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アンティフォナ "O Rex gentium" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ67)

 ANTIPHONALE MONASTICUM I (2005) p. 52; ANTIPHONALE MONASTICUM (1934) p. 211; LIBER USUALIS p. 342.
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 6番めのオー・アンティフォナ (O-Antiphona) で,12月22日に歌われる
 オー・アンティフォナ全般についての解説,各アンティフォナの全訳と関連聖書箇所はカトリック中央協議会のサイトにある。最重要の基本事項だけ繰り返すと,オー・アンティフォナにおいてさまざまな言葉 (今回なら「諸国の民 [異邦人] の王,彼らに切に望まれている方,両者を一つにする隅の親石」) で呼びかけられ,「来てください」と願われているのは,イエス・キリストである
 

【テキストと全体訳】

O Rex gentium et desideratus earum, lapisque angularis, qui facis utraque unum: veni, salva hominem, quem de limo formasti.
おお諸国の民 (異邦人) の王,彼らに切に望まれている方,両者 (神の民イスラエルと諸国の民 [異邦人] と) を一つにする隅の親石よ。来てください,あなたが泥から形づくった人間を救ってください。

  「両者」をこのように解釈する根拠については,対訳につけた解説をお読みいただきたい。

 

【対訳】

O Rex gentium et desideratus earum,
おお,諸国の民 (神の民イスラエルの対概念としての「異邦人」) の王よ,彼らに切に望まれている方よ,

  •  なぜ「切に望まれている」かというのは,この後を読めば分かる。もともとの神の民イスラエルと自分たちとを一つにし,新たな神の民にしてくれる (要するに,救われた者たちの群れに加えてくれる) からである。

lapisque angularis,
そして隅の親石よ,

  •  イザヤ書第28章第16節や詩篇第118 (七十人訳ギリシャ語聖書やVulgataでは117) 篇第22節に現れる言葉で,イエス・キリストを指すものとして新約聖書でも何度も引用されている。建物の土台となる大切な石ということで,キリスト教の文脈では神の民 (救われた人々の群れ) が増えて育ってゆくことを建物が建て上げられてゆくことにたとえ,その土台となっている石,ということ。

qui facis utraque unum:
両者を一つにする (隅の親石よ)。
別訳1:両者を一つにする (諸国の民の王,彼らに切に望まれている方,隅の親石よ)。
別訳2:両者を一つにする方よ。

  •  カトリック中央協議会のサイトにある訳では「両者」を神と人とのことと解釈しているが,このアンティフォナでは「諸国の民 (異邦人)」ということが話題になっていることから,むしろ神の民イスラエルと諸国の民 (異邦人) とのことではないかと考えられる。何より,「隅の親石」が登場する聖書箇所の一つであるエフェソ人への手紙第2章第11–22節で,まさしくイスラエルと異邦人とがキリストによって一つになることについて述べられているということが,この解釈を支える
     もしかすると両方の意味を持たせるために敢えてこういうはっきりしない書き方をしているのかも,とも思わなくはない。あと,諸国の民 (異邦人) にとってみれば,神の民イスラエルと一つにしてもらえる,つまり新たな神の民 (救われた者たちの群れ) に加えてもらえるというのは,結局神と自分たちとの和解でもあり,すると結局「神と人とを一つにする」ことにもつながりはすると思う。

  •  ともかくそういうわけで,両者 (神の民イスラエルと諸国の民と) を一つにするという意味を与えられているのは特に「隅の親石」であると考えられるため,この関係詞節はまずは "lapis(que) angularis (隅の親石よ)" にかかるものと考えたい。もちろん,"Rex gentium" からそこまでの全部にかけてもよいのだが。

veni,
来てください,

salva hominem,
人間を救ってください,

  •  "hominem (人間を)" は単数形である。神に創造され,その後堕罪して救いを必要とするようになった「人間というもの」を,「人間存在」を,ということだと考えられる。

quem de limo formasti.
あなたが泥から形づくった (人間を) 。

  •  直前の "hominem" を修飾する関係詞節。
     

【逐語訳】

o おお (間投詞)

Rex 王よ

gentium 諸国の民の,(神の民イスラエルの対概念としての) 異邦人の

et (英:and)

desideratus 憧れられている者よ,望まれている者よ,いないと困る/寂しいと思われている者よ (動詞desidero, desiderareをもとにした完了受動分詞を名詞化して用いているもの,男性・単数・呼格 [変則形])

  •  格変化語尾 (-us) からすると主格だが,文脈上呼格だと考えられる。中世ラテン語では稀ではない現象 (参考:國原,p. 54)。

earum 彼ら (=諸国の民,異邦人) の

  •  これは女性形なのだが,それは "gentium" (<gens) が女性名詞だからである。

lapisque 英 "and" + 石よ (-que:英 "and")

angularis 隅にある (英:placed at corners)

qui (関係代名詞,男性・単数・主格)

facis (英:[you] make) (動詞facio, facereの直説法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

  •  英語でいう "make A B (AをBにする)" 構文の "make" にあたる。

utraque 両者を,両方を (中性・複数・対格)

  •  英語でいう "make A B (AをBにする)" 構文の "A" にあたる。

  •  この語が何を指すと考えられるかについては,対訳の部で解説した。

unum 一つに (対格)

  •  英語でいう "make A B (AをBにする)" 構文の "B" にあたる。

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

salva 救ってください (動詞salvo, salvareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

hominem 人間を (単数形)

quem (関係代名詞,男性・単数・対格)

de limo 泥から (limo:泥 [奪格])

formasti あなたが形づくった (動詞formo, formareの直説法・能動態・完了時制・2人称・単数の形)

  •  普通なら "formavisti" だが,グレゴリオ聖歌ではこの "vi" のない語尾もよく見られる。

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