見出し画像

歴史学の本をガチで精読してみる

本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ。

ショーペンハウアー『読書について』鈴木芳子訳 p.14

すぐれた読者になるためには、本にせよ、論文にせよ、無差別に読んでいたのではいけない。楽に読める本ばかり読んでいたのでは、読者としては成長しないだろう。自分の力以上の難解な本に取り組まねばならない。

アドラー、ドーレン『本を読む本』外山滋比古、槇未知子訳 p.247

はじめに:不惑のチャレンジ!

 今年は、私にとって、40歳という節目の年になります。40歳と言えば、「不惑」です。『論語』の中で、孔子が、人生を振り返り、もう「心に迷うことがなくなった」と語った年齢です。しかし、そもそも、その孔子はすでに15歳の時に「学を志した」と述べています。私にとって、40歳は、「不惑」というよりは、遅ればせながら「学を志す」年にしていきたいです。

 そんな不惑の私の今年のチャレンジは、英語で書かれた歴史学の学術書を精読することです。

 大学時代に歴史学(西洋史)を専攻していて、日本語や英語で書かれた歴史学の学術書や論文を読んできました。「読んできました」と書きましたが、当時は読書の好き嫌いが激しく、最初の部分を軽く読んで、よく分からない本はすぐに投げ出して、積読状態でした。

 大学卒業後は、仕事をしながら、引き続き歴史学の本を読んでいました。とはいえ、いわゆる古典や研究史上重要とされる難解な学術書には歯が立ちませんでした。ただ、最近になってようやく難しくてすぐ理解できない本であっても、慌てずじっくり読んでみようという心構えができてきました(孔子には遥かに及ばないまでも、私もちょっとは成長しているということなのでしょう)。

 そこで、今年は、英語で書かれた歴史学の分野で重要とされている学術書を、じっくり腰を据えて精読していきたいです。ただ読むだけでなく、精読することで、本の内容を理解することに加えて、それをたたき台に、自らの思考を深められたらと思っています。

方法について:「ガチで精読する」とは

 なるほど意気込みは分かったが、そもそも「ガチで精読する」とはどういうことなのか、と思われる方もいるでしょう。

 端的に言うと、繰り返しその本を読み返すことです。

 そのベースとなる経験を大学時代にしています。それは、「西洋史特別演習Ⅰ」という授業で、だいたい8人くらいの生徒で、英語の論文を事前に読んできて、教室でパラグラフごとに内容を順々に説明するというものでした。とても大変ではあったのですが、とても学びの多い授業でした。それまで読書は、文章の大意を掴めば良いと思っていました。しかし、ある論文で、一つの単語の意味を正確に確認することで、論文の主張が正反対になってくるという体験をして、精読することの大切さが身に沁みました。

 その授業以降、なるべく学術書は何度か繰り返して読みたいと思っていましたが、なかなか時間や気力がなく、実行に移せないままでした。今年は、気合を入れて、おおよそ以下のようなステップで、「ガチで精読する」ことに挑戦したいと思います。

① 各章で、パラグラフごとに番号を振る(読書0回目)
② 分からなくていいので、とにかく全体を流し読む(読書1回目)
③ テーマに関係する入門書を読む
④ 分からない単語や固有名詞を辞書で調べつつ、注を確認しながら読む(読書2回目)
⑤ テーマに関連する重要な学術書を読む
⑥ 重要な箇所にマーカーを引きながら読む(読書3回目)
⑦ 本の中で言及されている研究書や論文を読む
⑧ 章ごとに内容をまとめながら読む(読書4回目)
⑨ 著者の他の著作等を読む
⑩ 著者の主張に賛成できるかなどの批評を行うために読む(読書5回目)

対象について:どの本を精読するか

 ここまで徹底的に読むのであれば、それに見合う本を選ぶ必要があります。『本を読む本』の引用文にあるように、まさに「自分の力以上の難解な本」です。

 今回は、関心があって、自分の思考を鍛えられそうな6冊を選びました。

① Robert Darnton(2023)『The Revolutionary Temper: Paris, 1748-1789』
② Anthony Grafton(2023)『Magus: The Art of Magic from Faustus to Agrippa』
③ Samuel Moyn(2023)『Liberalism Against Itself: Cold War Intellectuals and the Making of Our Times』
④ Marci Shore(2006)『Caviar and Ashes: A Warsaw Generation’s Life and Death in Marxism, 1918-1968』
⑤ Sujit Sivasundaram(2020)『Waves Across the South: A New History of Revolution and Empire』
⑥ Lucy Delap(2007)『The Feminist Avant-Garde: Transatlantic Encounters of the Early Twentieth Century』

 それぞれを選んだ理由を簡単に述べたいと思います。

 『The Revolutionary Temper』については、まず、敬愛してやまないダーントンの長年の研究の集大成となっている本だからです。また、啓蒙主義やフランス革命については、キラ星のごとく優秀な歴史学者たちが議論を展開しているので、そういった点も踏まえてダーントンの本を味わってみたいです。

 『Magus』は、そのダーントンとプリンストン大学で同僚だったグラフトンによる最新作です。近代初期のインテレクチュアル・ヒストリーについて傑作を数多く残しているグラフトンだけに楽しみです。

 『Liberalism Against Itself』は、近現代のインテレクチュアル・ヒストリーに関心があって選びました。著者のモインは、気鋭のインテレクチュアル・ヒストリアンで、気になっていました。

 『Caviar and Ashes』も近現代のインテレクチュアル・ヒストリーです。ポーランド史もマルクス主義もまだ詳しく分かりませんが、『Rethinking Modern European Intellectual History』(モインも編者の一人)という論文集に収められていた彼女の論文に心惹かれて、選びました。

 『Waves Across the South』と『The Feminist Avant-Garde』については、それぞれグローバル・ヒストリーとジェンダー・ヒストリーの名著と目されている本で、私の中にある西洋中心主義的で男性中心主義的な歴史観の再考を促してくれるのではないかと期待して選びました。

 どれも「相手にとって不足なし」といった感じです。

おわりに:徹底的に本と向き合ったプロセスを伝えたい

 今年は、この6冊の本を徹底的に理解するための一年にしていきたいと思います。

 とはいえ、難しい本を読んでいることに満足するだけでは意味がありません(ショーペンハウアーが言うように、読書は、あくまで「他人の頭で考えること」だからです)。そうではなく、本を何度も繰り返し読み、著者が述べている内容を理解したうえで、自分の頭で考えて、本の内容と格闘するくらいになりたいです。

 そうすることで、読者として、また思考する主体として、成長することができるのだと思います。

 noteでは、『歴史学の本をガチで精読してみた』というマガジンを始めて、精読の結果だけでなく、そのプロセスも併せて発信していきたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?