見出し画像

エスカレーターと合理的利他主義

 コロナ禍のころ、フランスの思想家ジャック・アタリの「合理的利他主義」が注目された。合理的利他主義とは、利他主義が自分の利益になる合理的な選択である、という考え方だ。将来の世代といった他人のために行動すれば、長期的に見ると自分に利益をもたらす。他人にした親切は巡りめぐって自分に戻ってくる。いうなければ、「情けは人のためならず」である。

 アタリ氏によれば、いまの資本主義社会では「自分さえ良ければよい」という利己主義が蔓延している。そのために、貧困や格差、気候変動や戦争といったさまざま危機に襲われている。将来予想される最悪の事態を避けるために、われわれは「合理的利他主義」を身につけなくてはいけない…‥これがアタリ氏の考えである。

「合理的利他主義」が新型コロナ禍において注目された理由はよくわかる。そのころ、ステイホームやマスクの着用が呼びかけられた。家にじっとしていれば、マスクをつければ、感染は広がらない。全員が我慢をすれば、コロナの感染を防ぐことができる。自分もコロナに罹らない。けれども、人間は誘惑に弱いので、「自分ひとりぐらいなら大丈夫」とマスクをつけずに歓楽街に遊びに行きたいと考える。しかし、このような非協力的な行動をたくさんの人が取れば、感染は広がって自分もコロナに罹って損をする。

 アタリ氏は「合理的利他主義」を「利己的な利他主義」とも呼んでいる。つまり、目先の利益を追いかける、あさはかな利己主義はニセモノ。他人に協力して自分の利益を最大化する、かしこい利己主義を貫けば、世界はきっとよくなる、というわけだ。

 たしかにアタリ氏が指摘するとおり、合理的利他主義が広がれば、世界はよくになるに違いない。そのことに異論はない。けれども、こんな素朴な疑問が浮かんでくる。じゃあ、なんで多くの人が「合理的利他主義」に基づいて行動しないのかってことだ。   

ここから先は

2,600字
記事単体でも購入できますが、購読のほうがお得です。

ノート

¥500 / 月

現在執筆中の本の草稿を掲載していきます。 悪意といったテーマになるかな、と。 目標は月2回以上の更新です。また、過去に執筆したエッセイや論…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?