入祭唱 "Inclina Domine aurem tuam ad me"(グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ38)

 明日の入祭唱を読んでみたら簡単だったので,久しぶりに書く。次回がいつになるかは分からない。

 GRADUALE TRIPLEX p. 326; GRADUALE NOVUM I pp. 314-315.
 gregorien.infoの該当ページ

 年間第21週に歌われる。1969年以前の典礼(=現行「特別形式」典礼)では,聖霊降臨祭後第15主日に歌われることになっている。

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Inclina, Domine, aurem tuam ad me, et exaudi me : salvum fac servum tuum, Deus meus, sperantem in te : miserere mihi, Domine, quoniam ad te clamavi tota die.
Ps. Laetifica animam servi tui : quoniam ad te, Domine, animam meam levavi.

【アンティフォナ】傾けてください,主よ,御耳を私に,そして私(の祈り)をよくお聴きください。お救いください,私の神よ,あなたに希望をかけているあなたのしもべを。私をあわれんでください,主よ,私はあなたに一日中叫び続けたのです。
【詩篇唱】喜ばせてください,あなたのしもべの魂を。あなたに向かって,主よ,私は自分の魂を高く上げたのですから。

 母音の長短も示すとこうなる(教会ラテン語においてどこまでこの通りかは分からないので,参考程度と捉えていただきたい)。
Inclīnā, Domine, aurem tuam ad mē, et exaudī mē : salvum fac servum tuum, Deus meus, spērantem in tē : miserēre mihi, Domine, quoniam ad tē clāmāvī tōtā diē.
Ps. Laetificā animam servī tuī : quoniam ad tē, Domine, animam meam levāvī.

 元テキストは詩篇第85(一般的な聖書では86)篇第1-4節であり,アンティフォナに第1-3節が,詩篇唱に第4節が引用されている(本来は詩篇全体を歌ったものであり,第4節がとられているのは単にアンティフォナの続きということである)。
 アンティフォナのもとはVulgataでなく,より古いラテン語詩篇書であるPsalterium Romanumローマ詩篇書であると考えられるが,その第1-3節の全部が採用されているわけではなく,削られているところがある。次に各テキストの比較を示す(大文字・小文字の使い分けや句読点は本来ないものなので取り除いた)。

 詩篇唱はVulgataから採られている(今の典礼書でそうなっているだけでなく,古写本を見ても,少なくともEinsiedeln 121ではそうなっている)。

【対訳と解説】

【アンティフォナ】

Inclina, Domine, aurem tuam ad me,
あなたの耳を私に傾けてください,主よ。
解説:
 いつもながら,全体訳では最初の語を訳文でも最初に持ってきたいと思って(最初の語がその日の典礼全体に影響することもあるから。この日はたぶん特にそういうことはないと思うが)敢えて倒置にしたが,自然な日本語の語順にすればこうなる。

et exaudi me :
そして私(の祈り)をよくお聴きください。
別訳:そして私(の祈り)を聞き入れてください。

salvum fac servum tuum, Deus meus, sperantem in te :
あなたに希望をかけているあなたのしもべをお救いください,私の神よ。
解説:
 「あなたのしもべ」は「私」の言い換え。
 「お救いください」と訳したのは "salvum fac" で,文字通りには「救われた(健康な,安全な)状態にしてください」という言い方になっている。
 "sperantem in te"(あなたに希望をかけている)が "servum tuum" を修飾している。

miserere mihi, Domine,
私をあわれんでください,主よ,

quoniam ad te clamavi tota die.
私はあなたに一日中叫び続けたのですから。

【詩篇唱】

Laetifica animam servi tui :
あなたのしもべの魂を喜ばせてください。

quoniam ad te, Domine, animam meam levavi.
あなたに向かって,主よ,私の魂を私は高く上げたのですから。
解説:
 グレゴリオ聖歌に親しんでいる人なら,アドヴェント第1週の入祭唱 "Ad te levavi animam meam" を思い出すところだが,あちらは詩篇第24(一般的な聖書では25)篇から採られた言葉である。

【逐語訳】

【アンティフォナ】

Inclīnā 傾けてください(動詞inclīnō, inclīnāreの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

Domine
主よ

aurem tuam
あなたの耳を(aurem:耳を,tuam:あなたの)

ad mē
私に(mē:私〔対格〕)

et
(英:and)

exaudī
よく聴いてください,聞き入れてください(動詞exaudiō, exaudīreの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

私(の言葉)を

salvum
健康な,安全な,救われた状態の

fac
(英:make)(動詞faciō, facereの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

servum tuum
あなたのしもべを(servum:しもべを,tuum:あなたの)

Deus meus
私の神よ(Deus:神よ,meus:私の)

spērantem
希望をかけている(動詞spērō, spērāreの現在能動分詞〔英語でいう-ing形〕,男性・単数・対格)
● 対訳のところで述べた通り,“servum tuum“ にかかる。

in tē
あなたに
● 直前の „sperantem“ を補い,「誰に」希望をかけているのかを示す。

miserēre
あわれんでください(動詞misereor, miserērīの命令法・受動態の顔をした能動態・現在時制・2人称・単数の形)

mihi
私を(与格)
● 動詞misereor, miserērīの目的語は,属格のことも与格のこともある。

Domine
主よ

quoniam
なぜなら~だから,~であるからには
● この接続詞は „quia“ 同様,大ざっぱに言って英語でいうところのbecauseの意味なのだが,何か事実であること・相手にも認められていることを示して「~であるからには」と言うのが特徴のようである。

ad tē
あなたに向かって

clāmāvī
私が叫んだ(動詞clāmō, clāmāreの直説法・能動態・完了時制・1人称・単数の形)

tōtā diē
一日中(tōtā:全,diē:日〔奪格〕)

【詩篇唱】

Laetificā
喜ばせてください(動詞laetificō, laetificāreの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

animam
魂を

servī tuī
あなたのしもべの(servī:しもべの,tuī:あなたの)
● 直前の „animam“ にかかる。

quoniam なぜなら~だから,~であるからには

ad tē あなたに向かって

Domine 主よ

animam meam 私の魂を(animam:魂を,meam:私の)

levāvī 私が軽くした,私が上げた,私が起こした(動詞levō, levāreの直説法・能動態・完了時制・1人称・単数の形)

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