらと思います。

文責:柴崎浩平





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