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集団に謎ルールが残り続ける理由

(前回からのつづき)

 どの集団にも謎ルールが存在する。謎ルールとは、集団のほとんどのメンバーが嫌がっているにもかかわらず、なぜか存続しているルールのことだ。ぼくが勝手にそう呼んでいるだけなのだが。とはいえ、みなさんもこの理不尽な謎ルールに苦労した経験があるんじゃなかろうか。

 たとえば、会社であればサービス残業、学校であれば下級生へのシゴキ……などなどだ。なんのメリットもない。意味もない。やってる本人も内心では嫌がっている。けれども、一向に無くなる気配がない昔からの風習である。

「新しいルールに変えよう」とか「バカバカしい習慣、辞めませんか」と提案してみても、なかなか採用されない。合理的な根拠を説明しても、だ。それどころか、謎ルールに黙ってしたがわなければ、集団へ挑戦しているとみなされたりする。

この理不尽な謎ルールが、ぼくが集団を嫌う理由の一つである。

 しかし、ここからはたいへんお恥ずかしい話なのですが、ぼくは大学生のころに一年間ぐらいテニスサークルに所属していた。よくイメージされるような派手なテニサーではなくて、朝6時から自主練する体育会系だった。

 高校を中退してなんとか大学で入学したものの、どうも雰囲気になじめなかった。友人はほとんどつくれず、孤独感を味わっていた。そんなとき、勧誘で声をかけてくれたテニスサークルにどっぷりハマってしまったのだ。

 毎日、朝から晩までテニスの練習。大学の講義はすぐに行かなくなった。集団があれほど苦手だったのに、気づいたら上下関係の厳しいサークルの幹部になっていた。まあ、いまふりかえると、親元から離れた大学生が、カルトやセクト、マルチに洗脳されるのと似たようなものだったと思う。孤独感に耐えられず、たまたま出会った人間関係にしがみつき、考え方がすっかり変わってしまった。そんな感じだった。

 そのテニスサークルにはとても野蛮な飲み会があった。年に一度の団体戦。その打ち上げではチーム対抗の一気飲み対決が開催された。相手チームのメンバーに指名されたら、どちらが早くお酒を一気飲みできるかを競い合う。負ければ罰ゲームとしてもう一杯。まるで応援合戦のようにコールがかかる。コールは飲み会のあいだやむことはない。ゲロを吐く用のゴミ袋までわざわざ用意された。テニスで勝負したあと、お酒で勝負する、みたいな感じだった。

 もちろん、一気飲みはとても危険だ。最悪の場合は死ぬ。実際、たいていの参加者は酔い潰れて、二日酔いで苦しんだ。

 さて、サークルのメンバーはこういう野蛮な飲み会が大好きだったかというと、ぜんぜんそうではなかった。むしろ、イヤがっていた。団体戦が近づくにつれて、憂鬱そうにしていた。だったら、やめればいいのに。しかし、サークル伝統の恒例行事だからと、野蛮な飲み会は存続していた。

 幹部は絶対参加で、一番飲まされるのだ。なんとしても野蛮な飲み会を回避したかったぼくは、幹部の立場を利用して、飲み会を中止にしようと画策した。先輩に相談したところ、こんな答えが返ってきた。「いや、おれも本当はやめたいんやけど、ほかの人がどう言うかなあ」と。

 これが、集団に謎ルールがいつまでも残る理由である(ちなみに、けっきょくぼくは団体戦には出場したくせに、野蛮な飲み会は「体調が悪い」とズル休みしたのだった)。

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