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報復する男達(3)『嵐が丘』エミリー・ブロンテ

『華の嵐』と言う昼ドラで俳優の渡辺裕之さんを初めて見た時、
「あっ!この人、ヒースクリフだ!!」
と思わず声を上げてしまいました。やはり私と同じように渡辺裕之さんとヒースクリフを連想する人がいたのでしょう。それ以前にも『愛の嵐』という昼ドラに既に出演されていて、それがまた『嵐が丘』をモチーフにしたドラマだったそうです。そちらは見てないのですが、機会があれば是非見て見たいです。

嵐が丘ってどういう話…とあらすじを説明すると、どうしてもメロドラマになってしまいます。しかも愛と憎しみが交差する正しく昼ドラ!でもこれは単なるメロドラマではないのよ…と言いたいのだけど、果たしてそれを上手く伝えられるか甚だ不安でもありますが…進めていきます。
≪この投稿はネタバレありです。名作はあらすじを全部知っていても楽しめるというコンセプトで書いています。≫


概要

ブロンテ三姉妹の次女(正式には四女)エミリー・ブロンテ(Emilly Brontë)が1847年に29歳の時に発表した作品。同年姉シャーロット(Charlotte Brontë)の『ジェーン・エア(Jane Eyre)』と妹アン(Anne Brontë)の『アグネス・グレイ(Agnes Gray)』が同時に発表され、ジェーン・エアだけが商業的成功を収めた。この当時女性の作家が軽んじられていたことから姉妹は男性のようなペンネームを使っていた。シャーロットはカラー・ベル(Currer Bell)、エミリーはエリス(Ellis Bell)、アンはアクトン(Acton Bell)というように。

『ジェーン・エア』はベストセラーになったが『嵐が丘』は当時酷評された。エミリーはその翌年この世を去ったため栄光を手にすることはなかっが、20世紀に入ってから評価されるようになり、作家のサマセット・モームは世界の十大小説の一つに掲げ、英国の評論家エドマンド・ブランデンはメルヴィルの『白鯨』、シェークスピアの『リア王』と共に英語で書かれた三大悲劇に掲げている。

原題はWuthering Heights、ハイツは高台とか丘を意味し、日本でもマンションの名前に〇〇ハイツなどと使われていように高級な邸宅を表すこともある。ワザリングは嵐の時の風の騒ぎを形容する方言です。このワザリングハイツを最初に『嵐が丘』と訳したのは斎藤勇氏で、日本ではこのタイトルが定着している。

あらすじ

嵐が丘の当主アーンショー氏がリバプールに行った際、色の黒い英語のわからない孤児に出会い、放っておけずに家に連れて帰った。その子どもはヒースクリフと名付けられ養子のように育てられた。
アーンショー家の二人の子どものうち、妹のキャサリンは最初は嫌がっていたものの徐々にヒースクリフと仲良くなり一緒に遊ぶようになる。一方兄のヒンドリーは父親の愛がヒースクリフに行ったような疎外感を感じ彼を疎ましく思う。

月日が経ち、アーンショー夫人が亡くなり、ヒンドリーは大学に行くために家を離れる。そのころキャサリンとヒースクリフは隣家スラシュクロス屋敷の子ども達エドガーとイザベラと出会う。兄妹はキャサリンとは親しくなるものの使用人風情のヒースクリフのことは相手にしなかった。

やがてアーンショー氏が亡くなると、ヒンドリーが嵐が丘に妻のフランセスを連れて戻って来る。それまで家の子ども達と分け隔てなく過ごしてきたヒースクリフは、主が変わったことにより勉強をさせてもらえず、下男のようにこき使われるようになった。フランセスは子どもを授かるが出産の際子どもの命と引き換えに亡くなる。生まれた子どもヘアトンは家政婦のネリーが面倒を見ていた。

キャサリンはエドガーから求婚され承諾する。心の底では誰よりもヒースクリフを思っていることをネリーにだけ告げる。彼女の本心を知らないヒースクリフはショックを受け疾走する。キャサリンはネリーを連れてスラシュクロス屋敷へ移る。ここでは比較的穏やかに新婚生活が送られる。

三年後、ヒースクリフが富と教養を身に着け戻って来る。彼は嵐が丘に住み着きヘアトンを手なずける。彼と再会したキャサリンは正気を失ったようになる。しかしヒースクリフはエドガーの妹イザベラを誘惑して強引に結婚する。それによりイザベラは兄エドガーから勘当される。ヒースクリフに神経をかき乱されたキャサリンは娘キャサリンを産み残して世を去る。

夫の暴力に苦しんだイザベラは身重の体で嵐が丘を抜け出し遠くへ逃げる。やがてヒンドリーが亡くなりヒースクリフは嵐が丘の当主になる。彼は自分がかつて受けたようにヘアトンに教育を与えず野良仕事をさせてこき使った。一方イザベラはヒースクリフの子を産みリントンと名付ける。

それから13年後、イザベラが亡くなりリントンを兄に託す。しかしヒースクリフが我が子を奪い去ってしまう。さらに3年後、キャシーとリントンが再会し互いに惹かれるようになる。二人はエドガーが病身なのをいいことに密会を続ける。ヒースクリフはエドガーの死を予知し二人を強制的に結婚させる。

エドガーが亡くなり、リントンも亡くなった。ヒースクリフは嵐が丘とスラシュクロス両方を手中に治めた。しかし彼の心は満たされず、キャサリンの待つ世界へと旅立って行った。

登場人物

ヒースクリフ|Heathcliff
本書の主人公。リバプールで拾われた孤児。キャサリンに裏切られたと思い逃走するも三年後に成り上がって帰って来た。アーンショー家とリントン家へ復讐を果たす。
エレン・ディーン(ネリー)| Ellen Dean(Nelly)
本書の語り手。母親はヒンドリーの乳母でヒンドリーとは乳姉弟。嵐が丘で家政婦をしていたがキャサリンの結婚とともにスラシュクロスに移る。母と娘、二人のキャサリンの面倒をみてきた。
ロックウッド | Mr.Lockwood
本書の聞き手、また一部の語り手。スラシュクロスの借家人。

アーンショー家
キャサリン・アーンショー | Catherine Earnshaw
アーンショー家の一人娘。美人で天真爛漫、勝気で気分や。ヒースクリフを愛しているが生きていくためにエドガーと結婚する。
アーンショー氏 | Mr.Earnshaw
嵐が丘の当主。キャサリンとヒンドリーの父。ヒースクリフを気の毒に思い家に連れて帰る。みんなから疎まれてるヒースクリフを何かと贔屓にした。
アーンショー夫人 | Mrs.Earnshaw
キャサリンとヒンドリーの母。ヒースクリフのことは気が進まなかったが夫の言うことを受容れた。
ヒンドリー・アーンショー | Hindley Earnshaw
嵐が丘の次の当主。キャサリンの兄。妻亡きあとは退廃的な暮らしぶりだった。ヒースクリフを憎んでいたが、ギャンブルで生じた借金を補ってもらい頭が上がらなくなる。
フランセス | Frances
ヒンドリーの妻。ヘアトンを産んたあとすぐに亡くなる。
ヘアトン・アーンショー | Hareton Earnshaw
ヒンドリーとフランセスの息子。幼少期はヒースクリフに懐いていた。
リントン・ヒースクリフ | Linton Heathcliff
ヒースクリフとイザベラの息子。子どもの頃から病弱でわがままに育つ。しかしヒースクリフは怖いので無理をしても従う。
ジョセフ | Jpseph
嵐が丘の使用人。キャサリンが子どもの頃から勤めている。すぐに神様を持ち出し子ども達には意地が悪いが主人には忠実。
ズィラ | Zilla
リントンが引き取られたあと嵐が丘に雇われた家政婦。ネリーと違い思慮に欠けるところがある。

リントン家
エドガー・リントン | Edger lLinton
リントン家の一人息子。上品で穏やかな性格。子どもの頃は泣き虫でキャサリンになめられていた。
イザベラ・リントン | Isabella Linton
リントン家の一人娘。エドガーの妹。兄嫁キャサリンに対しても気を使う優しさを持ち合わせていた。ヒースクリフの策に嵌まり騙されてしまう。
リントン夫妻 | Mr. & Mrs. Linton
エドガーの両親。一代前のスラシュクロスの主。
キャサリン・リントン(キャシー)| Catherine Linton(Cathy)
エドガーとキャサリンの一人娘。母譲りの天真爛漫さと父譲りの思いやりを持ち合わせる。

その他
ケネス医師 | Dr.Kenneth
アーンショー家、リントン家の主治医
グリーン氏 | Mr.Green
アーンショー家、リントン家、それにヒースクリフの顧問弁護士。

考察

この本は何度も何度も読み返しているはずなのですが、今回意外に読むのに手こずりました。全体が暗いので気分が滅入るのもその一因なのですが、若い時と違って自身が草臥れてしまうとキャサリンやヒースクリフの情熱に着いていけなくなるのかもしれません。

ネリーの公正性

昔からよく言われていることの一つで、本書は教育を受けていない家政婦ネリーの語りによるため、しばしば読者に誤った情報を与える…と指摘されてきた。しかし多くの人が述べているようにネリーは思慮深く、頭のいい女性であるため語り手としての役割は十分担っていると思う。

とは言ってもネリーも人の子、ちょっとした依怙贔屓の感情も垣間見れる。同世代である母親のキャサリンへの評価は冷静であるのに子ども世代のキャシーへの評価は甘い。またヒンドリーは単に親の財産を受け継いだだけのダメ男なのだけど、彼女からすると乳姉弟にあたり親近感が強い。なのでヒンドリーについては割と労わっている。ネリーとヒンドリーがどちらが先に生まれたかは書かれていなかったが、一般に乳母を雇うばあい既に乳がでている人を雇うであろうからネリーが先に生まれていたと仮定して、私は乳姉弟と記した。

私がこれまでに抱いてきた登場人物の印象なども、実はネリーの描写に影響されてきていたのだと改めて思った。というのも当主のアーンショー氏は彼女から見たらヒンドリーやヒースクリフよりもいい主人であったのだろう。いや、使用人目線で見ればそうなのだろうが、その辺はちょっと違うなと気づいた。ただ、ワトソンが完璧でないからこそ物語は面白くなるのだと思う。それゆえネリーのちょっとした依怙贔屓も許容の範囲内だと言える。

父と子の確執

ネリーがアーンショー氏をいい主人だと思っていたのに感化され、私も長らくいい人だと思い続けてきた。身寄りのない、しかも外国人の孤児を放っておけなくて家に引き取るなんて、なんて出来た人なんだと。
しかし、家族がヒースクリフを疎んでいるところ剥きになって庇うのもどうしたものか。よくよく読んでみるとヒースクリフへの偏愛はヒンドリーへの当て付けのようにさえ見える。男親から娘、女親から息子についてはさほど期待しないせいか割と関係が上手く行く。ところが同性の親子のばあい期待が大きいぶん、また自分の人生と被りやすいぶん軋轢が生じる。

同様にヒースクリフも実子リントンを好きになれず、むしろヘアトンを気に入っている。待遇はあくまでも使用人並みではあれど。
ヒンドリーに比べてヒースクリフ、
リントンに比べてヘアトン、
いずれも逞しさでは勝っている。男親が息子に逞しさを期待するのは当然の成り行きではあると思う。ただ、やはりそれだけではなく、相性のようなものがあったのではないだろうか。

ブロンテ姉妹の父親パトリック・ブロンテ牧師も気難しい人で、娘達には厳しかったが、一人息子のブランウェルを偏愛して甘やかしていたようだ。まだまだ家父長の権限が強い時代でもあり、エミリーはやるせない思いを抱いていたのかもしれない。

復讐を果たしたヒースクリフ

ギャッツビーも間貫一も財産がないことで恋人を奪われ不甲斐ない思いをした。その後富を手にして世間を見返す。ただ彼等はあくまでも富を得て成り上がっただけで怨恨のある人達へ直接復讐することはなかった。なので本当の意味で報復する男…とは言えないかもしれない。

ところがヒースクリフは復讐を果たした。怨恨のある一族の財産を奪っただけでなく彼らに精神的苦痛も与えた。ヒンドリーにもイザベラやエドガーにもその効果は顕れたが、もっとも大きな打撃を受けたのはほかならぬキャサリンだった。彼にとってキャサリンの死は想定外だったことだろう。

ヒースクリフは2つの屋敷(おそらくそれに付随する地所も)を手に入れたものの自ら生きる意欲を失って死へと向かう。彼にとっては本当は財産なんてどうでもよかったのだ。

結局途絶えたヒースクリフの血筋

息子のリントンには先立たれ、ヒースクリフの死後は嵐が丘とスラシュクロス、2つの屋敷はヘアトン・アーンショーとキャサリン・リントンという正統な後継者の手に渡る。ヒースクリフが奪った屋敷を彼の子孫が受け継ぐのなら復讐を果たしたとは言えなくもないが、長い目で見ると2つの家系にとって彼は一過性の騒々しい嵐のような存在だったのではないだろうか。
そしてリントン家とアーンショー家の末裔たちが、何事もなくこの地を治めて行くのだろう。

もしもヒースクリフがいなければ、ヒンドリーがすねることもなく、エドガーとキャサリンは自然に結ばれていたかもしれない。イザベラも不幸な結婚生活を送る必要もなかった。ヒースクリフ自身が嵐=禍の元のような位置にある。勿論、ヒースクリフ自身は何も悪くない。すべてはアーンショー氏が気まぐれなボランティア精神を起こしたことから始まっている。

可哀想なヒースクリフ。ただ、彼は嵐が丘に拾われなくても辛い人生を歩まざるを得なかっただろう。






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