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金持ち編集者 貧乏編集者

 ぼくが編集者として働き始めたころ、まったく異なるタイプの先輩の編集者がいた。ひとりは金持ち編集者、もうひとりは貧乏編集者と呼ぼう。
 ぼくは左派系の集まりやイベントによく顔を出していた。そこで出会ったのが貧乏編集者だ。いわゆる人文書にはリベラルや左派的な考えを持つ人が多い。しかし、そのなかでも一目置かれているぐらいの硬派な編集者だった。
 分厚くて難しいゴリゴリな本をかっこいいデザインで出版した。内容も尖りすぎていて万人受けしなかったが、人文業界の評価は高い編集者だった。

 めちゃくちゃ印象に残っている貧乏編集者の言葉がある。飲み会からの帰り、ふたりで電車に乗っていると、貧乏編集者が「俺たちがつくっているのは爆弾だろ」と言ったのだった。酔っ払っていたのでよくわからないが、おそらく、本というものは政治闘争における爆弾ぐらい破壊力を持つ武器であるべきだ、と言いたいらしかった。確かに彼が編集した本は革命を高らかに歌い上げる本が多かった。

 ぼくは貧乏編集者に憧れていた。あんなふうに尖った本をつくりたい、と思った。しかし、ぼくの考えた本の企画はぜんぜん会議を通過しなかった。ぼくの企画書をことごとく却下した編集長が、金持ち編集者だった。

 金持ち編集者はミリオンセラーも出したことがある伝説的な編集者だった。編集者の仕事とは書き手の表現を本という商品として成立させることだ、とぼくに教えてくれた。本が売れて利益が上がる。そうやって初めて書き手に印税を渡せるし、私たちの給料も払えるんだ、と。売れない本の企画ばかり考えたぼくはよく説教された。


 
 貧乏編集者に同業者の飲み会に何度か連れて行ってもらった。同じようにお堅い人文書を出している中小出版社の人が集まっていた。同じようにリベラルや左派的な考えの持ち主が集まっていた。ぼくが太田出版の人間だとわかると、その一人に「百田尚樹の本なんか出して恥ずかしくないのか」と問い詰められたことがあった。

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