最近のヘッジファンド事情

最近のヘッジファンド事情


 今回は、わかっているようで意外にわかっていない最近のヘッジファンド事情を、できるだけ整理してわかりやすく解説したい。


その1  ヘッジファンドとは?


 ヘッジファンドの一般的な定義は、顧客資金を預かりレバレッジを掛けて投資収益を追求する投資ファンドであるが、インデックスとの競争ではなく「絶対パフォーマンス」を追求するものである。従ってブラックロックなど一般的な機関投資家や、KKRなどプライベートエクイティファンドや、不動産ファンドや、ヘッジファンドそのものを運用対象とするファンズ・オブ・ファンズや、バークシャーハサウエイなどはヘッジファンドに含まれない。

 ヘッジファンドの運用は、それぞれの得意分野に特化するため、いくつかのタイプに分けられる。最近はマルチストラテジー型、クォンツ型、株式特化型、ディストレス型、(なぜか含まれている)アクティビスト型などである。

 一般的にヘッジファンドは運用資産に対し平均2%の運用報酬と20%の成功報酬を毎年徴収する。その一方でヘッジファンド主宰者や主要ファンドマネ=ジャーは自己資産の8割以上を運用するファンドに投入するといった縛りがある。顧客の支払う報酬はファンド持ち分で支払われることも多く、その大半を受け取る主宰者は結果的にファンドの最大保有者となり、その値上がり分も含めて時には天文学的な個人所得となる。

 米SECはリーマンショック直後の2009年に運用資産が3000万ドル以上のヘッジファンドに登録と定期的な報告を義務付けた。運用の実態が米国内にあれば、運用会社が米国籍でなくても、またファンド所在地が海外オフショアでも登録・報告が必要である。1998年のLTCMのようにファンド破綻で積みあがったポジションが金融市場を混乱させる事態を避けるためであるが、2022年に無届けヘッジファンドのアルケゴスが破綻して混乱するなど問題が完全に制御されているわけではない。

 登録済みヘッジファンドの運用資産総額(レバレッジ前)は、リーマンショック直後の2009年末が1.2兆ドル、2018年末(つまり5年前)は2.8兆ドル、2023年末が4.6兆ドルで「急拡大中」である。ファンド総数も直近で1万5000を超えているが、運用不振で毎年消えていくファンドも多い。


その2  ヘッジファンドの運用成績は? また利益を上げ続けるヘッジファンドとは?


 まずヘッジファンドは高額の運用報酬や成功報酬を徴収しているため「さぞかし」高いパフォーマンスを上げていると思われるが、決してそうではない。

1月22日にLCHインベストメンツが2023年のヘッジファンド全体の利益(報酬控除後、以下同じ)と、運用開始以来の利益総額の上位20社のファンド名を発表している。5年くらい遡れる上位20社とヘッジファンド全体の利益総額から始めたい。

 ちなみにLCHインベストメンツとは調査会社ではなくファンズ・オブ・ファンズ運用会社で、自社の営業のために「迅速に」集計してくれている。

 2023年は上位20社の単年の利益総額が670億ドル(9.9兆円、平均利回りが10.5%)、ヘッジファンド全体の利益総額が2180億ドル(32.2兆円、同6.4%)と、どちらも過去最大となった。ところが2023年のS&P500は配当を除いても24.2%上昇している。2023年に限らずヘッジファンドの運用成績は「ほぼ毎年」S&P500に負け続けており、単年でもS&P500のパフォーマンスを上回るファンドは上位20社の中でも「ほんの一握り」である。

 FRBの利上げが開始された2022年は単年で上位20社の利益合計が224億ドル(利回りが3.4%)、全体が2080億ドルの損失(マイナス6.9%)だった。S&P500も19.4%下落しているため、さすがに「絶対パフォーマンス」を追求するヘッジファンドの「ご利益」が出たことになるが、過去にはヘッジファンドが値下がりしたS&P500をさらに下回るパフォーマンスだったこともある。

 2021年は上位20社の利益合計が654億ドル(10.5%)、全体が1760億ドル(5.0%)、S&P500が26.9%上昇、コロナ禍に見舞われた2020年は上位20社が635億ドル、全体が1270億ドル、S&P500が16.4%上昇、2019年は上位20社が593億ドル、全体が1780億ドル、S&Pが19.6%上昇である。

 ちなみに消滅したものも含めて全ヘッジファンドの運用開始以来の利益合計が1.6兆ドル(236兆円)らしい。「意外に」少ないと感じる。

 2019~2023年の5年間に限っても(大幅下落した2022年も含めて)ヘッジファンドは運用報酬がタダみたいな株式インデックスファンドにパフォーマンスで負けている。

 それでは世間はなぜ高い運用報酬を支払ってまでヘッジファンドに投資するのか?

 それはヘッジファンドの中には「ほんの一握り」ではあるが、インデックスを上回る「絶対パフォーマンス」を上げ続けているファンドがあるからである。

 その辺を運用開始以来の累計利益の上位20社で解説する。上位20社の顔触れは毎年少しずつ入れ替わっているが、最近は意外に固定している。また20社の順位も微妙に変化しており、上位20社の中でも「利益を上げ続けているファンド」と「振るわなくなっているファンド」があることになる。

 それでは1月22日に発表されたばかりの2023年終了時における運用開始以来の利益合計ランキング上位20社と、その主宰者(創業者)や運用の特色をランク順に解説していく。当然に活動中のヘッジファンドに限られている。

 大きなヘッジファンドは複数のファンドを運営しているが、すべての合計である。また20社全部を詳しく解説する紙面がないため、とくにご紹介したい10社程度と、最近ランク外に去ったいくつかの著名ファンドだけとする。


その3  運用開始以来の利益合計上位20社から第1位~第7位


第1位  シタデル(Citadel) 2023年終了時の利益合計が740億ドル(10.9兆円)

 シカゴ出身のケネス・グリフィンがハーバード大学の学生寮で取引を開始し、1990年にシタデルの前身会社を設立して運用を開始する。今も活動拠点はシカゴにあるが、税金対策のためか2023年にシタデル本社とグリフィンの個人居住地をマイアミに移している。シカゴのあるイリノイ州はNY州やカリフォルニア州と同じ民主党が支配しており、最近になって財政状況や治安が急激に悪化しているからである。

 シタデルは1年前の2022年年終了時にブリッジウォーター(後述)を抜いて利益合計ランキングトップとなった。運用タイプは「ありとあらゆるもの」に投資するマルチストラテジー型で、グリフィンはシタデルの85%を所有する絶対オーナーであり今も運用の先頭に立つ。

 グリフィンはまだ55歳と若く長く「シカゴの天才」と呼ばれてきたが、2008年のリーマンショックで運用資産の50%以上を失い破綻寸前となる。グリフィンは2013年に失った資産を回復するまで運用報酬も成功報酬も受け取らなかった。それが業界のルールであるが、新しいファンドに組み替えて「こっそりと」報酬を受け取っている主宰者もいる。

 2023年のシタデルは単年でも81億ドル(2位)の利益を上げているが、株式市場が急落した2022年には160億ドルとヘッジファンド史上、単年の最高益を上げている。また2019~2023年の5年間の利益合計も433億ドルとトップである。

 シタデルの2023年終了時の運用資産は568億ドルと、運用開始以来の利益合計である740億ドルより少ない。これは投資家の一定の償還請求に応じているからであるが、あまり運用資産が拡大することも運用の観点から好ましくない。仮に2019年~2023年の5年間の運用資産が568億ドルで一定だったとすると、そこから433億ドルの利益を上げていることになり、5年間のS&P500(47.4%上昇)のパフォーマンスも上回る数少ないヘッジファンドとなる。

 グリフィンはヘッジファンド以外に、全米有数のHFT(超高速取引業者)であり現物株オプション取引業者であるシタデル・セキュリティーなども所有している。つまりグリフィンはヘッジファンド以外からも収入があり、最近の個人所得額(なぜか非公開となっているが)年間数十億ドルに上るはずである。保有するファンド持ち分の評価益も計上するからであるが、スポーツ史上最高額となった大谷選手の10年7億ドルの何倍もの所得を毎年稼いでいることになる。

 ちなみにグリフィンはケタ違いの高額所得者が並ぶヘッジファンド業界でも「突出した」存在であるが、それでもフォーブスが発表する2023年個人資産額では35位(372億ドル)でしかない。トップはLVMH会長のベルナール・アルノーの2110億ドルである。


第2位  DEショー(Shaw) 運用開始以来の利益合計が561億ドル(8.3兆円)


 創業者のデビッド・エリオット・ショー(72歳)の名前がそのまま社名となっている。もともとショーはコンピューター学者で米国政府の依頼でスーパーコンピューターを開発していたが品質に満足できず、開発資金も足りなかった。そんな1986年にモルガンスタンレーにスカウトされて自己裁定株式取引チームの責任者となる。ちょうどウォール街がNASAなど政府機関から人材を受け入れていた時期である。

 ショーは2年後の1998年にDEショーを設立し、スポンサーから2800万ドルを確保してニューヨーク大学近くの書店の2階で取引を始める。今では「当たり前」となっている株式のロング・ショートの組み合わせで安定的な利益を上げ、そのまま各種取引手法を開発して利益を積み上げていく。大学教授だったジェームス・シモンズ(後述)と並ぶ「クォンツの雄」である。まだまだ現役で後継者も定めていない。

 DEショーは2023年単年も42億ドル(6位)を稼ぐなど運用成績上位の常連で、運用開始以来の利益合計は561億ドル、2019~2023年の5年間でも270億ドルの利益を上げている。2023年の年末時点の運用資産が439億ドルなので、やはり直近5年間のS&P500のパフォーマンスを上回っている。

DEショーにはアマゾン創業前のジェフ・ペゾスが一時期在籍していた。


第2位 (同率) ミレニアム(Millenniam) 利益合計が561億ドル(8.3兆円)


 イスラエル・イングラーが知人と1989年に設立したマルチストラテジー型のヘッジファンドである。同タイプのシタデルとの違いは、東京を含む世界主要都市に拠点を置き現地の金融機関や証券会社とタイアップして運用資産を積み上げる手法で、その運用対象や手法もスタート時に金融機関や証券会社と協議して取り決めている。

 従ってイングラーの存在感は(たぶん個人所得も)、シタデルのグリフィンと比較して「控え目」のはずである。

 その運用は好調で、開設以来の運用利益が561億ドル、2023年単年の利益が57億ドル(4位)、2016~2023年の5年間で377億ドルとシタデルに次ぐ2位の利益合計である。もちろん直近5年間のパフォーマンスはS&P500を上回っているが、仲介した金融機関や証券会社にも「そこから」利益配分するため、最終投資家の利益は当然に減る。


第4位  ブリッジウォーター(Bridgewater) 利益合計が558億ドル(8.2兆円)


 レイ・ダリオ(74歳)が1971年にNYでスタートしたブリッジウォーターは、マルチストラテジー型でダリオの独特な投資哲学で規模を拡大し、2013年に世界最大のヘッジファンドとなる。運用資産は2019年に1300億ドルを超えるが、運用開始以来の利益合計も2018年末には579億ドルとなり、その後も長く利益合計トップを維持する。

 つまりブリッジウォーターもレイ・ダリオも、2018年ころまでは世界で最も評価されているヘッジファンドと同主宰者であり、自然に投資資金が集まっていた。

 ところがそのあたりから風向きが変わる。運用資産が1300億ドルを超えた2019年の単年利益がわずか6億ドル(利回りが0.5%)となり、コロナ禍で相場が乱高下した2020年には何と121億ドルの巨額損失となる。

 これはダリオの投資哲学が突然に効果を失ったというより、運用資が拡大しすぎてボラティリティが急拡大する市場に対応できなかったからと考える。その後のブリッジウォーターもダリオも輝きを取り戻せず、2023年終了時点の運用開始以来の利益合計が558億ドルと、2019~2023年の5年間の利益合計はマイナス21億ドルで、運用資産も725億ドルまで減っている(運用に一部でも関わっているファンドを加えると、まだ1500億ドルあるらしい)。

 レイ・ダリオは投資家からの圧力に屈して2022年9月に自ら設立したブリッジウォーターの経営権と運用最終決定権をニル・バーディーに移譲している。ただトップが交代した2023年も26億ドルのマイナスとなっている。


第5位  エリオット(Elliott) 運用開始以来の利益合計が476億ドル(7.0兆円)


 初めてアクティビスト型が登場する。ポール・エリオット・シンガーが主宰するエリオットは世界最強(最凶)のアクティビストと言われる。もう79歳であるが、まだまだ最前線で指揮を執っており、2023年単年で55億ドル(5位)、2019~2023年の5年間でも219億ドルの利益を上げている。

 エリオットといえば2001年にデフォルトしたアルゼンチン国債をタダ同然で買い集め、10年以上の法廷闘争を経て元本に延滞利息を加えた「ほぼ」満額を回収したことで有名であるが、本来は企業を攻撃するアクティビストである。

 アクティビストとしての成功の代表例は、2019年に株価が低迷していたAT&Tに32億ドル投資し、保有株比率が1%程度だったにもかかわらず、854億ドルの巨費で買収していたタイムワーナーとの経営戦略を見直させて株価上昇に結びつけた。AT&Tのような巨大企業でも果敢に攻め込む。エリオットに追随するアクティビストも多いからである。

 エリオットは日本企業も結構攻撃しており、2020年2月には株価急落中のソフトバンク・グループ(SBG)に30億ドルつぎ込み、2.5兆円の自社株買いを呑ませて短期間で株価を3倍弱にして売り抜けている。

 またファラロン(Farallon、上位20社の第10位のアクティビスト型のヘッジファンド)とともに東芝に取締役を派遣して非上場化を取り仕切り、日本産業パートナーズによる高値TOBを引き出して巨額利益を上げている。

 2023年初めには大日本印刷(DNP)にも投資して3000億円の自社株買いに踏み切らせている。エリオットの利益には日本企業もずいぶん貢献している。


第6位  ソロス(Soros) 運用開始以来に利益合計が439億ドル(6.5兆円)


 第一世代のヘッジファンドであるが、実はずいぶん前から本格的な運用を停止してファンド解散の準備に入っているはずである。従って最近の利益も公表しておらず、利益合計も439億ドルから変化していない。つまりまだ精算していないのでランキングに残っているだけである。

 最近のジョージ・ソロス(93歳)は慈善活動や政治活動に力を入れており、2023年6月に極左団体支援の慈善団体であるオープン・ソサエティ・財団の経営権を息子のアレックス・ソロスに譲っている。今でも市場では時々ソロスの名前が出てくるが、本当に自身で運用しているかどうかはわからない。

 ソロスの片腕と言われたスタンレー・ドラッケンミラーも2010年に運用の第一線から退いている。


第7位  TCI(The Children‘s Investments)開始以来の利益合計が413億ドル(6.4兆円)


 クリス・ホーン(57歳)が2003年に設立した英国籍のアクティビスト型ヘッジファンドである。2023年単年の利益が129億ドルとトップで、2019年、2021年にもトップとなっている。2022年は保有するアルファベット株の下落で18%ものマイナスとなったが、2023年はその大幅反発でトップに返り咲いた。

 アルファベット株への投資目的はもちろん「株主の立場で経営陣を攻撃して体質改善を図るため」で、上位20社で数少ない「米国籍でない」ヘッジファンドとして、とくに米巨大テック企業に対する考え方が違う。TCIの2019~2023年の5年間の利益も269億ドルと、シタデル、ミレニアム、DEショーに次ぐ第4位である。

 日本では2006~2008年に電源開発(Jパワー)に投資していたが、株主提案が否決され売却損を出して撤退している。2010~2014年に投資したJTは、かなりの実現益となったはずである。

 ここまで見てきたように、いま最も勢いのあるヘッジファンドは、シタデル、DEショー、ミレニアム、エリオット、TCIの5つである。時節柄アクティビスト型のパフォーマンスが良好である。


その4  運用開始以来の利益合計上位20社の第8位以下から


 上位20社の8位以下から2つだけ選んで解説する。どちらも環境の変化にも関わらず「しぶとく生き残っている似た者同士の」ヘッジファンドである。


第12位  アパルーサ(Appalousa) 運用開始以来の利益合計が350億ドル(5.2兆円)


 ピッツバーグの中流ユダヤ人家庭に生まれたデビッド・テッパー(66歳)が、苦学してカーネギー・メロン大学でMBAを取得してゴールドマン・サックスのジャンクボンド・セクションで活躍するが、パートナーになれなかったため退職して1983年にアパルーサを設立する。

 上位20社の中で唯一のディストレス型のヘッジファンドである。アパルーサは2008年のリーマンショック前後に国有化が懸念されていたシティバンクやバンクオブアメリカの貸付債権を大幅ディスカウントで取得して後に大幅利益となる。テッパーとジョン・ポールソン(後述)が2009年に受け取った40億ドル(当時の為替で4000億円)は今もヘッジファンド主宰者の最高所得となっている。最近のグリフィンは傘下の証券会社からの報酬を含めれば、それを上回っているはずである。

 アパルーサはその頃に3度、上位20社で利益トップとなるが、最近は金余りでディストレス市場に買いチャンスが少ない。それでも2023年単年は27億ドル(11位)の利益を上げている。つまり環境の変化に対応できている。

 テッパーは2018年にNFLのカロライナ・パンサーズを23億ドルで買収している。


第13位  SACまたはPoint72 運用開始以来の利益合計330億ドル(4.9兆円)


 スティーブ・コーエン(67歳)もNYロングアイアンランドの中流ユダヤ人家庭に生まれ、ペンシルバニ大学ウォートン校を出て地場の証券会社に就職する。手張りで収益を上げ60%ものコミッションを得ていたが、それでも飽き足らず1992年に仲間とSACキャピタルを創設し、コーエンの自己資金1000万ドルに顧客資金を加えて運用を開始する。もちろん株式特化型のヘッジファンドで、当初は成功報酬を50%としていたが、実際に利益が上がるため投資資金も集まり陣容も拡大していった。

 その取引手法とは「インサイダーすれすれ」のもので、SACはだんだん捜査当局に注目されることとなり、とうとう2013年には過去最大の罰金18億ドルを徴求され、顧客資金の運用を禁止されてしまう。

 コーエンはSACを改組してPoint 72として顧客資金を返却し、一族と仲間だけの資金を運用するファミリーオフィスとして現在に至る。それでも2023年は30億ドル(10位)の利益を上げている。この利益はすべて一族と仲間だけに帰属することになる。コーエンも環境の変化に対応できていることになる。

 ところでコーエンは2020年にMLBのNYメッツを24億ドルで買収している。現在もMLBオーナーの中で最大資産(198億ドル)を保有しており、積極補強で知られている。ドジャースと契約前の大谷選手も自宅に招いて食事している。


その5  上位20社のランク外となったヘッジファンドから


 ランク外となったヘッジファンドから3つ選んで解説する。上位20社に入っていないと、なかなか近況が伝わって来ないものである。


ルネッサンス・テクノロジーズ(Renaissance Technologies)


 ジェームス・シモンズ(75歳)はハーバード大学とMITで数学教授だったが、1988年にクォンツ型のメダリオンを設立して運用を開始する。メダリオンはルネッサンス・テクノロジー傘下で活動するが、シモンズがルネッサンスのオーナーであるわけではない(オーナーのロバート・マーサーは米国共和党の主要支援者である)。

 そしてそのメダリオンは「すざまじい」パフォーマンスを上げ続ける。メダリオンは運用報酬が5%、成功報酬が44%と通常の倍以上であったが、それでも運用を開始した1988年から2018年までの(報酬控除後で)年平均37%の収益を上げていた。1ドルが30年後に42000ドルになっている計算で、ウォーレン・バフェットとシタデルのケン・グリフィンが19%である。

 メダリオンは1993年に顧客資産を返却し、シモンズ一族と仲間だけの資金を運用していたはずである。シモンズもこの時期のヘッジファンド主宰者の高額所得者の常連であった。

 LCHインベストメンツが発表する上位20社は傘下のすべてのファンドを合わせて発表するため、ルネッサンスも2019年時点では運用開始以来の利益合計が223億ドルで上位20社に入っていた。

 ところがルネッサンスは2020年に30%を超える損失を出し、以来上位20社から消えたままである。しかしメダリオンに損失が出ていたかどうかは確認できない。現在もメダリオンは運用を続けているはずであるが、上位20社から消えているため実態が分からない。それでもシモンズが一族と仲間だけの資産となったメダリオンの運用を続け、利益を出し続けているはずである。


タイガー・グローバル(Tiger Global)


 タイガー・グローバルは2020年に104億ドルと業界トップの利益を上げ、一躍上位20社入りした。ソロスと並ぶヘッジファンド第一世代であるタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソン(つい先日、90歳で亡くなった)の下にいたチェイス・コールマン(48歳)が2004年に設立したタイガー・グローバルは、最初は未公会企業に投資するプライベート・エクイティの運用会社だった。

 中国企業など未公開企業の新規公開が続いて2020年の巨額利益となったが、間もなく逆風となる。2022年に50%を超える損失となり、2022年は30%近く回復したが。まだ上位20社には復帰できていない。

 コールマンも48歳と若いが、中国関連のポートフォリオがどれくらい沈んでいるかわからないため、まだまだ厳しい時間が続きそうである。


ポールソン&カンパニー(Paulson&Co.,)


 リーマンショック時に住宅担保付債券の大規模なカラ売りで巨額利益を上げ、デビット・テッパーと同額の40億ドルの最大個人所得を得たジョン・ポールソンであるが、テッパーが環境に変化に対応しながらまだ利益を上げて生き残っているが、ジョン・ポールソンのその後はパッとせず2020年に上位20社から消えてしまった。

 住宅担保付債券の大規模なカラ売りといっても、ゴールドマンが組成する仕組み債券のうち「住宅担保付き債券の価格が上昇すれば損失を被る」部分の販売に困り、すべてポールソンに押し込んでしまっただけである。そこからたまたま住宅担保付債券が暴落したため巨額利益となっただけで、ポールソンのアイデアでも何でもない。

 だからもうジョン・ポールソンが復活することもない。

 最後に余談であるが、ネットを検索するとケネス・グリフィン(シタデル)、レイ・ダリオ(ブリッジウォーター)、ポール・シンガー(エリオット)、デビッド・テッパー(アパルーサ)、スティーブ・コーエン(SACまたはポイント72)、ジェームス・シモンズ(メダリオン)といった顔写真が出てくる。

彼らの「面構え」を眺めてみることも一興(いっきょう)である。以上、最近のヘッジファンド事情である。