見出し画像

アンティフォナ "O Adonai" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ63)

ANTIPHONALE MONASTICUM I (2005) pp. 48–49; ANTIPHONALE MONASTICUM (1934) p. 209; LIBER USUALIS p. 340.
gregorien.info内の該当ページ
"antiphonale synopticum" 内の該当ページ

 2番めのオー・アンティフォナ (O-Antiphona) で,12月18日に歌われる。今あまり時間をかけられないので,解説は少なめにしてとにかく訳す。
 オー・アンティフォナ全般についての解説,各アンティフォナの全訳と関連聖書箇所はカトリック中央協議会のサイトにある。
 

【テキストと全体訳】

O Adonai et Dux domus Israel, qui Moysi in igne flammae rubi apparuisti, et ei in Sina legem dedisti: veni ad redimendum nos in brachio extento.
おお,アドーナイ (しゅ) にしてイスラエルの家の指導者であり,柴の燃える火の中でモーセに出現なさり,彼にシナイで律法をお授けになった方よ。来てください,御腕を伸ばして私たちを買い戻すために。

 

【対訳】

O Adonai et Dux domus Israel,
おお,アドーナイ (しゅ) でありイスラエルの家の指導者でいらっしゃる方よ,

  •   「アドーナイ」は,旧約聖書のヘブライ語原文において,神の名 (YHWH) を発音することを避けるために用いられる言い替え。日本語聖書では一般に「しゅ」と訳される。

qui Moysi in igne flammae rubi apparuisti,
柴の燃える火の中でモーセに出現なさった (アドーナイでありイスラエルの家の指導者でいらっしゃる方よ)
直訳:柴の炎の火の中で (……)
通じやすいであろう訳:燃える柴の中で (……)

  •  前の "Adonai et dux …" を修飾する関係詞節。

  •  出エジプト記第3章に基づいている。ヘブライ語聖書では「炎の火」ではなく「火の炎」,七十人訳ギリシャ語聖書だと写本によりどちらもある。

  •  この場面は「燃える柴の中でモーセに神が現れた」話として有名だ (と思う) ということを考慮したのが,上記「通じやすいであろう訳」である。

et ei in Sina legem dedisti: 
そして彼にシナイで律法をお授けになった (アドーナイであり [……] 方よ)

  •  関係詞節がまだ続いている。

  •  出エジプト記第19章以下に基づいている。

veni ad redimendum nos in brachio extento.
来てください,御腕を伸ばして私たちを買い戻すために。
直訳:(……) 伸ばされた御腕で (……)

  •  この「御腕を伸ばして (or:伸ばされた御腕で)」も,モーセ・出エジプトの文脈で出てくる表現である (申命記第5章第15節)。

  •   「買い戻す」は,エジプトで奴隷であったイスラエルの民を「しゅ」が脱出させて自由の身にした,いわば買い戻した (身代金を払って解放した) ということに基づく表現。「エジプトで奴隷であること」は神から離れた生き方の象徴である。

  •  "in brachio extento" は文字通りには上記「直訳」の通りの意味なのだが (なお "in" はここでは手段・道具を表す [英:with]),英語における類似の形の訳し方を記した「翻訳の泉」第4回を参考に「御腕を伸ばして」と訳してみた。言っていることは変わらないから問題ないだろうし,このほうがスマートだと思う。
     ただし厳密にはたぶん,ラテン語で当該構文 (付帯状況を表すのに節を用いず,-ingとその「意味上の主語」とによってそれを行うもの) にあたるのはいわゆる独立奪格句 (絶対的奪格,ablativus absolutivus) であり,前置詞はつかないと思う (ただ,もしかすると中世のラテン語には「前置詞つきの独立奪格句」があったりして,と少し思ってはいる。手元の資料では裏付けは得られなかった。この件について何かご存じの方がいらっしゃったらお教えくだされば幸いである)。
     

【逐語訳】

o おお (間投詞)

Adonai アドーナイ (しゅ) よ

  •  ヘブライ語の字義通りには「わが主」の意。

et (英:and)

Dux 率いる者よ,導く者よ

domus 家の

  •  直前の "Dux" にかかる。

Israel イスラエルの

  •  直前の "domus" にかかる。

qui (関係代名詞,男性・単数・主格)

Moysi モーセに

in igne 火の中で (igne:火 [奪格])

flammae 炎の

  •  直前の "igne" にかかる。

rubi 柴の

  •  直前の "flammae" または2つ前の "igne" (というよりこの場合 "igne flammae" でひとかたまりか) にかかる。

apparuisti (あなたが) 出現した (動詞appareo, apparereの直説法・能動態・完了時制・2人称・単数の形)

et (英:and)

ei 彼 (=モーセ) に

in Sina シナイで,シナイ山で

legem 律法を

dedisti (あなたが) 与えた (動詞 [やや不規則活用] do, dareの直説法・能動態・完了時制・2人称・単数の形)

veni 来てください (動詞venio, venireの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

ad redimendum 買い戻すために (redimendum:動詞redimo, redimereをもとにした動名詞,対格)

nos 私たちを

in (英:with)

brachio 腕 (奪格)

extento 伸ばされた (動詞extendo, extendereをもとにした完了受動分詞,中性・単数・奪格)

  •  直前の "brachio" にかかる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?