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温故知新:固定電話の技術(358号)

2024年中にNTTの固定電話網をインターネット網に統合することになっています。

固定電話を契約されているご家庭には「固定電話網をIP網(NGN)に移行するよ」というはがきなどが何度か届いていることでしょう。

IP網(Internet Protocol Network)はその名の通りインターネットのことで、NGN(Next Generation Network)はNTTが保有・運営しているインターネット網のことです。
固定電話網の設備の老朽化が深刻なので、電話サービスをIP網を使って提供するよ、ということです。
これにはVoIP(Voice over Internet Protocol:ヴォイプ)という技術を用いています。

VoIPについては次回以降でお話するとして、今回はその前段として、固定電話網を支えてきた技術についてお話をします。


固定電話網

固定電話網というのは、携帯電話に対する用語として出てきたもので、従来から存在している有線の電話装置やそのためのネットワークを指します。

ネットワーク=インターネットの現代では想像しにくいですが、もともとは目的別に様々なネットワークが利用されてきました。
デジタル通信に限っても、銀行間の振り込み処理を支えるネットワークや国鉄(JRですらない...)のきっぷ販売システムなどは1970年代から存在しています。
これらはいずれもネットワークを利用していましたが、インターネットではない方式でした。

固定電話網は、それ自体はアナログ網で、デジタル情報のやりとりには不向きでしたが、様々な工夫によりFAX通信やパソコン通信といった通信機構を実現していました。

この固定電話網の最大の利点は2つのエンドポイント(電話器)を自由に選択して接続できる点にあります。
これを実現するための仕組みが「回線交換」という仕組みです。

交換手による回線交換

電話番号をかけると相手の電話につながる、今となってはなんの疑問も持たれない方が多いと思いますが、これを実現することは意外に大変です。

まず、昔の交換手による回線交換のお話をします。

ご存じの方も多いでしょうが、昔(昭和30年代まで)は電話機にはダイヤルがついていませんでした。

その頃は受話器を取って電源を入れる(手回しの発電機を回して発電するのもあった)と交換手が出ます。
交換手に相手の電話番号を伝えると交換手が先方とつないでくれる仕組みです。

交換手の前には、その局で管理する電話番号のパネルがあり、たくさんの穴が開いています。
それぞれの穴には電話番号が書いてあり、通信時にはプラグ付きのケーブルを差し込みます。

電話がかかってくると、交換手が相手の電話番号を聞いてケーブルを両方の番号につなぎます。
これによって依頼元の電話と先方の電話が電気的に接続され、通話が行えるようになります。

局内の場合は、こういう接続経路になります。

依頼元の電話→局内の交換器→相手先の電話

同じパネルの中に両方の番号があればいいのですが、その番号がパネルにない場合、例えば局外(市外)にはそのままでは接続できません。

この場合、まず先方の番号が存在する局に接続をしないといけません。

そのため、交換手は相手側の番号が存在する局を呼び出して、相手側の局の交換手と会話をし、呼び出し元の局と目的の電話番号を接続してもらいます。
最後に、相手側の局への接続口と依頼元(電話をかけてきた人)の接続口をケーブルでつなぎます。

この手順を踏むことで、次のように局間での接続経路が確立できます。

依頼元の電話→局内の交換器→相手局の交換器→相手先の電話

これが交換手によるルーティング(通信経路を決めること)です。

この交換方式は実際にはもう少し複雑になる場合もあります。
都道府県をまたがる場合には、さらに中継の交換局を経由しますし、遠地であればさらに複数の中継交換局を経由する場合もあるからです。

ですので、当時は遠地に電話をかける場合には、電話をしてから交換手の会話が終わって接続するまでに分単位で待たされる場合もあったようです。

自動回線交換

交換手による回線交換では、
電話が普及するにつれて、前述の交換手による回線交換の限界が見えてきました。

そこで、相手の電話番号を利用者自身が入力して自動的に先方に接続してくれる自動交換機と呼ばれる設備が登場します。
この設備があれば接続時間が圧倒的に早くできる上、交換手の人件費も浮きます。

自動交換機に電話番号を伝えるには、音声以外の伝達方法が必要です。
そのために考えられたのがパルス信号(ダイヤルパルス)という方式です。

黒電話をご存じの方はわかると思いますが、受話器を取って、電話番号のダイヤルを回すと「プツプツプツ」という妙な音が聞こえます。
これがパルス信号で、このプツプツの数で伝えたい番号を交換機が検出する仕組みとなっています。

補足:黒電話を知らない方のために
当時は電話機はNTT(電電公社)からレンタルするもので、(コンピュータ制御ではない)完全機械式でした。
黒電話には電源コンセントは必要なく、電源は電話線を通してNTT側が供給しています。
通常は電源OFFの状態で、受話器を取ると電源ONとなる仕様です。
ですので、当時は停電になっても電話はかけられました。(NTTの局が停電だと当然アウトですが)

受話器を上げると、交換機は電話番号聞き取りモードになります。(この時に「ツー」という音が聞こえます)
利用者はダイヤル盤の番号の数字に指を入れてグルッとストッパまで回します。
これを電話番号の分だけ繰り返して行うことで、電話をかけていました。
補足:おわり

さて、電話機でダイヤル盤を回すと、バネの力でゆっくりと元の位置に戻ります。
ダイヤル盤の裏側には電気の接点が等間隔に並んでいます。
ダイヤルが元に戻る時には、この接点を何回も通り、その回数分だけ電話の電源のON/OFFを行います。
この時に「プツプツ」という音が聞こえるのです。
数字によってダイヤルを回す量が違いますから、元に戻るまでに発生するパルス信号の数も違ってきます。

交換機はこのON/OFFの回数を「聞き取る」ことで電話番号を検出する仕組みでした。

これを使うと、機械による自動交換が実現できます。

電話番号は次のような形になっています。

国内番号+市外局番+市内局番+加入者番号

例えば、筆者の自宅の電話番号は 0743-76-xxxxですが、最初の0が国内番号、743が市外局番、76が市内局番、xxxxが加入者番号です。

最初の数桁の番号(03や06)を検出すると、相手先の地域がわかります。また続けての数桁を検出すると相手先の局の番号(局番)がわかります。
ここまでわかると、相手先の局番の交換機を電話を受けている交換機が呼び出して、加入者番号を伝えます。

交換器間で接続を確立した上で、交換機が相手先のベルを鳴らして、相手が出れば、そこからは通話秒数のカウントを交換機が行います。

余談ですが、この交換機の開発は日本のコンピュータの発展に大いに貢献しました。
電話が社会インフラとして重要度を増してきたタイミングでしたから、交換機には大きな需要があり、各社が競って高性能な交換機を開発したためです。

高性能な交換機を欲しがったのはNTT(当時は電電公社)だけではありません。
大企業でも社内の本支店間の内線を必要としており、構内交換機の需要が高かったのです。

今、日本を代表するようなIT企業の多くは、当時交換機の製造を行っていました。
富士通や日本電気(NEC)が代表的ですね。

トーンダイヤル

上記のダイヤル回線は、すごい発明だと思うのですが、それでもいくつかデメリットがありました。
その最大のデメリットはダイヤルに時間がかかる点です。

電話に限らず電気回路でスイッチのON/OFFを行うと、大きなノイズが入ります。
そのため、ダイヤルのパルス数を増やすには限度があります。
初期のダイヤル回線では10pps(1秒間に10パルス)、後期でも20pps(同20パルス)でしたから、10ケタの電話番号を伝えるには5秒~10秒の時間を要しました。
これを縮めることはパルス信号では不可能でした。

そのために登場したのが1969年の「プッシュホン」です。
プッシュホンでは、トーンダイヤル方式(トーン回線)を使って電話番号を伝える時間を1秒未満にまで圧縮しました。

トーン回線では電話機の受話器を取ってから電話機の数字ボタンを押すと、数字に応じた周波数の信号を送ります。
電話機の電話回線(電線)は非常にチープな作りのため、送信できる周波数は限られています。
具体的には、ヒトが聞き取れる範囲の周波数しかキレイには流せません。

トーン音はチープな電話回線でも正しく音が伝えられる周波数、言い換えれば人にも心地よい周波数で送信していました。
当時はトーン音のことを「ピポパ」などと表現していました。

このトーン音を交換機が「聞いて」、その周波数から電話番号を検出して回線交換を行います。
トーン回線ですと、1つの信号は50ミリ秒+ポーズ30ミリ秒まで短縮できますので、10ケタの電話番号でも1秒未満で伝えられたのです。

この便利なトーン回線ですが、なかなか普及しませんでした。
当初(1969年)は交換機側の対応にコストがかかるため、パルス通信を使うダイヤル回線よりは基本料金が高く設定されたからです。
この料金がダイヤル回線と同じになったのは2005年ですから、随分と遅れました。
もし、ダイヤル回線で固定電話をご契約でしたら、トーン回線に切り替えるとほんの少し使い勝手が良くなります。

固定電話の今後

詳しくは次回以降にお伝えしますが、固定電話がなくなることは当面ないと思われます。
固定電話は社会インフラとして定着していますし、高齢者層の重要なコミュニケーション手段です。

個人では固定電話を新たに保有するメリットはほとんどないと思いますが、会社のコールセンターや警察、消防といった行政機関では今も固定電話が必要とされています。

NTTもそれをわかっているからこそ、コストをかけて固定電話網をインターネット上に展開できるように計画を進めているのでしょう。

まとめ

NTTが2024年末をめどに固定電話網をインターネット網に統合させようとしています。

「今更、固定電話?」となる方もおられるかもしれませんが、固定電話は今も社会インフラとして重要な役割を担っています。

今回はその固定電話を支えてきた技術についてお話をしました。

一つは電話番号一つで全国に電話をかけることができる自動交換という仕組みの話。
それまでは、交換手によって数分かかることもあった電話の呼び出しが数秒まで短縮できたという話。

もう一つはトーンダイヤルによる呼び出し時間を1秒以下にまで短縮した話。

こういった自動交換機の開発や運用は、今の日本の大手IT企業の基礎となっています。

今回は古い技術に着目する形で固定電話についてお話しました。
次回は固定電話網のインターネット統合についてお話をします。

次回もお楽しみに。

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