ほめられたい私

誰かに自分の話をして、思いがけず、ほめられることがある。

人にほめられてみて、はじめて、「ああ、私は人にほめられたくて話したのかもしれない」と気づく時がある。そういう時は大体、その話の絶対の必然性がないタイミングだったりして、自分の潜在的ないやらしさを感じたりもする。

要は、その件について、人にほめられたいほどに、自分を誇っているのだ。

ほめられる云々に限らず、繰り返し語られるエピソードには、不適切かつ重複した感情のタグが付いている。

「ああ、人に話してほめられたくなるほど、私はこの話、私のこの部分を気に入ってるんだなー。俺スゲー、俺大好きビバ俺。」と気付いたら、少なくとも、感情にはケリがつく。

あとは、その話の持つ情報に紐付いた、もともとの身体の中の適切なフォルダに格納する。その作業をコツコツやると、驚くほど、不要な自分語りをしなくて済む。

本当は、「ほめられないと機嫌が悪くなる人」について書くつもりだったが、電車が着いてしまった。また次回!

あなたに、かならず、いいことがあるよ