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熊本の夜②

『ここの××さんには、わたし、とってもお世話になってましてぇ・・・』
お酒の入った彼女がこれ程までにも甘え声になるとは私は想像していなかったし、彼女がそれを許すほどに私は学生時代、彼女に何もしてやれなかったので、疑うわけではないが頭の中に疑問符が飛び交った。
ええい、ままよ、と心の中で叫び、ウッド調なバーの扉を開けた。

常連だという彼女のワガママで1時間早くオープンしたバーは、ナウい表現を使えば「コンセプト・バー」なのかもしれない。
「キャンプ」にテーマを置き、今年の12月でオープンし1年になるという新進気鋭のバーだった。
私が何をぬかすか、という話にはなるが、彼女も相当、”不適合タイプ”だった。そんな彼女が入れ込んでいるバーなのだから、と期待していたが、店主は案の定、”不適合”タイプでオタク・トークにも柔軟についていけるクチだったし、常連もそんな人間たちばかり(誉め言葉)だとは想像するに容易かった。

『今日は××さんいないんですねー・・・』と、寂しそうにつぶやく彼女は、とりあえずということでジン・トニックを頼み、ぼくも「同じものをお願いします」と続けた。
彼女をよく知る店主は、彼女が初めて連れてきた見知らぬ男・私について深くは詮索しなかった。
ちなみに補足すると、冒頭で述べた『××さん』はこの店主の彼女さんである。互いに結婚しない体で、このふしだらな付き合いをはじめたらしいが、店主は一瞬の気の迷いで2回ほど求婚し、断られているのだという。なんだそれ(極上)。

『おまちどおさま』、と店主から提供されたジン・トニックはシェラカップに入っており、思わず”してやられた”とはにかんだ。
付け合わせのナッツをポリポリと齧りながら、彼女のラークのメンソール、そして店主のガラムを戴きつつ、店主の愚痴をひたすら聞いた。
久留米出身の店主は、縁もない熊本にきて様々な仕事を転々としてから約10年で独立するに至ったようで、こちらに越してきて間もないころの「熊本の商人(あきんど)たちの性格の悪さ」などを語ってくれた。

彼女は店主のその話に同調しているようだった。
現に彼女も、さまざまな縁があり、ほぼ新卒で熊本に越してきて見知らぬ土地で先の分からない生活を始めた。彼女の過去についてここで語るのは控えるが、私なんかよりも相当苦労しているし、私のような勤め人ではなく、所謂、個人事業主のような仕事で生計を立てている。
引っ越してきたばかりの彼女は、チヤホヤされながらも「無理やりに押し付けられる結婚観」、もとい「地元を出たことがない人間特有の植え付けられた価値観」に苦労したそうだった。
店主と同様に熊本で苦労してきたからなのか、彼女のジン・トニックの減り方は私の倍以上だった。

話も盛り上がると、
彼女は私に向き直り『私にこんな居場所ができたのは、××さんと出会えたおかげで、そこから心持ちが軽くなったんです。本当に1年前くらいはとても睡眠障害さんにお見せできるようなメンタルじゃなかったので、今このタイミングで再会できて、お店にも来ていただけて本当に嬉しいです。』
と、トロンとした表情とは思えないほどつらつらと言葉を出した。

女性経験の浅い私は、これだけでまいってしまいそうだった。

彼女の気持ちを正面から受け止めきれなかった私は
『そこまで言って貰えると、勇気出して誘った甲斐があったよ』と目線を外して答えることしかできなかった。
まさかの台詞に面食らっていたのもそうだし、これ以上、彼女への思いを募らせてしまったら、あと一歩で禁足地へ踏み入れてしまうと分かっていた。

その頃合いには酔いも深まっており、その後の記憶はおぼろげである。
その後、バーにお邪魔虫(失礼)が入ってきて、彼もまた下半身に脳がついているような男で散々「ワンチャン狙った話」をしたかと思えば、博多のレースクイーンと写真を撮って悦に浸るようなどうしようもない人間だったが、自動車整備の本業への気持ちは熱く、マスターと仕事の話で盛り上がり、彼女もビジネス関係と話しで盛り上がったりと、悪いヤツじゃなかった。現にこの男は、どこの馬の骨とも知らずのこの私を歓迎してくれ、数年前愛知県・豊川に住んでいたことを明かしてくれた。
極めつけは、彼もまた非・熊本出身者だったし、このバーの今の瞬間は同じ共通項を持つものだけの空間だった。
心地好さの理由はそこにあったのだ。

本当にこの辺りで酔いも回り、なけなしの自制心でなんとか酔いを醒まそうとしたが、店主からの誘いで「店主+我々+レースクイーンのオタク」と向かいのこれまたコンセプト・バーで飲むことになり、当然店主は店を閉め、一同は向かいの怪しげなビルへと向かっていった。

マティーニだかズブロッカを頼んだ記憶があるが、
次の瞬間、気づくと私は熊本・グリーンホテルのシングルルームの天井を見ており、朝だった。
Twitterで「熊本の夜ゥ~」とバカのツイートをしているが記憶になく、
4軒目のバーで何があったかは、翌朝きていた彼女からのLINEからは分からなかった。
「ええい、ままよ」と心の中で叫んだ通り、なるようにしかならないから、私も結果は追わなかった。

今回の九州の旅は一言で語ることはできないが、
長崎編(必要とあらば後日だしますがスナックの話しかありませんよ)にも通ずるように
「人との出逢い」が更に「出逢い」を紡いでくれた極上の旅であった。
大学の後輩も、彼女も、密に連絡を取っているわけではないのに、私が大学を出て5年の間、思いをよくあたためてくれていたと心から感謝申し上げたい。

「佐世保でクール・ファイブを歌いに来た」
「福岡の中州・エリアを調査しにしに来た」
などと嘘八百を吐きながら、それらしい理由をつけて近い未来、九州に訪れることになるんだと思う。

可憐な彼女に逢うために。


『逢わずに愛して いついつまでも』
――逢わずに愛して/内山田洋とクール・ファイブ



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