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割安株を探せ! 【3回目】

割安株を探せ!   セブン&アイ・ホールディングス


 日本最大の小売企業であるセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)は8月19日、カナダのコンビニエンス大手であるアリマンタンシォン・クシュタール(以下、アリマンタン)から買収提案を受けていると発表した。提案内容は明らかにされていない。

 株式市場で話題を集めているが、このアリマンタンは買収ファンドでも「物言う株主」でもなく、れっきとした同業大手であり、しかも1980年の創業以来、欧米の企業買収で大きくなってきた。今回も「それなり」の調査と勝算をもって買収提案しているはずである。

 その前に、優良企業であるはずのセブン&アイが割安株なのか?となるが、恵まれた経営資源と確立された優越的地位を現在の「軽量級」経営陣が活かし切れておらず、逆に独自色を出そうと海外コンビニ事業に過剰に入れ込み、また「物言う株主」に迫られて百貨店事業をハゲタカに超安値(というより実質マイナス価格)で売却してしまうなどドタバタが続き、株価はすでに「実力と比較して」十分に割安である。

 今回は、できるだけ数字の引用を少なくして(株価に関連するところだけにして)、本質的なところを中心に書いていくつもりである。また最後に、このアリマンタンの買収提案の「行方」を予想する。


その1 買収提案を受けたセブン&アイの「初動」は?


 買収提案を受けたセブン&アイは、さっそく社外取締役だけで構成する特別委員会を立ち上げて提案内容の精査を始めている。経済産業省が2023年8月に取りまとめた指針に沿った行動であるが、さすがにここで「はい、買収されましょう」とはならない。

 セブン&アイも常に「物言う株主」から攻撃されているが、その社外取締役は東芝のように「物言う株主」から派遣されているわけではなく、「物言う株主」が有利となる方向に誘導する必要もないからである。

 それでも今回の特別委員会は、内外の著名な(値段が高いだけの)M&Aアドバイザー、弁護士事務所、会計事務所などを「山ほど」雇って、これから下す結論に「権威」を付加しようとするはずである。

 現実的にこれはほとんど無意味であるだけでなく(カネの無駄であるだけでなく)、時にはホワイトナイトと称して「もっととんでもない」ハゲタカに買収される案とか、株式の非公開化が推奨される。

 その理由は単純で、そうするとこれら(値段が高いだけの)内外のM&Aアドバイザーや弁護士事務所などに時には投資銀行が加わって収益機会が(べらぼうに)増えるからである。非公開化はそんなハゲタカが食い荒らしても外から見えないようにするためである。

 少なくとも従業員や取引先や一般株主のためにならないが、世間にはそんな「笑ってしまうようなマッチポンプ」が結構ある。さすがにセブン&アイほどの規模になるとそうはならないと思うが、一応は警戒しておくべきである。

 だから特別委員会は結論をすぐに出せず、アリマンタンも今回は単なるジャブで本当の戦略は簡単に見せないはずである。

 それではアリマンタンは、なぜセブン&アイを買収したいのか?

 愚問であるが、もちろんセブン&アイの収益性、資産内容、将来性、知名度などと比較して買収金額(株価)が安いからである。

 セブン&アイの本日(8月26日)の株価(終値、以下同じ)は2038円、時価総額が5兆円3080億円、予想PERが18.2倍、実績PBRが1.39倍、予想配当利回りが1.96%(1株=40円)となっている。

 この株価が割安かどうかは、これからいろいろ検証していくが、さすがに株価は買収提案のニュースが出る前営業日である8月16日の1761円より15.7%高い。

 それでも2024年高値の2230円(2月29日)は下回ったままである。セブン&アイは3月1日付けで1:3の株式分割を行っており、2月29日は最低取得金額が大幅に引き下げられた直後だった影響もある。ここから出てくる株価はすべて分割後に調整してある。

 またセブン&アイは2023年12月1日~2024年5月31日に1100億円の自社株買いを完了させている。買い入れた分割後換算で5477万株(自己株を除く発行済み株数の2.06%、平均買い入れ価格=2008円)はすでに全株消却しており、発行済み株数が26億455万株となっている。

 貴重な現金を1100億円も使った自社株買いも、セブン&アイの株価にあまり影響がなかったようである。昨年末(2023年12月29日)から本日(2024年8月26日)までの株価上昇率はセブン&アイが9.2%であるが、同じ小売り大手のファーストリティリングの32.5%、イオンの19.6%を大きく下回り、日経平均の13.9%にも届かない。

 それでは仮にアリマンタンが現在のセブン&アイの時価総額に10%程度を上乗せした6兆円ほどで買収すると発表したらどうなる?

 不思議にそういう声が出ていないが、日本中で「冗談じゃない」とならなければおかしい。

 冒頭で書いたように、セブン&アイの現在の「軽量級」経営陣が恵まれた経営資源と確立された優越的地位を全く生かし切れていないだけでなく、迷走を繰り返して企業価値を棄損させているからである。そのまま日本を代表する企業を海外に売り渡してはならない。

 それではどうしてこんな「軽量級」経営陣が誕生し、どのような迷走を重ねた結果、同業他社から買収提案を受けるようなセブン&アイとなってしまったのか?


その2  偶然が重なって2016年4月に誕生してしまった「軽量級」経営陣


 セブン&アイの現在の井阪隆一・代表取締役社長を中心とした経営陣は、2016年4月に「実質創業者」である鈴木敏文・代表取締役会長兼CEO(当時)を結果的に追放して誕生した。

 コトの発端は、鈴木会長(当時)が主要子会社であるセブン・イレブン・ジャパンの井阪社長(当時、セブン&アイ取締役も兼務していた)を退任させようとしたところから始まる。単純に鈴木会長が井阪社長の実力を評価していなかったからである。

 しかしそこから井阪社長(当時)が「反撃」する。本来なら親会社の実力会長と子会社の社長の争いなので、井坂社長に勝ち目は無かったはずである。

 ところが鈴木会長の方が結果的に追放され、子会社であるセブン・イレブン・ジャパン社長の留任だけを求めていた井阪社長が、なんと親会社であるセブン&アイのトップとなり、そのまま8年後の現在に至る。

 そうなってしまった背景には、タイミング的に3つの偶然が重なっていたことがある。

 ちょうど日本の株式市場がコンプライアンス重視の風潮で社外取締役に主要ポスト指名権限が移っていたタイミングで、たまたまセブン&アイに「物言う株主」が現れていたタイミングでもあり、さらに親会社だったイトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊・名誉会長がそろそろセブン&アイのトップを息子の伊藤準郎に譲らせたいと考えていたタイミングが重なってしまった。

 そこへ井阪が子会社の社長残留を、指名権限が移ったばかりの社外取締役、鈴木会長を攻めあぐねていた「物言う株主(当時はサードポイント)」、そして伊藤雅俊・名誉会長それぞれに「切々と」訴えた。そこで三者それぞれの思惑が重なって「井阪残留」となった。

 ところがそれを見た鈴木会長が、自らの人事案(井阪退任)が否定されたとして辞表を提出してしまった。6月の株主総会も迫っていたため社外取締役で構成される指名委員会が井阪をセブン&アイの「暫定トップ」に指名し、「物言う株主」も議案賛成を約束し、伊藤・名誉会長も「将来的に息子の準郎への禅譲」を条件に承諾した。

 鈴木会長もセブン&アイが「すぐに」頭を下げて戻るよう懇願すると思っていたフシがあるが、一度権力を手放すと世間は冷淡になるもので、すっかり忘れ去られてしまった。

 これが真相である。

 セブン&アイは鈴木会長の作り上げた国内コンビニの各種運営システムが健在で、業績がすぐに悪化するわけでもないため「なんとなく」井坂体制が続くことになる。もちろん井阪社長以外の取締役は一部入れ替わっているが、依然として「軽量級」で最近は「官僚的」にもなっている。

 伊藤雅俊・名誉会長は2023年3月10日に98歳で亡くなったが、井阪社長はその前日に息子の伊藤準郎をセブン&アイの代表取締役副社長に引き上げたが影は薄く、「準郎を後継に」も通用しなくなっている。

 ところで伊藤雅俊の資産管理会社はセブン&アイの8.07%を保有する大株主である。単なる中堅スーパー(イトーヨーカ堂)の親父で終わるはずが、鈴木敏文とセブン・イレブンのおかげで(セブン&アイ株式だけで)数千億円の遺産となった。

 ところがこの資産運用会社の支配権は、伊藤雅俊の長男の裕久(大学教授)でも次男の準郎でもなく、他家に嫁いでいる長女の尚子が握っている。この辺は伊藤家の事情で外部が口をはさむべきではないが、ここから(アリマンタンに限らず)セブン&アイの争奪戦になれば、この株式の行方がカギを握ることになる。

 思い出すケースは、本社から独立経営だった日本マクドナルドを率いていた藤田田(ふじたでん)の株式が遺族によってすべて売却されたため、日本マクドナルドが「あっと」いう間に本社幹部に乗り込まれて「外国企業の日本支部」となったまま現在に至る。

 もともと日本発祥で本家(米サウスランド)まで吸収していたセブン&アイが、その高収益のコンビニ事業だけ(アリマンタンに限らず)海外勢に乗り込まれて、イトーヨーカ堂など不採算部門だけ切り捨てられる事態は「絶対に」阻止しなければならない。

 しかしセブン&アイの現在の株価では、(たまたまの円安も加わって)アリマンタンに限らず買収先は「必ず」出てきてしまう。


その2  井阪隆一はセブン&アイを、どのように舵取りしているのか?


 図らずも日本最大の小売企業であるセブン&アイを率いることになった井阪隆一は、コンビニのセブン・イレブン・ジャパン生え抜きの66歳である。

 父親は野村證券で「営業の神様」と言われた元副社の井阪健一である。当時の野村證券には「神様」が何人もいたが、間違いなくその1人である。退任後は野村證券投資信託委託会社(現・野村アセットマネジメント)社長・会長等を歴任し、まだご健在である。

 その息子の井阪隆一も決して「悪い人間」ではない。セブン・イレブン・ジャパン社長としての実績を鈴木敏文に否定されて反発しただけで、自らセブン&アイのトップを狙っていたわけでも、率先して鈴木を追放しようとしていたわけでもない。いくつかの偶然が重なって日本最大の小売企業のセブン&アイを率いるようになったが、残念ながらどこまで行っても「軽量級」である。

 極端な例えであるが、もしファーストリティリングの柳井社長兼会長が8年前に「何らかの偶然」が重なって追放され、数ある子会社社長の1人がファーストリティリングを率いるようになっていたら、現在の同社はどうなっているかを想像してほしい。

 もちろん「やってみなければわからない」となるが、現実は柳井社長兼会長が率いるファーストリティリングは純利益でセブン&アイを追い越し、さらに本日(8月26日)の株価は46360円と昨年末から32.5%上昇し、何よりもPBRが「成長株」の6.65倍まで買われて時価総額が14兆7527億円とセブン&アイの2.78倍となっている。

 先ほども出てきたが、セブン&アイの本日の株価は2038円と昨年末から9.2%しか上昇しておらず(実施時期が少しずれているが1100億円の自社株買いを完了させてこの株価である)、PBRは「低成長株」評価の1.39倍にしか買われず時価総額は5兆3080億円である。

 残酷な現実であるが、それが柳井の率いるファーストリティリングと「軽量級」の井阪が率いるセブン&アイの「8年分の差」である。

 問題は鈴木会長(当時)の「遺産」で2024年2月期のセブン&アイは前年比20%減とは言え2246億円の純利益を上げ、2025年2月期も2930億円の予想純利益となっているため、表立って井阪の経営責任を問う動きにならないことである。

 しかも2024年2月期の20%減益は百貨店部門の売却損という「一時的要因」で済まされている。

 これは「物言う株主(今回はバリューアクト)」に迫られた井阪が、そごう・西部をフォートレスなる「クセの悪い」ハゲタカに踊らされて2500億円で売却して利益が出るはずのところから、最後の最後になって8500万円と言われて1457億円もの特別損失となった「ほとんど事件」である。

 井阪の交渉は「素人以下」だったが、それでも最後の最後に「首をかけて」キャンセルできなかったところが「軽量級」である所以(ゆえん)である。例によってマスコミがほとんど騒がなかったため、過去からの負の遺産(不採算部門)を処分して特別損失が出ただけとされており、井坂の「犯罪的ポカ」が表に出ず責任も追及されていない。

 また井阪は鈴木会長(当時)の「遺産」をさらに活用しようとはせず放置し(だから国内コンビニ店舗のサービス劣化が激しい)、独自色を出そうと海外(とくに北米)コンビニ事業に「異常に」入れ込んでいる。

 2021年6月に、ガソリン併設型コンビニを約3800店舗展開するSpeedwayを210億ドル(当時の為替で2.3兆円)で買収して、13000店舗を超える北米最大のコンビニ運営会社となった。Speedwayの買収前の営業利益が13億ドルで210億ドルは「とんでもなく」割高となり、実際に120億ドルもの「のれん」が発生している。

 それでもセブン&アイの2022年2月期における海外売り上げが初めて(決算の売り上げに反映されていない加盟店売り上げを加えた)国内売り上げを上回り、2024年2月期には海外売り上げが国内売り上げの2倍以上となった。

 飽和状態の国内コンビニ事業から海外コンビニ事業に軸足を移すことは間違いではない。しかし井阪が「軽量級」である所以は、北米の運営会社である7Eleven Incを率いるジョセフ・デピントを明らかにコントロールできておらず「暴走」させているところである。

 セブン&アイはSpeedwayの120億ドルを含む「のれん」消却(セブン&アイは国内基準会計なので20年定額償却である)と、金利が上昇するドル建ての借入れ金利を「本社経費」としているため、海外部門の損益が分かりにくい。

 それに加えてこれまでは好調な米国経済と加速する円安で海外業務は拡大していれば(とくに円建て)利益が上がっているように見えたが、これからは米国経済が一服し(だから利下げする)円安も止まるため、ツケが一気に出てくるはずである。すでに2024年3~5月期の海外事業の営業利益は前年同期比8割減となっており、足元ではもっと沈んでいるはずである。

 しかし井阪は「そんな」デピントに、2024年2月期に業績連動報酬も含めて77億円も支払っている。井阪本人は3億円であるが、これも「結構な」金額である。

 セブン&アイの2024年5月末時点における「のれん」は円建てで2兆1533億円となっており、大半がSpeedwayを含めた海外分である。償却負担も大きいが、海外部門が赤字転落すれば、この「のれん」の大部分が一括償却となってセブン&アイが巨額損失となる「潜在的リスク」がある。

 いうまでもなく海外原子力子会社(ウエスティングハウス)を全くコントロールできていなかった東芝は、そのウエスティングハウスから突然でてきた1兆円規模の巨額損失で東芝本体が傾いてしまったケースが思い出される。さらに東芝が負債を将来分まで含めて全額肩代わりた後、無借金で生産設備も受注残もある「超優良会社」となったウエスティングハウスを1ドルで手放してしまい、40億ドルほどを追加でドブに捨ててしまったというオチまで付いている。

 海外コンビニ事業のリスクは原子力発電事業より少ないと思われるが、セブン&アイの抱える2兆円を超える「のれん」の大半が海外コンビニ事業分で、これが一括償却となれば東芝が傾いた損失額を終える。

 当時の東芝経営陣と井阪の「軽量度」は、あまり変わらないような気がする。


その3 それでは今回のアリマンタンの買収提案はどうなるのか?


 結論から書くと、かなりの確立で取り下げるはずである。今回の買収提案には回答期限が無いらしく、最初からジャブだったはずである。

 今回は日本政府が「珍しく」セブン&アイは外資規制の対象であると言い出して買収を止めようとしているが、コンビニ事業だけなら外資規制の対象にはならない。しかし多数あるセブン&アイの子会社や関連事業の中に、金融関連、石油販売、貨物運搬、警備、農作物の品種改良など「外資規制の対象」と言えなくない事業もある。

 正直にいうと「かなり無理がある」と感じるが、アリマンタンは「それを理由に」買収提案を取り下げるはずである。外資規制が理由だとすれば「他の買い手」も出て来なくなり、セブン&アイの株価は「かなり」下落する。

 そこで「もっと有利な条件」で再度の買収提案を出して、今度は回答期限を短くして公表する。そうすると逆にセブン&アイに対する外資規制が「無理筋」と批判されて緩和されるかもしれない。

 緩和されなければまた取り下げて待つだけでよい。何度か繰り返していると買収金額が「さらに」有利になるか、どこかでセブン&アイに対する外資規制が緩和されるはずである。

 いずれにしても「軽量級」の経営陣である限り、セブン&アイに有利な状況とはならないと危惧する。