No186 量子暗号はどうして安全なのか?

前回は量子暗号の中でも古典的と呼ばれるBB84という方式がどう
やって、通信を行う方法について解説をしました。

今回はその方式で盗聴を防ぐことができる理由を解説します。


1. 盗聴と盗難の大きな違い

盗聴と言えば、壁や扉に耳を近づけて部屋の中の会話を聞き取ろう
という行為ですよね。

これが電話になると電話線を分岐させたり、途中に機器を挾んだり
してその内容を聞き取ります。

ネット上では、目的の回線の内容を自分にもコピーして送信する
ようにして行います。

声にしても電気の流れにしても、その一部だけを盗むだけで用が
足ります。盗聴されている側が盗聴に気付くことは非常に難しい
でしょう。

ですが、配達途中の荷物を盗むのは全く話が違います。

盗まれて本来の配達先に配達されなければ、先方から「荷物が届
かない」という苦情が来ます。盗聴に比べて盗難ははるかにバレ
やすいですよね。

量子暗号と全く関係なさそうな話ですが、これが量子暗号が盗聴
できない理由でもあるのです。


2. 量子暗号は盗聴できないというより盗難できない

今まで量子暗号は盗聴できないと言ってきましたが、実際には
盗聴というより盗難といった方が実態に合ってます。

さて、いつものキャストであるアリスとボブそしてイブに再登場
願いましょう。いつものようにアリスは送信する人、ボブは受信
する人、イブはそれを盗聴する人です。

通常の盗聴が成立するのは、アリスとボブの会話をじゃますること
なくイブが聞くことができる前提があります。

ですが、量子通信の場合は1つ1つの量子に異なる情報を載せて
送りますので、宅配便で荷物を送るパターンに近いのがわかります。

1つの情報は1つの量子の中にしかありません。それをイブが
盗めば、ボブはその情報を受け取れません。上述の荷物が届かない
のと同じ状態です。

ここに矛盾があるのです。量子通信の情報を得るには、量子を
盗み取るしかないわけですが、かといって盗めばその量子は相手に
届きません。

さらにこの場合、送信側が送った量子数と受信した量子数が一致
しませんから、盗まれたことはスグにわかります。

盗聴より盗難に近い、というのはこういう意味です。


3. 同じ量子は再送できない

とはいっても、イブが情報を盗んだ後でもう一度ボブに向けて量子
を再送すれば、ゴマカすことはできそうです。

ですが、それはできないのです。

前回に解説した不確定原理を覚えておられますか?
量子の位置を設定すれば運動量は不明となり、運動量を決めれば
位置は不明となります。

イブが量子を盗み、それを再送しようとしたとしても、アリスと
同じ状態を再現できる保証がないのです。

具体例でいきましょう。


4. イブが量子を盗んだ場合

アリスがボブに送ろうとする方式は前回と同じものとします。

まず、アリスは次の8ビットを送りたいとします。
 ビット1:0
 ビット2:1
 ビット3:0
 ビット4:1
 ビット5:0
 ビット6:1
 ビット7:0
 ビット8:0

そして、アリスは量子に情報を乗せる時、次のように値を決めると
します。

 ビット1:位(位置情報に乗せる、以下同様)
 ビット2:運(運動量情報に乗せる、以下同様)
 ビット3:運
 ビット4:運
 ビット5:位
 ビット6:位
 ビット7:運
 ビット8:位

ですから、最初のビット1を伝える量子は「位置情報に値0を
乗せた状態」でアリスから発信されます。この時運動量情報が
どんな状態になっているのかは不確定性原理のため、誰も
(アリスも)わかりません。

まとめるとこうなります。

 ビット1:位0運? ※?はわからない状態
 ビット2:位?運1
 ビット3:位?運0
 ビット4:位?運1
 ビット5:位0運?
 ビット6:位1運?
 ビット7:位?運0
 ビット8:位0運?


さて、この8つの量子ビットをイブが盗み取ったとします。
イブは各量子の位置か運動量のどちらかの情報を読み取ることが
できます。(何度も書きますが、両方を読むことはできません)

ここでは、次のように読み取ったとします。

 ビット1:位
 ビット2:運
 ビット3:位
 ビット4:運
 ビット5:位
 ビット6:運
 ビット7:位
 ビット8:運

すると取得できる情報は次の通りです。

 ビット1:0
 ビット2:1
 ビット3:?
 ビット4:1
 ビット5:0
 ビット6:?
 ビット7:?
 ビット8:?

半分はアリスが意図した情報を取得できていますが、残り半分は
はずれで、どんな値が入っているかはアリスも知りません。

ですが、イブはこの情報を元にしてボブに涅造した量子ビットを
送り込むしかありません。

イブが涅造するデータは次のようになります。位置情報と運動量
情報の両方が?になってしまったパターンがありますよね。
これはアリスの情報を再現できなかったことを示しています。

 ビット1:位0運?
 ビット2:位?運1
 ビット3:位?運?
 ビット4:位?運1
 ビット5:位0運?
 ビット6:位?運?
 ビット7:位?運?
 ビット8:位?運?

さて、イブが涅造した量子をボブは知らずに受信します。
ボブは結局、次のようなデータを受信します。
(?はアリスが意図していないデータを示します)

 ビット1:?
 ビット2:1
 ビット3:?
 ビット4:1
 ビット5:?
 ビット6:?
 ビット7:?
 ビット8:?

前回の正しいパターンでは、4ビットが正しく受信できていま
したが、今回は2ビットしか元データを受信できていません。

当然ながら、この状態ではボブはアリスの送ってきたデータを
正しく復号できません。
ということは、途中でデータの涅造が行われたことがわかります。

以上が、量子暗号では盗聴が行えないことの解説です。


5. 量子暗号はまだ開発途上の技術

このようなメリットの多い量子暗号ですが、現在の暗号化方式を
置き換えるにはまだまだ課題が山積しています。

そもそも、量子通信が行えるような回線はまだ存在していません。
一部で商用サービスが始まったといえ、専用の光回線を敷設する
ことが前提のようで、同じ会社内の別の部署と秘密情報のやりとり
を行いたい場合に用いる前提です。

また、情報の伝達距離や速度にも課題があります。
量子1つを数百キロメートルもあるような遠距離に正確に伝える
技術を人類はまだ確立できていません。

今やインターネットでは月い数千円も出せば1Gbps(1秒間に最大
で1,000,000,000ビット)の速度を得られます。
しかも世界中のどことでも自由に通信ができます。
一方の量子通信は数キロメートル程度の距離であれば、実験レベル
ながら通信できます。
ですが、数百キロメートルも離れると、極端に低速しか出せません。
実験レベルで10Kbps(1秒間に最大10,000ビット)の通信ができた!
とニュースになるレベルです。

ですから、数年でこの方式が主流になるとは考えらえませんが、
十年以上の先には当然の技術になっているのかもしれません。

3回に分けて解説した量子暗号の話は今回で終わりです。
かなり難しい話だったと思いますが、いかがだったでしょうか。

次回もお楽しみに。

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