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【短編小説】何かの変わり目にはホットチョコを

「あぁ~、今日も学校だるかった~~~…」
明らかに私に声をかけてほしげに、朱音はわざと大きなため息をついた。
それに気づいてしまった私は仕方なく、「そうねー」と素っ気なく返した。
「マジで国語のあのゴリラ先生うざいよね!あいつの国語の授業が退屈ったらありゃしない。あの図体なら外で体育でも教えとけっての!」
どうやら、朱音は2時限目の国語で川島先生(裏ではゴリラ先生)に怒られたことを根に持っているようだ。まあ、寝てたらそりゃ怒られるよね。
「怒鳴られただけならいいじゃない。お母さんの時代じゃ、廊下でバケツ持たされてたり体罰も当たり前だったみたいだからね」
「うぇっ。それは嫌だな…。でも、怒鳴られるのも嫌だよ~。うるさいし、あいつの息かかるし」
「私もさすがに息かかるのは嫌だな…」
そんな他愛もない会話を続けながら、ふと駄菓子屋が目に入った。昔はよくあそこに並ぶお菓子に目を輝かせながら、お小遣いを握りしめてたっけ。あそこのおばあちゃんは今も、奥のほうで椅子に腰かけながらニコニコしてる。


「ねぇ!ちょっとコンビニ寄ってかない?」
「えぇ~、この前先生に見つかって怒られたばかりじゃない。」
「サラリーマンだって『仕事終わりの一杯』があるじゃん。なら、うちらにも『学校終わりの一杯』があったっていいじゃない!」
朱音は、相変わらず満面の笑みを浮かべながら私を見た。
「未成年でしょ、私たち…」
「そんな堅いこと言わないで~、行こ!」
そう言うと、朱音は私の手を引いた。私はよく朱音に手を引かれてきた。


「そういえば、葵ってほんとに東京行くの?」
無事先生にバレることなくコンビニを出た帰り道で、赤いラベルの板チョコをかじりながら唐突な質問を繰り出してきた。
「えっ、何急に?」
驚きのあまり、雪の印がラベルされたココアが飛び出すのではないかというほど両手でぎゅっと握ってしまった。
「急も何も、もうそろそろ進路決めなきゃでしょ?この前、東京の大学でやりたいことを見つけたって言ってたじゃん。あれからお父さんとお母さんとは話したの?」
答えるのに少し躊躇した。だから、私はココアを飲むことで、自然な会話の空白を作った。その時吹いた風が少し冷たく、秋が深まるのを知らせていた。そろそろ、マフラーを巻こうかな。
「反対されてる…。やっぱ家出ていくのに抵抗があるみたい。『東京での一人暮らしは簡単じゃないぞ』って。『そのやりたいことは、他のところでも出来ないのか?』って。」
高校2年の時、オープンキャンパスに行ってみようと思い、学部を何となく選んで大学を探してみた。その時、私の『夢』と出逢った。まるで、導かれたかのような出逢い方でときめきすら感じた。けど、それを親に伝えると、首を縦には振らなかった。偏差値が不安ではなく、娘の一人暮らしが心配らしい。両親はともに地元育ちだから、外に出ることに恐怖を抱いているのだろう。
「だから、諦めて近所の大学に行って就職かなって。まぁ今時、手軽に創作活動も出来るし、働く傍らやろうかなって」
「うわぁ、葵のお父さんお母さんが言いそうなセリフ…。うちの親なんかより優しいけど、どっか堅いんだよなぁ」
朱音は私が言いたいことを躊躇いもなく言い放った。そう、今時「アドレスホッパー」とか「多拠点生活」とかって言葉が出るくらいに生活の概念が変わっている。そう思えば、東京での一人暮らしなんかわけないはず。なのに、うちの親は時代が止まっているみたいだ。先の体罰の話でも、「昔なら体罰も当たり前なのに、最近の若者はひ弱になったな」なんて言う始末。まるで、時代の板挟みになっている気分だ。


ちょっと座ろうという朱音の提案で、川辺のベンチに腰掛けた。朱音はチョコをパキッと割り、「要る?」って私に渡した。「うん」と受け取り、少しかじった。
「朱音はさ、地方ならどこの大学行くの?」川を見つめながら、朱音は私にそう聞いた。さっき私に見せた笑顔とは違い、あの時には見なかった真剣な表情をしている。
「近所なら、家から30分の○○大学に行こうかなって思ってるよ」
「そこには、やりたいことあるの?」
「興味あることはあるよ」
「それにはときめいた?」
「いや、それは…」
痛いところを突かれた。正直、その大学もほとんどやけで選んだようなものだった。それを朱音に見破られた。普段は鈍いのに、こういう時だけ途端に勘が鋭くなる。
「だったら、東京の大学に行くべきだよね!やりたいことに出会ったなら、それに突き進むべきだよ!」
そう言うと、朱音はこっちを見てニコッと笑った。

「それが簡単に出来たら苦労しないよ…」
「乙女のときめきは、いかなるものにも邪魔されないものだからね!」
何故か朱音は自信ありげだった。でも、そんな朱音が羨ましかった。
「そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんには相談したの?」
「いや、相談はしてないよ…」
「なら、今から相談しにいこ!まずは味方を増やさないと!」
「大丈夫かな…」
「大丈夫大丈夫!葵の思うようにはならないって!」


私の家は、おじいちゃんとおばあちゃんの家に近い。だから、たまに家に帰る前に寄って行く。そこには時々、朱音もついてくる。あまりにも一緒に行くことが多いから、おじいちゃんたちにとって、私と朱音は姉妹のようなものらしい。
今日もこうして、2人でおじいちゃんたちの家に来た。
「あら、また姉妹揃って来たのね。」
おばあちゃんは、いかにもいたずらっぽく笑いながら、玄関から顔を覗かせた。
「だから、姉妹じゃないって…。」
こんなやりとりが今や、玄関先での習慣になっている。

おじいちゃんとおばあちゃんは、とにかく時代の流れにうまくのっている。スマホが発売されたらすぐにガラケーから乗り換えた。しかも扱い慣れていて、一時は撮った写真の加工に凝ってはSNSに投稿していた。最近は、緑文字の配達システムでの食事を楽しんでいるようだ。
「今日はどうした?」
おじいちゃんがおばあちゃんが淹れてくれたお茶をすすりながら、尋ねた。私は温め直してくれたココアを飲んで、朱音はチョコとお茶を楽しんでいた。その組み合わせ合うの…?
「葵の進路相談に来たんだ!夢を見つけたけど、お父さんたちは了承してくれてなくてね」
朱音が口火を切った。
「葵の…。もうそんな時期か…。そういえば、葵の夢は聞いたことないなー。何か見つけたのか?」
おじいちゃんは興味津々だった。茶菓子を用意していたおばあちゃんもニコニコしながら、興味あるねぇと話に乗ってきた。ここまで場が整ってしまえば、もう言うしかない。
「東京の大学に行きたいの…。小説を書きたくて。大学で色んな文学に触れてみたいの。その大学、私が好きな小説家の出身大学で、その人を教えてた教授もいるからその人に教わりたいの。けど、お父さんもお母さんもうんとは言ってくれなくて…。」
自分でも驚くほどたどたどしい口調だった。あまり自分の夢について話すことがなく、慣れていなかった。こんなにも自分の夢を語るのが難しいとは思わなかった。
「ほぉ、小説家か…。そりゃあいい夢見つけたな!」
おじいちゃんは何だか嬉しそうだった。
「ほんとにねぇ」
おばあちゃんの顔からも笑みがこぼれていた。お母さんたちとの違いに、私は驚きを隠せなかった。
「でも、東京だよ?」
「場所がどこだろうと関係ない。夢がそこにあるなら、迷わず行くべきだ。」
おじいちゃんが強い口調で言った。けど、その中には私の背中を押す優しさがあった。
「確かにお父さんとお母さんの気持ちも分かるわ。そりゃあ、一人娘の旅立ちは不安だし、寂しいもの。でも、それで我が子の道を塞ぐのは我が子のためにはならないからねぇ。」
おばあちゃんは私の目を見ながら言った。まるで、私に何かを分かってもらいたいかのように。
「可愛い子には旅をさせよってやつだね!」
朱音が自慢げに言った。その後、一瞬こっちにウインクした。言ったでしょと言わんばかりに。
「そうそう。旅をさせたほうが人は成長するからねぇ。今時よそに行って問題なんかないんだから、出たいならどんどん出ていけばいいさ。」
「あぁ。昔は家を継いだり、家のためにと花嫁修業を強いられたりすることもあった。だが、今は違う。今の時代を生きてるなら、昔に縛られず今を自由に楽しむといいさ。だから、おれだって今を生きてる。」
そう言いながら、おじいちゃんはリンゴマークのスマホを見せながら、ニカッと笑った。
「ただな、昔も大事にしてやってほしい。今を築いていくのは間違いなく昔だ。それを忘れてしまえば、次の時代を作ることが出来なくなってしまう。だから、お前も父さんと母さんを否定しないでやってほしい。確かに娘の成長を受けいれようとしないのは悪いことだが、お前を大切に思っていることには変わらないからな。」
今までに聞いたことのないおじいちゃんの想いを聞いた。その想いに思い当たる節があった。例えば、おじいちゃんたちは配達システムを使っていても、一品は自分たちで作っている。前に「何で全部頼まないの?」と聞いたことがあって、「自分で作るご飯のうまさを忘れんためさ」と答えた。今なら、その真意が分かる気がする。
「朱音のチョコと一緒かもね。普段は固くて苦いけど、ココアと混ぜることでホットチョコになる。甘くなるけど、そこにはチョコの風味も残っている。新しいものを受け入れても、本来の味とかが残っていることが一番良い状態なんだよ。おじいさんもそれを心掛けているし」
おばあちゃんがおじいちゃんに目を向けると、あぁと頷いた。
「今度二人を呼んで鍋でもしようか?そのほうが葵も話しやすいだろう?」おばあちゃんからの提案。
「そん時はあたしもいい?」
「えぇ。朱音ちゃんもおいで。あなたも家族同然だしねぇ」
チョコとココアか。さっきまでは気づかなかったけど、この部屋全体がチョコとココアの香りで満たされていた。


「ね、言ったでしょ?」
おじいちゃんたちの家を出て帰る道すがら、朱音はニヤニヤしながら私に言った。
「うん、そうだね…」
「どしたの?テンション低いけど」朱音が私の顔を覗き込んだ。
「私、今日おじいちゃんたちの家に行ってなかったら、あの話を聞いていなかったら、お父さんとお母さんのこと、心のどこかで憎んだまま大学に行ってたかも…」
正直、私はお父さんとお母さんは私のことを分かってくれてないと思っていた。私を縛る存在だと疎んだこともあった。けど、あのおばあちゃんの話ではっと気づかされた。お父さんとお母さんは、私のことを思って不安になったんだって。私のことを苦しめようとなんてしていないんだって。時代のせいにして、お父さんとお母さんと向き合うことから逃げていたんだって。
「ありがとう、朱音。誘ってくれて。」
「いいのよ!無責任に人の背中を押せるのが、あたしの取り柄だし!」
と、ここでふと気になることが出来た。
「そういえば、朱音って進路どうするの?」
「え“っ、そっそれはまぁ…」
「なんだ、決めてなかったの?じゃあ、今度は朱音の家に一緒に行こうか?」
「やめてよー、うちのパパとママにバレたら怒られるって~」
この時、恐らく初めて朱音の手を引いた。
「その時はまた、チョコとココアを持って行こ!」
そう、私にとって、あるいは朱音にとっても、チョコとココアは「変化を受け入れる」時には欠かせないものになった。これからもずっと、これは変わらないだろう。


作者コメント
いつも通りコメントを添えるか迷いましたが、簡単に添えます。
この物語は何故か、ふとした瞬間に思い浮かびました。登場人物も自分と何の関連もありません。なぜこの物語が出来たか不思議です。もしかしたら、前から思っていたことが浮かび上がったのかもしれませんね。
そして、こうした小説を書くのは初めてで、正直短編と呼んでいいのか迷いましたので、判断はあなたに委ねます。

あなたのサポートがぼくの執筆の力になります!本当にありがとうございます!