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テレビ番組で監禁されてぶっ壊れた俺が今思うこと②

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今回これを書こうと思ったのは超軽い気持ちだった。

ここ数日なすびさんの記事がちょこちょこ出てくるから何本かサクッと流し読みをした。正直どうってことない内容だ。だって俺も似たような経験をしているし、当時テレビで見ていた内容でもありドロドロとした話も流し読みレベルでは出てこなかったように思う。それで俺もサクッとTwitterで自分の体験を書こうと思ったら溢れ出てくる感情が止まらず長くなり過ぎてしまいnoteに書く事にした。

ただ自分の体験を事実として書き記すだけで、誰かを攻撃しようとかの意図はなかったが今回の二作目を書いていると怒りが込み上げてきた。けっこー人として酷い扱いを受けたよなと。思い出さないよう蓋をしてきたが今でも許せない奴が今回から出てくる。当時の事を鮮明に思い出そうとすると気がおかしくなりそうになる。14年間ずっと鮮明には思い出さないよう封印してきた事だったのを久し振りに思い出した。前回のを書いている際中、自律神経がおかしくなったのかクーラーの効いてる涼しい部屋なのに脇汗がびっちょりだった。今回この後の本編で出てくる脇汗びっちょりと同じ現象だった。

それでは前回からの続き。

急に始まった俺の監禁生活。まともに俺の部屋にきたのは最初だけだった総合演出の藤井さんには「俺ら電波少年とかと違ってTBSは監禁やるの初めてでノウハウないから!よろしく!」みたいなことを言われたのを鮮明に覚えている。

情報原人エッグ矢沢という企画名でTBSのゴールデンでロンブー淳さんの番組という事しか俺は知らない。とにかく情報がない生活をしてくれということ以外に何一つ聞かされていない。原始人の格好をさせられ、なにもすることがないので部屋に設置されたカメラの前で延々と色々な話しをした。なにかキーワードとかを言えば、なにか起こるのではないかと死ぬほどカメラの前で話しをした。しかし何も起きなかった。毎日2回くらい食事が届くだけ。届けに来るADも基本的に会話をしてくれない。最初に届いたのがオリジン弁当のハンバーグ弁当だったのを覚えている。

とにかくマジで24時間ずっと誰とも話す事すらできない無が続くので何かキーワードだか隠された何かがあるんじゃないかと俺は必死に探した。それを見付ければ何かが始まるのではないかと売れたい俺は必死だった。ADに「これオリジン弁当ですよね?それなら次はのり弁にしてくれませんか?」とか、とにかくなんでもかんでも話しかけてみまくったりもしたが無視だし何も起きない。ADは俺に何も情報を与えるわけにはいかないから会話はできないと毎回言われ弁当を置いていくだけ。そこに担当ディレクター(以下D)やAPがチラッときて俺の様子を見て少し話したりもしたが俺からすると一瞬。

24時間一人ぼっちでの無は一瞬で俺をぶっ壊した。

3日目になると急に腹痛、下痢、頭痛、発熱、寒気、全身の倦怠感と辛いやつのオンパレードに襲われた。明らかに心にも体にも異常が現れた。こんな事は初めてだったので怖くなった。スタッフに泣きながら限界だと話したのを覚えている。たった3日でこんな事になってしまった。多分俺ってメンタルとか強い方だと思うんだけど、まじで無の攻撃力が半端ないのか俺に一番合わない系の企画だったのか壊れるのは一瞬だった。それでも説得されて俺は続ける道を選んだ。どんな思いで俺が芸人になったと思ってんだと歯を食いしばった。そんで体調不良になるも病院にも連れて行ってもらえず病院に行ったのは3日後くらいだったように思う。アイマスクにヘッドフォンをされて病院に行った。医者に正直に話すと「多分ストレスだと思う。やめれないの?」と言われた。スタッフに伝えるも普通に続行された。そのあと腹が冷えるから寝巻きをくれと頼み半そで短パンを渡され寝る時だけ着る事を許されたが、俺が脱走も考えてるといったら即没収された。純粋に脱走もしたかったけど、これは俺がいつまで耐えられるか試している企画なのかもとの考えもあった。とにかく何も教えてもらえず全てに疑心暗鬼になっていった。

それから俺のメンタルを考えてかスタッフも少し俺と話をしてくれるようになった。なんか弱ってる捨て猫に同情しているかのような扱いにも感じて気分は良くなかったけど。とにかくメンタルを保つために頑張って色々と試みるが全て無なのだ。なにをしたって何も起きない。そんななかでたまにスタッフと会話をすると脇汗がダラダラと垂れてくることに気付いた。しかも右だけ。こんなこと今までに一度もなかったので驚いた。なんか前に自律神経がおかしくなると脇汗が大量に出て臭くなるというのを読んだのを思い出した。それをスタッフに話しても相手にはされなかった。ストレスで2回くらい体に蕁麻疹が出て赤く腫れて痒いし痛いのも伝えたが無視された。

病院に行ってから数日後にも限界を迎えてリタイアしたいと何度も伝えた。ちょっと本当に限界だった。何度話し合ったって、いつまで経っても何も始まらない。ある時、本当に暇過ぎて辛いと話すとDから暇つぶし用に「明日、秘密でニンテンドーDS持ってきてやるよ」と言われ眠れなくなるほど興奮して次の日もワクワクしながらずっと待っていた。本当にやる事がなかった俺は何時間も自分の指の毛やホクロなんかを見たりしていた。もう確実に狂っていた。毛に名前を付けたりもした。本当に辛すぎた思い出なので思い出したくもない。そんな無の地獄にDSが来れば俺は元気に戻れるとガチガチに興奮しながら待っていた。もちろん脇汗ダラダラで。元気に戻って俺は芸人として売れるんだと必死に自分に言い聞かせた。もちろん脇汗ダラダラで。

しかし夜になって現れたDに「DS持ってきてくれました!?」と聞くと「あっ!ダメだったわ!」と俺が話したから思い出したかのような態度でいわれた。ちょっと怒りが凄すぎて鮮明に覚えてないけど息の根止めてやろうかなと思うくらい頭にきたのを覚えている。こいつ俺に嘘ついたなと思った。俺を一瞬なだめるために遂に嘘までつきやがったなと思った。たかがDS。されどDS。この極限状態の俺には砂漠の水くらい必要だったDS。ここが砂漠だったらおまえどうなってたか考えた方がいいぞと思った。もうこいつのことは信用するのはやめようと思った日だった。

そして俺は起きてても何もすることはないしカメラに映るのも嫌になり早く寝て、遅くまで起きないような生活をするようになった。カーテンすら開けさせてもらえず陽にも当たれない。陽に当たらないと鬱になるとスタッフに伝えてもダメだった。だから俺は部屋の電気をつける時間をできる限り短くするようになっていった。眠れなくても夜8時とかには電気を消した。色々な事を考えたりオリジナルのストーリーを考えたり暗い部屋の方が幾らかましだった。

部屋には時計もなく時間もわからなかった。それが2日目にはクーラーのリモコンに時間が表示されていることに気付いた。Dに「遂に時間を確認できるようになりましたよ!」と喜んで話すと「は?なんでだよ?おまえクビにするぞ?言えよ!」とキレられた。まだ俺は謎解き要素があると思っていたのでショックだった。リモコンの液晶部分はガムテープで巻かれて時計が見えないようにされた。

おまえらのツメが甘いからだろということは他にも沢山あった。ドアのポストに手紙が入っていて番組からの指令かと思いワクワクして見ると電気代の請求書だった。住所は赤坂とあったのでTBSの近くだということも判明した。それも謎解き要素かと思いADに正式な住所を俺が伝えてみるとADは青ざめていた。ADも俺に情報を話したらクビになるといっていたのでビクビクしていたんだと思う。

そんな俺にADが「自分だったら1日中ゴロゴロできて最高だけどな~」なんて言ってくるので「ケータイもテレビもないどころか外に出れる自由すらないのと自分の部屋でゴロゴロを一緒にするな」と言ったが伝わってないようだった。なんかここまでくると自分が変なこといっちゃってるんじゃないかと不安になった。どう考えてもスタッフがおかしいのに。こんなん映画とかで見る人体実験じゃねえかよと俺はスタッフへの不信感が募りに募るも、他に話す人もいないから無下にも扱えないという本当に地獄のような状況だった。

そして確か監禁生活も23日くらいが経った時に急に中継がやってきた。部屋を暗くして寝ようとしていたら、いきなり部屋の小さなモニターがついて淳さんが映っていた。他にも錚々たる先輩達が映っていた。俺はどうしていいかわからなかった。本当に何が起こっているのか理解できていなかった。説明もなけりゃ頭もおかしくなってる。その時に気付いたのが顎の辺りの動きが普通じゃなくなっていたこと。おそらく監禁生活でストレスなのか表情筋とか顎の筋肉が凝り固まってしまっていた。それでもどうにか頑張ってカメラに向かって話した。

初めてのテレビという事もあるけど、本当にメンタルがぶっ壊れてしまっていて頭が働かないし顎もおかしくて上手く話せない。それを見た先輩芸人からは「情報原人ってより芸人原人でもあるよね!」とか「その生活してるからトーク下手なのか?元からか?」とイジられてスタジオはウケていたけど俺は悲しかった。こんな形でテレビに出たくなかった。そして俺が情報遮断生活をしている間に起こったニュースをクイズとして出されるも当然不正解。記念すべき第一問は「大塚愛さんが結婚しました!相手は誰でしょう?」だった。俺はNSC出たてで早く答えないとキレられると思い「玉木宏!」と即答した。「もっと考えるとかしろよ!」とつっこまれたがNSC出たての芸人は1時間前行動が当たり前なくらいだ。俺なんかが時間を使ったらヤバいと即答がクセになっていた。

なんとか初めての収録は終わった。23日も監禁されてたのに収録は一瞬で終わった。スタッフにこのために23日間も前もって監禁していたと教えられた。「本当は1週間前でもよかったんだけどね」といわれた時にもキレそうになったが我慢した。ここでキレたら吉本もクビになって芸人を続けられないから。当時の吉本の1年目の芸人なんて奴隷中の奴隷だった。口答えなんて一切許されない。とにかくとっくに限界を迎えていたけど、この企画を降りたら多分吉本もクビになるだろうと思っていた。もう俺の中では芸人を辞めるか、この企画を降りるかの二択になっていた。

とりあえず初めての収録が終わり一瞬だけ元気は出たが、そんなものが長続きするわけもなく再び訪れた地獄の無の時間に俺はまた即ギブアップした。監禁生活が始まって1ヶ月が経ったくらいだったと思う。もう本当に体中が脱力するかのような感覚で少しも力が入らなかった。もうスタッフに説得されても無が続く恐怖が凄すぎて本当に無理だと伝え続けると、じゃあ最後に打ち上げしようと没収されていた服に着替えさせられてDとAPと近くの居酒屋に向かった。

病院を抜かせば1ヶ月振りの外出。「なすびを見習え!」と口酸っぱく言われていたが「なすびの頃はスマホも無いから夜とかには外にも出れてたらしい」とも聞かされていた。スマホが発明されて誰でも簡単に写真が撮れるようになってしまった世界にも腹が立ったし、なすびさんが外に出て息抜きできてた事とか長く続けて変な前例を作ってくれた事にも腹が立った。
※なすびさんが外に出ていたかの真偽は不明

そして俺は久し振りの居酒屋で久し振りに酒を飲んで即ベロベロになった。また泣いて辛すぎるという話しをしたと思うが酒の酔いもあり、また説得されて俺は続けるという選択をして部屋に戻った。

しかし次の日に我に返ると再び絶望に襲われて俺は辞めさせてほしいと正式にスタッフに伝えた。

もうこれ以上、続けたら多分自殺してしまう。
芸人以外にやりたい事なんてない。
どんな気持ちで俺が大学出てまで芸人になったと思ってるんだ。
それでも俺は死にたくない。
死ぬか芸人を辞めるか選ぶなら芸人を辞める。
命の次に大切な芸人を捨てる。

もう俺の覚悟は決まった。
もう本当にこの地獄を続ける事はできない。

するとスタッフは思いもよらない事を言い出した。

つづく

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※本編とは関係ないので読まなくても大丈夫です

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