涙の残像
都内から郊外へ向かう地下鉄直通の路線。
平日の昼間だが、コロナが開けてからこんなに空いているのは珍しい。
ドア左脇に席に座り、しばしスマホをいじっていた。
電車が地上に出て、ふと顔を上げると、ドアの右脇に立っている若い女性が目に入った。
スマホで動画でも観ているのか、はたまたメールでも読んでいるのか。
ふいに、彼女の両目から涙がスーッと流れ落ち、マスクの中に消える。
一呼吸おいて、またスーッと。
何故か、目が離せない。気づかれないようについ見てしまう。
彼女もこちらに気づいたのだろう。私から隠れるように席に座った。そう。席はいくらでも空いているのだ。
しかし、まだ涙を流し続けている気配がする。
何かよほど辛いことがあったのだろうか。
空いている電車の中は、人知れず泣くには良い空間だったかもしれない。
ある男の存在を除けば...。
次の駅の到着を告げるアナウンスが流れる。
怪しいオジさんは、ここで消えるから
貴女もどうぞ気をつけて
と心の中で呟き、車外へ出る。
「ありがとう...。」
背後から確かにそう聞こえた。
振り返るが
走り去る電車の残像だけだった。