アンティフォナ "Iuxta vestibulum et altare" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ106)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX pp. 65–66; GRADUALE NOVUM I pp. 56–57.
 gregorien.info内のこの聖歌のページ

 GRADUALE NOVUMでは子音字としてのiはjと記されるので,この聖歌の冒頭は "Juxta vestibulum et altare" となっている。


【教会の典礼における使用機会】

 後日追記する。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Iuxta vestibulum et altare plorabunt sacerdotes et levitae ministri Domini, et dicent: Parce Domine, parce populo tuo: et ne dissipes ora clamantium ad te, Domine.
(神殿の) 前庭と祭壇とのそばで,しゅへの奉仕者である祭司たちとレビ人たちとは泣いて言うであろう, 「お情けをおかけください,主よ,あなたの民にお情けをおかけください。あなたに向かって叫ぶ者らの口を破壊しないでください,主よ」と。

 GRADUALE ROMANUM (1974) / TRIPLEXは,もとの聖書箇所としてヨエル書第2章第17節とエステル記第13章第17節とを挙げている。このエステル記の章節番号はVulgataでのもので,七十人訳ギリシャ語聖書では第4章第17h節,聖書協会共同訳では「旧約聖書続編」の部の「エステル記 (ギリシア語)」C部第10節がこの箇所にあたる。
 ヨエル書 (第2章第17節の前半) に対応するのは "parce populo tuo" までで,これは実際確かにだいたい同じ言葉である。それに対してエステル記のほうは次のようにかなり異なっており,そもそも本当にこれがもとなのかと疑いたくなってくる。

et non claudas ora te canentium
あなたのことを歌う者たちの口を閉じないでください

エステル記第13章第17節より (Vulgata)

 しかし,1962年版や2002年版のミサ典書ではこのアンティフォナのところにはっきりと「ヨエル書第2章第17節およびエステル記第13章第17節」と書いてあり,しかもVulgataに合わせて語句を修正してある。これを見る限り,もとになった聖書箇所がこれであることは特に疑わなくてよさそうである。
 ただ,"te canentium (あなたのことを歌う者たちの)" がアンティフォナで "clamantium ad te (あなたに向かって叫ぶ者たちの)" になっていることについては,もしこれが意図的な変更なのであれば,もしかすると次の箇所が関係あるかもしれないと個人的には思う。

Deus autem non faciet vindictam electorum suorum
clamantium ad se die ac nocte
et patientiam habebit in illis
まして神が,昼も夜も御自分に向かって叫んでいる御自分の選ばれた者たちをお救いにならず,彼らに無関心でいらっしゃるなどということがあろうか。

ルカによる福音書第18章第7節 (Vulgata。訳と太字強調とは引用者による)


【対訳・逐語訳】

Iuxta vestibulum et altare plorabunt sacerdotes et levitae ministri Domini,

前庭と祭壇との傍らで,しゅへの奉仕者である祭司たちとレビ人たちとは泣くであろう,

iuxta ~のすぐ近くで,~の傍らで …… Vulgataでは "inter (~の間で)" であり,七十人訳でもそういう意味の語句なのだが,このテキストではそうなっていない。
vestibulum 前庭 (敷地の外と建物の入口との間) (対格)
et (英:and)
altare 祭壇 (対格)
plorabunt 泣くであろう,嘆きの声を上げるであろう (動詞ploro, plorareの直説法・能動態・未来時制・3人称・複数の形)
sacerdotes 祭司たちが,司祭たちが
et (英:and)
levitae レビびとたちが
ministri Domini しゅの奉仕者たちが (ministri:奉仕者たちが,Domini:主の) …… 直前の "sacerdotes et levitae" を同格で言い換えている。

et dicent:

そして言うであろう。

et (英:and)
dicent (彼らが) 言うであろう (動詞dico, dicereの直説法・能動態・未来時制・3人称・複数の形) …… 主語は前の文と共通。

Parce Domine, parce populo tuo:

「お情けをおかけください,しゅよ,あなたの民にお情けをおかけください。

parce 傷つかないようにしてください,こわれないよう大切にしてください,節約してください (英:spare) (動詞parco, parcereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形) …… ここでは,罰として災いを下すのを思いとどまってくださいということ。これのもとになっているヘブライ語の動詞は,同じ "spare" の意味も持っているが,手元の辞書 (Gesenius) にはまず「憐れむ」という意味が載っている。
Domine しゅ
parce (同上)
populo tuo あなたの民に対して (与格) (populo:民に,tuo:あなたの)

et ne dissipes ora clamantium ad te, Domine.

あなたに向かって叫ぶ者たちの口を破壊しないでください,しゅよ。」

et (英:and)
ne dissipes まき散らさないでください;破壊しないでください;浪費しないでください (ne:[否定詞],dissipes:動詞dissipo, dissipareの接続法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)
…… 接続法・現在時制・2人称はこのようによく命令 (ここでは否定詞がついているので「禁止」) の意味で用いられる。
…… 目的語が「口」であることを考えると訳しづらいが,これのもとになっているらしい聖書箇所 (エステル記の上掲箇所) の七十人訳ギリシャ語聖書における対応語が「取り除く」「破壊する」という意味を持っており,このラテン語動詞と共通なのは「破壊する」であるため,これを採ることにした。
ora 口を (複数) …… 単数・主格の形は "os"。
clamantium ad te あなたに向かって叫ぶ者たちの (clamantium:叫ぶ者たちの [動詞clamo, clamareをもとにした現在能動分詞の男性・複数・属格の形],ad:英 "to",te:あなた [対格]) …… 英語でいえば "of those who cry out to you" または "of those who are crying out to you"。直前の "ora" にかかる。
Domine しゅ

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