「「死ねばいいのに」という投稿では発信者情報開示が認められない」、とは言えないよというお話

1.はじめに

令和3年6月某日、『100日後に死ぬワニ』の作者を原告とする発信者情報開示についての判決が出された。当該判決は、令和2年4月15日の「(作者)も一緒に死ねばいいのに」というツイッター上の投稿に関し、経由プロバイダが発信者の情報を開示すべきか否かを判断したものである。

なお、ツイッターに対する発信者情報開示は、

①Twitter社への仮処分(債権者:侵害を受けたと主張する者、債務者:Twitter)

②仮処分によって判明した経由プロバイダ(本件では株式会社倉敷ケーブルテレビ)に対する発信者情報開示請求訴訟(原告:侵害を受けたと主張する者、被告:経由プロバイダ)

という二段階の手続であり、投稿を行った者は訴訟当事者ではない。投稿を行った者は、①の仮処分命令が発出された後に任意の意見照会を受けるor②訴訟を開始した段階で意見照会書が手元に届くことで、はじめて開示請求が行われていることを知るのが通常である。

詳細な判決内容は有志が公開されているのでここでは言及しないが、ざっくり言うと、開示に際してプロバイダ責任制限法第4条1項1号が求める、「当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らか」という要件を満たさないから開示を認めない、というものであった。

2.「死ねばいいのに」はセーフか?

本判決に対しては、「この程度で開示を求めるのか」「負けて当然では」といった反応も散見される。

しかし、本判決で「死ねばいいのに」という投稿に開示が認められなかったからといって、インターネット上で全く同じ投稿をしても許されるというわけではない。同じ文字列の投稿であっても、発信者情報の開示を認めた裁判例は存在するし、本件が先例となって「死ねばいいのに」という投稿が許されない、ということにはならないのである。

なお、「判例」という言葉が一般的に使われているが、最高裁判所以外の裁判例が判断を拘束することはない。以下に挙げる事例も、あくまで事例判断(文脈や投稿時期といった内容を踏まえた総合判断であって、投稿の文字列だけに注目した判断ではない、といえばわかりやすいだろうか)であって、このような裁判例があるからこの投稿は許されない、という形で理解すべきものではない(ということを書くと、開示請求を求める際に類似の裁判例を挙げて主張する自分にとってもブーメランになるのだが……)。

①東京地裁令和2年1月16日判決(令和元年(ワ)第15739号)

本裁判例では、インターネット上の匿名掲示板における、「死ねばいいのに」(本裁判例中の投稿27番)「死にたいなら死ねば」(投稿30番)という投稿について、「これらの記事は、原告に死ぬよう求めるものであり、他人を中傷するきわめて悪質な表現である。……原告の名誉感情を侵害する侮辱行為に該当するというべきである。」と判断し、発信者情報の開示を認めている。

ただし、本件では、「本件記事1から21まで及び23から31までについては、平成○年○月○日から平成○年○月○日までの期間において、同一のIPアドレスから投稿されたものであること」等から、「本件各記事(本件記事22を除く。)については比較的近接した期間に特定の人物に対して同様の否定的な内容の指摘をするものと評価することができ、これらは同一の発信者により行われたものと推認できる。」という認定もされており、多数回に渡る中傷を行っていることが前提とされているようである。

②東京地裁平成26年8月21日判決(平成26年(ワ)第10209号)

本裁判例では、インターネット上の匿名掲示板における、「Aタヒば、いいのに」という投稿について、「原告の存在価値を否定する侮蔑表現であるものと認められ、……同部分が原告の人格的利益を侵害するというべき」と判断し、発信者情報の開示を認めている。

なお、本投稿は、上記の文言のほかに「ヘタレ日本代表」という記載もあり、そちらについても同様に侮蔑表現であることを認定しているところ、この表現がなくても開示が認められていたかは定かではない。

以上からわかるように、あくまで投稿の文脈やあわせて行われた書込みを含め、開示の可否は判断されるものであるため、本件投稿についても1つの事例判断であるとしかいいようがないのである(更にいえば、本件について仮に控訴した場合、判断がひっくり返る可能性も存在する)。

3.開示請求の濫用というのはあり得るのか

先日まで、総務省の発信者情報開示の在り方に関する研究会というものが行われ、今後の発信者情報開示について、新たな手続を創設することがとりまとめられた。新しい手続については、いくつかの詳しいブログが出ているため、そちらを参考にされたいが、その研究会の中で、開示請求の濫用の危険性について触れられていたのが印象的であった。

個人的には、濫用的に開示を求めることは、「できなくはないが、普通はやらないし、やりたくもない」といった程度の感想である。特に、ツイッター社に対する濫用的開示請求など、やってられるかという感じである(ツイッター社の代理人をまとめて受けている大手法律事務所の中の人に聞けば、また別の感想が出てくるかもしれないので、その辺りはちょっと聞いてみたいところである)。

本件で話題となっている件も、投稿日は令和2年4月15日であって、開示の判断まで丸1年以上かかっている。つまり、開示請求というのはそれほど重い手続なのである。

以下、少し専門的にはなってしまうが、正直なところ、問題とする投稿に①同定可能性、②権利侵害性、③違法性阻却事由の不存在が認められればなんとか開示までたどり着ける掲示板等の投稿と違い、ツイッター社に対する開示請求には、④接続先IPアドレスを保有していない、⑤そもそもログイン型IPアドレスの開示が認められるか定かではない、⑥ログイン型IPアドレスの開示が認められるとしても、複数プロバイダからのログインがある場合に開示が認められるか定かではない、⑦ツイッター社から投稿後のログイン履歴しか出てこなかった場合に開示が認められるかきわめて怪しい、というような、特有の問題が多数存在する。

実際、ツイッターに対する発信者情報開示を行いたいという相談は一定数来るが、実際に受任まで行くのは10件に1件(もしくは、それ以下)という体感である。個人的には、金をかけてまで行うにしてはあまりにも不安定な要素が多すぎる、というのが、ツイッター社への開示請求の実態であると考えている。

このような前提があるから、個人的には、少なくとも、発信者情報開示請求が棄却されたからといって、それを揶揄する投稿はできない、むしろそこまでよく戦えたな……と思ってしまうのである。

4.おわりに

誹謗中傷というのは、当事者にならなければその辛さがわからない、という側面がある。なので、安易に中傷することだけは行わないよう、個人的には心掛けている。それを押し付けるつもりもないし、表現の自由があるのだから俺は危険球を投げ続けるという態度を貫く人はそれはそれで立派だと考えているのだが、上記の事情も少し広まれば、言論空間が多少は正常になるかな……と思ったりするのである。

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