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キュンとする恋物語②エリック・シーガル『ラブ・ストーリィ』

『ラブ・ストーリィ』と言うよりも『ある愛の詩』と言ったほうがピンとく
る人が多いかもしれない。70年代に流行った映画とそのテーマ音楽のタイトル、これはあの有名な映画の原作です。

映画の存在は知っていたが見てはいなかった。私がこの小説に触れたのは短大に入った年、一般教養の外国語の授業のテキストとして使われていた。私は一応英文科に所属していて、英文科の学生は外国語は英語を取ることに決まっていた。担当してくれた客員の先生は確か経済学が専門だったと思う。英文学の先生ならおそらくこういった教材は選ばなかっただろう。しかし我々からしたら砕けた教材だったので楽しく受講できた。

What can you say about twenty-five-year-old girl who dead?
That she was beautiful. And brilliant. That she loved Mozart and Bach. And Beatles. And me.
Once, when she specifically lumped me with those musical types, I asked her what order was, and she replied, smiling, "Alphabetical".

Erich Segal "Love Story"

どう言ったらいいのだろう、二十五の若さで死んだ女のことを。
彼女は美しく、そのうえ聡明だった。彼女が愛していたもの、それはモーツアルトとバッハ、そしてビートルズ。それにぼく。
いつだったか、こういった音楽家の連中とぼくとをことさらいっしょに並べたてたとき。どういう順番になっているのか、きいてみたことがある。すると彼女、にっこり笑って「アルファベット順よ」と言ってのけた。

板倉章訳 角川文庫

夢中になりすぎて冒頭の部分を暗記してしまった。2行目のThat she was…で
始まる文の羅列はすべて前の文のgirlにかかるり、本来カンマで区切られるところをピリオドで無理くり終わらせた不完全な文章だ。英作文の授業でこんな文を書いたら点数は取れないけど、話ことばであれば通用する。この辺の感覚も新鮮だった。

あらすじ

ハーバードで社会学を学ぶオリバーとラドクリフで音楽を専攻しているジェニーは恋をする。オリバーは財閥の御曹司だが両親とはあまり上手くいっていない。ジェニーは唯一の肉親である父とは良好な関係であったが、貧乏なため苦学していた。ジェニーは卒業後奨学金を得てパリに留学するつもりでいたが、オリバーに求婚されて自分の夢をあきらめる。

しかし片や裕福なWASP、片やイタリア系移民のカトリックの家庭に育つという環境の差や、オリバーが両親と仲違いしたことから勘当され貧乏な生活を余儀なくされる。オリバーが大学院で勉強している間、ジェニーは幼稚園の先生をしながら家計を支える。

やっとオリバーが卒業し、これからジェニーに楽をさせてあげようと思ったのもつかの間、彼女が白血病に侵されていることがわかる。

時代背景

日本でもこの時代は学生結婚する若者が多かった記憶がある。若くても親に頼らず自分の力で生き抜こうとする姿は頼もしい。ある意味「反抗」を責任を持ってかっこよくやっている。80年代以降の反抗は責任を伴わない幼稚なものになってしまった。逆に言えば若者も大人社会から認められていたのかもしれない。

彼等は教会による結婚式の形にも倣わなかった。どちらの家庭の宗教でもなく自分たちのスタイルで行った。この辺もささやかながら一種の反抗と言えよう。また、従来は「男が食わす」という家庭の経済を一時的ではあるが「女が食わす」形をとっていた。それも一つの挑戦だといえよう。いずれにしろ自ら挑んで進んでいく姿は清々しく羨ましい。

洒落た会話

そして、この物語の何よりの魅力は、主人公二人の会話、殊にジェニーのセリフが非常に魅力的なのだ。

「言いたくはないけどね、貧困家庭の秀才なんだよ、ぼくは」
「あら、プレッピー、貧困家庭の秀才というのはあたしのことよ」
「きみが秀才だなんて、どうして言える?」
「あなたみたいな人と、お茶をつきあったりしないもの」
「冗談じゃない。きみをさそったりするもんか」
「でしょうね」彼女は言った。「あなたがばかなのはそのせいよ」

板倉章訳 角川文庫

「まあ、ハーバード法学部だって!退学にでもなったの?」
「もう一度考えてごらん、きみは楽天家だろう」
「わかった。クラスで一番になったんでしょう!」
「一番とまではいかないよ。三番」
(略)
「一番と二番の人の顔を見るまで何とも言えないわ」

板倉章訳 角川文庫

オリバーは成績上位で卒業できたことをジェニーに褒めてもらいたかった。それがわかっているジェニーはわざとはぐらかしてヤキモキさせる。オリバーは自分の考えを押し付ける父親に反抗していたが、父親の言いなりになっている母親のことも半ば軽蔑していた。(それは母親なりの愛情表現なのだが…)そんなオリバーがなかなか思うように反応してくれないジェニーに惹かれるのがわかる気がする。

この他にもジェニーのセリフはなんとなく粋でかっこいい。
「あなたがばかなのはそのせいよ」
には痺れてしまった。こんなセリフ行ってみたい…と当時のティーンエイジャーは憧れたのだった。

この物語は恋物語であると同時に父と子の関係が一つのテーマになっている。親友のようなフィルとジェニー父子とは対照的なオリバー父子。ただ、読んでみればわかるが、オリバーのお父さんの言っていることは筋が通っているし息子のこを考えていることもしっかりと伝わる。自分の中の甘えにオリバー自身が気づいていない。

皮肉なことにジェニーの「死」によって父子の距離が近づく、とても感動的なラストを迎える。本を探すのはちょっと大変になってきています。プライムビデオで映画は見られますので、興味を持たれた方はご覧になってみてください。最後にテーマ音楽のYouTubeをリンクさせておきます。

「ジェニーは死にました」ぼくは彼に告げた。
「すまなかった…」彼は呆然としてつぶやいた。
どういうわけか、今は亡きあの美しい女から昔聞かされた言葉が、ぼくの口をついて出た。
「愛とは後悔しないことです」

つぎの瞬間、彼のいる前ではけっしてやったことのないこと、ましてや彼の腕のなかではやったことのないことをした。ぼくは泣いた。

板倉章訳 角川文庫


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