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報復する男達(1)『金色夜叉』尾崎紅葉

私事ですが、noteの最初の投稿を見たら去年の5月1日でした。いつの間にかもう1年経っていたのですね。そもそもnoteを始めたきっかけは読書案内を書きたかったからなんですが、それらしき投稿は少ないですね。
初心に戻って読書案内はじめてみます。

最初にお断りしておきますが、この私のページはネタバレありです。名作は結末を知っていても楽しめる…というコンセプトで、古いかもしれないけど読み応えのある本を紹介していきたいと思います。

概要

明治30年から35年まで読売新聞に掲載されたれた雅俗折衷がぞくせっちゅうの文体で書かれた小説。雅俗折衷とは風雅なものと卑俗なものとを織り交ぜたことで、文学においては文語体と口語体を適度に混ぜたものを指す。これは当時としては画期的な実験であったようだが、現代人から見ると…単純に古い。

尾崎紅葉は当時物凄く人気の作家だったようで、一旦『金色夜叉』本編を書き上げた後、読者から続編を望む声が多かったものの他界してしまう。その後弟子たちによって『続金色夜叉』『続続金色夜叉』『新金色夜叉』が書かれる。どこまでを『金色夜叉』として扱うか悩ましいものの、ここでは『新金色夜叉』までを一つの作品として扱うことにする。

人気小説だけあって大正から戦前にかけて映画会社各社が競い合うように映画化している。戦後はどちらかというとテレビドラマにシフトして60年代頃まで映像化が続いていた。(最も新しいものは1990年の横山めぐみ主演のドラマ)

モデル1

この物語のモデルとして挙げられるのが紅葉の友人で児童文学者の巌谷小波いわやさざなみ。彼には高級料亭で働いていた恋人がいたが、小波が京都に転勤中に博文館の社長の息子に心変わりしてしまう。小波自体はそれほど気にしていなかったようだが、紅葉が怒り、わざわざ料亭に行って彼女を足蹴にしたらしい。

モデル2

最近の研究でイギリスの女性作家シャーロット・メアリー・ブレイム(Charlotto Mary Brame)の『女より弱き者(Weaker than a Woman)』を紅葉が参考にしたと言われている。こちらの本は堀啓子訳で南雲堂フェニックスから出版されている。著者名は別名のバーサ・M・クレイになっている。

内容はやはり主人公の青年の婚約者が金持ちの男に見初められて結婚してしまう。しかし、この青年は貫一のようにはならず実直に生きていく。そして最後は地味だけど善良な女性と一緒になり幸せに暮らす…というヴィクトリア風というかハーレクインロマンスというか、良家の子女が読んでも問題のない、毒のないものに仕上がっている。これと比べると『金色夜叉』は通俗的だが…どちらが面白いと思うかは読者次第。

あらすじ

間貫一は若くして両親を亡くし父の友人である鴫沢隆三の世話になっている。鴫沢家の一人娘・宮と婚約していたが、財閥の御曹司・富山唯継に見初められた宮は富山と結婚することになる。裏切られたと思い捨て鉢になった貫一は高利貸しの手代となり冷酷な商売を続ける。そのため債務者に襲われ大怪我をした。入院している間に別の債務者からの恨みで鰐淵の家が放火され、家は焼け落ち夫妻も亡くなる。それでも貫一は高利貸しを続ける。

《続金色夜叉》
宮は街中でかつての貫一の親友荒尾に出会う。高利貸しをしている貫一のことを気に病み、荒尾に貫一を説得してほしいと頼む。荒尾が貫一を真人間になるよう説得しているところへ満枝が現れ、荒尾に多額の借金があることが判明する。
一方、宮は度々貫一宛てに手紙を送るも、貫一は読まずに火の中にくべてしまう。一念発起してやってきた宮を貫一は冷たくあしらう。そこに居合わせた満枝と喧嘩になり、宮は満枝を殺し自殺する。宮の遺体を抱えた貫一は彼女の死によって救われた心地になり、彼女を許し自分も命を絶つと誓う。

《続々金色夜叉》
宮の死後、失意の貫一は塩原の温泉宿で長期間湯治に過ごす。その宿で心中しようとする若い男女に出会う。男は主人のお金を使いこみ借金が膨らみ、芸者である女は厭な客のところに見請け先が決まっていた。しかもその見請け先は富山唯継であった。貫一は男の借金と女の見請け料を肩代わりする約束をする。

《新続金色夜叉》
三章からなり、1章と3章は生前の宮の手記。裕福だけど富山の浮気が絶えず結婚生活は幸せでない。結婚したことを後悔している。貫一のことを今でも愛してる…などと書かれている。2章は居候させている元輔とお静、特にお静と貫一の会話から恋愛観、結婚観などが語られている。

登場人物

間貫一はざまかんいち本篇の主人公。両親を早くに亡くし父の友人鴫沢の世話になっている。初出は高等学校をそろそろ終えて大学へ入る頃。学業優秀で人柄も良いと評価されている。鴫沢の娘・宮と婚約している。しかし宮が富沢と婚約したため鴫沢家を飛び出し高利貸しとなる。
鴫沢しぎさわ(富山)みや鴫沢夫妻の一人娘で貫一の許婚。人目を惹く美貌の持ち主でそれを多少自負している。
富山唯継とみやまただつぐ銀行家の跡取り息子。骨牌カルタ会で宮を見初めて結婚を申し込む。有り余る金の力で豪快に遊ぶ。

鴫沢隆三しぎさわりゅうぞう生前の貫一の父親に恩義を感じていて孤児となった貫一を引き取り面倒をみる。宮と一緒にさせて貫一を跡取りにするつもりでいたが、富山の申し出により宮の幸せを考えて婚約させる。貫一には鴫沢の跡目を継がせる気でいた。
鴫沢夫人:宮の母
鰐淵直行わんぶちただゆき高利貸し。貫一の雇い主。満枝を狙っている。
鰐淵峯わにぶちみね直行の妻、直道の母。
鰐淵直道わにぶちただみち鰐淵夫妻の息子。父親の商売を嫌い、辞めるよう願っている。
赤樫満枝あかがしみつえ高利貸し業界のドン=赤樫権三郎の美貌の若妻。女だてらに相当のやり手。貫一のことが好きで度々つきまとう。

田鶴見良春たづみよしはる子爵。鰐淵の後ろ盾。唯継の友人。田鶴見の邸内で貫一と宮は束の間対面する。
荒尾譲介あらおじょうすけ貫一の学生時代の親友。満枝の債務者。恩人である政治家の連帯責任のため多額の借金を背負ってしまう。
とよ貫一の家の女中

狭山元輔さやまもとすけ紙問屋の支配人。主人のお金を使いこみ、絶望からお静と心中しようとする。
しず愛子あいこ):新橋の芸者。元輔を思っているが見請けが決まり借金のために請けざるを得ない。

考察

一途への憧れ

どうも尾崎紅葉という人は、一度好きになったなら生涯変わらず愛し貫くことを賞賛している。貫一という名前からして貫くという文字が含まれている。貫一自身、宮に対しては情よりも恨みが勝っていても、富枝の誘惑に屈せず、一度裏切られたからにはどんな人間も愛さないと徹底している。
一方、後に出会うお静の元輔への愛情には敬服している。

孤児の哀しみ

これは私の主観なのだが、貫一は宮にというよりも鴫沢夫妻に対して恨みを抱いているよに見える。
「もしも自分が孤児でなく、両親揃った家庭の息子であったなら、こんな仕打ちはしなかったんじゃないだろうか?」
大なり小なりそんな思いがくすぶっているように思える。
宮との婚約を解消した後は、鴫沢は貫一を留学させ、家督を譲ろうともしていたのでまったく貫一のことを考えていないわけではなかったが、孤児としてのコンプレックスが余計に裏切られたと思ってしまったのではないか。

宮の思い

夏目漱石の『こころ』を読んだ人はKと先生が共にお嬢さんを好きなのはわかるが、お嬢さん自身の気持ちはどうなんだろう?と思うことだろう。ただ、その時代の女性は親の言いなりであって、自分の意思で結婚相手など決められなかったのだと思う。それゆえ、貫一も宮よりもむしろ鴫沢夫妻に怒りの矛先が向かうのだろう。『坊ちゃん』のマドンナのように親の反対を押し切って好きな男に着いていくケースは稀だったと思われる。

作中、宮は「わたしに考えがある」と述べているが、その考えなるものがどういうものなのか?非常に気になるが紅葉が亡くなってしまい、その部分があやふやに終わっている。

続金色夜叉の宮の行動や新金色夜叉の宮の手記はどうも納得がいかない。浮気をするイコール悪い亭主なんだろうか?この時代の亭主なんて貧乏人でも当たり前のように浮気している位だから財閥の富山が浮気の一つや二つしたところでなんだと言うのだろう。浮気されても一般的な奥さん達にはできない経験もできて、不幸とは言い難い。そして女は過去の男のことをいつまでも引きずらない。この辺りも紅葉の一途信仰の顕れだろう。

登場人物の名前

先ほども述べた貫一もそうだが、この作者の名前の付け方が、わかりやすいというか、そのまんまやないか!と突っ込みたくなるものが多い。
富山は富んでいる、唯継は何の取り得もないけど、親の財産をただ継いだだけ…というニュアンスが含まれる。高利貸しの鰐淵の鰐は鰐皮の財布をイメージさせられる。ただ阿漕な商売なのに直行とは皮肉だ。女高利貸しの赤樫は樫=貸しを連想させられる。

見惚れ、気惚れ、底惚れ

続続金色夜叉の中で、貫一はお静に元輔について、主人のお金を着服しちゃうようなしょうもない男なのに何故そんなに尽くすのか尋ねるシーンがある。お静は腹の底から惚れているのだと言う。
若い頃は見た目のいい人を好きになる見惚れ
もう少し年を重ねると気が合う人を好きになる気惚れ
そしてさらに大人になると心の底から惚れる底惚れになるのだと話した。
貫一は深く納得するのだが、果たして貫一は宮をどの程度好いていたのだろうか?貫一は宮について思うのはその美しさのみ。彼自身が少年のように見惚れしていたのだ。

最後に

この話は古く、文学作品でなく大衆小説なので現代人が読んでもそれほど面白くは感じないかもしれない。ただ、日本における報復する男の代名詞といえばやはり間貫一だよね…ということで、このシリーズの一番初めに登場していただいた。
報復、仕返し、リベンジ…人は辛い目に合うとその原因を作った人に対して仕返ししてやりたくなる。でも現実にはそうそう簡単に仕返しはできない。それゆえ主人公が報復する話に読み手はわくわくさせられるのでしょう。

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