フラットアース説(地球平面説)にまつわる罠?

 あるフラットアーサー(地球平面説信奉者)の方のYouTube動画をここのところよく見ている。フラットアースの真偽とは別に,結論として言っていることはよい・大切である(と私には思われる)ことがけっこう多い。聖書は本物だとか,この世界は神が造ったとか,近年流行りのいわゆるスピリチュアル系は偽物であり危険だとか,ポジティヴ思考にこだわらなくてよい(ポジティヴ思考にこだわらせるのは思考を浅薄にする罠である,など)とか,自己実現という考え方は誤りだとか,思考停止に導く罠に陥らないようにしよう(自分の頭で考えることは大切なこと,聖なることでさえある)とか。

 このようなことが,フラットアース説から出発して考えて分かることとして語られているということ,ここにもしかすると巧妙な罠があるのではないか,と昨夜から少し思っている(私が見ている動画の中で話している人がそういう意図を持っている,という意味ではない。念のため)。つまり,フラットアース説はやはり誤りであるということが明らかに分かったときに,その勢いで聖書も神も否定し,危険なスピリチュアル系などに改めて流れる人々が出てしまうのではないか,ということである。

 というわけで確認するが,地球が平面であろうが球体であろうが,それは神が天地を創造したことを信じるか否かに特に影響を及ぼすものではない。あと,そもそも特に自然科学の領分に関してはべつに我々がどう考えどう生きるかに直結しているわけではない(と思う。たぶん)ので,文字通りに読んだら現代人にとっておかしい箇所があるとしても信仰上困るものではない。あと,聖書は自らのうちにも相互に矛盾する箇所を抱えた書物であるから,逐語的に正しいことを求めなくてよい。

 フラットアースそのものの真偽については,私はこの目ではどちら側の証拠になるものも見たことがないので,何とも言えない。常識的にはこれはトンデモの類なのかもしれないが,単に子どものときからそう教わってきたというだけで,ある立場を絶対に正しいとするのは確かによくないと思うので,敢えて地球球体論を支持することもせず,「私には分からない」とだけ言いたいと思う。ただ,フラットアース説を肯定するためには,これまでに何人もの人が南極点に到達したというのが捏造あるいは少なくとも誤解であったとしなければならない,ということはメモしておく。あと,南極大陸の周りをヨットで一周した人もいたそうだが,これもたぶん否定しなければなるまい。

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