見事なまでにハゲタカに掠め取られたセブン&アイHDの「そごう・西武」

見事なまでにハゲタカに掠め取られたセブン&アイHDの「そごう・西武」


 セブン&アイHD(以下、セブン&アイ)は、ようやく懸案だった百貨店事業「そごう・西武」の譲渡を完了させた。

 しかし徐々に明らかになってきた譲渡内容から、「そごう・西武」は見事なまでにハゲタカのフォートレスに掠め取られただけでなく、そのフォートレスは自己資金を1円も投入することなく瞬間的に約900億円の現金が手元に残り、今後も「そごう・西武」を支配し続けることになる。

 そんな譲渡の詳細は後に詳しく解説するが、まさにセブン&アイは「そごう・西武」に現金を900億円つけてフォートレスに「謹呈」したことになる。

 これまでも「無能な経営者」を焚きつけたハゲタカが日本企業を丸ごと買収して「濡れ手に粟の利益」を独占する事例が数多くあるが、これほど見事に「やられた」ケースは記憶にない。

 その背景には、2016年4月に「実質創業者」である鈴木敏文・会長兼CEO(当時)を社内クーデターで追放してトップとなった井坂隆一社長を中心とする現在の超軽量級経営陣の無能さと、保身に走るだけの体質がある。

 その辺を出来るだけ分かりやすく解説するとともに、もう手遅れではあるが何とか白紙撤回させる方法がないかも検討してみる。このままだと間違いなく株主代表訴訟の嵐となるが、それは自業自得である。しかしそうだからと言ってハゲタカに不当利益を与える必要はもっとないからである。


その1  セブン&アイが「そごう・西武」の売却に至った経緯


 セブン&アイは2005年12月にミレニアムリテイリングの発行済み株式の65.45%を野村プリンシパル・インベストメントから1311億円で取得した。続いて2006年6月に残る全株式をセブン&アイ株式(当時の時価で720億円)との株式交換で取得した。つまりセブン&アイはミレニアムリテイリングの全株式を2000億円強で取得したことになる。

 当時のミレニアムリテイリングとは、2000年に経営破綻したそごうと2003年に私的整理した西武百貨店の再生された28店舗が傘下にあり、2009年8月に新生の「そごう・西武」となる。

 この「そごう・西武」の取得はセブン&アイの鈴木敏文・会長兼CEO(当時)の決定である。ここで現金の出資は1311億円だけで28店舗を取得しているため、当時の鈴木は仮に百貨店事業が成功しなくても、その一部店舗が保有する不動産の価値からすれば「負ける」ことはないと考えていたはずである。

 だとすれば「ここにきて」見事にその通りとなったが、残念ながら2016年のクーデターで鈴木を追放してトップとなった井坂には「それが」見えていなかった。経営者としての資質と器の問題である。

 実際にセブン&アイの百貨店事業は失敗する。取得から17年度のうち10年度が赤字で、とくに直近4年度の最終損益はコロナ禍もあり2020年2月期が75億円、2021年2月期が172億円、2022年2月期が88億円、2023年2月期が130億円の巨額損失となる。

 2023年2月末現在で「そごう・西武」の有利子負債は2938億円に膨らみ、同年7月末には親会社であるセブン&アイの貸付残高も1659億円まで膨らんでいた。また店舗も2017年にH2Oリテイリングに関西の2店舗を譲渡するなどの切り売りで10店舗まで減っている。

 セブン&アイは2016年途中から井坂体制となったが「物言う株主」の攻勢は激化する。鈴木体制下の2015年11月に5800円台の高値だった株価が、井坂体制下ではコロナ禍もあったとはいえ2020年11月には3100円台まで下落していたこともある。とくに2021年5月に大株主として登場したバリューアクトは2022年1月に書簡を送って以来、一貫して不採算部門である「そごう・西武」とイトーヨーカ堂の売却を迫っていた。

 またバリューアクトは2023年5月の定時株主総会に、井坂を含む4取締役の再任を拒否して独自候補を擁立する株主提案を提出する。結果的にこの株主提案は否決されたが、井坂は何が何でも「そごう・西武」の売却を急がなければ「今度こそ首が危ない」とパニックになる。2016年のクーデターで後ろ盾になってもらった伊藤家のイトーヨーカ堂は売却出来ないからである。

 そこで内外のアドバイザーを高額で雇い「そごう・西武」の残る10店舗の売却先を急いで探させる。この10店舗が保有する不動産は西部池袋本店底地の4割強(6割弱は駅構内でJRが所有しており西部HDが賃借している)、そごう千葉店と西部渋谷店の土地・建物の一部である。

 2022年2月には何とか一次入札に漕ぎ着ける。残ったのはフォートレス、ローンスター、GIC、ブラックストーンである。ここでGIC(シンガポールの政府系ファンド)とブラックストーンは日本の不動産市場でも投資実績があるが、ローンスターは最も典型的なハゲタカで後に強引な資金回収でユニゾを破綻に追い込む。

 そこで一番日本で実績のないフォートレスが提示した2500億円が「突出して高かった」はずである。この時点で井坂は、2500億円で売却できれば2023年7月には1659億円まで膨らむ貸付残高が全額回収でき、保有する株式にも売却益が発生し(店舗売却を繰り返したためそのコストが412億円となっていたことが最後に分かる)、何よりも鈴木が投入した2000億円以上で売却できれば自身の実績にもなるため、完全に舞い上がってしまった。

 この時点で井坂は、フォートレスがヨドバシカメラの西武池袋本店への出店が前提になっていることは「聞かされていた」はずである。後に「そごう・西武」の労働組合が激しく抵抗することになるが、井坂はフォートレスの言いなりで最後まで情報公開をほとんど行っていない。ここでフォートレスに逃げられたら自分の首が危ないからである。

 このフォートレスは2017年7月にSBGが33億ドル(当時の為替で3729億円)で全株式を取得していたが、全くコントロール出来ず持て余した結果、2023年5月にUAEの政府系ファンドと経営陣に全株式を売却している。売却価格は未公表のままであるが取得価格の33億ドルは「かなり」下回ったはずである。

 従ってSBGは「そごう・西武」の譲渡には何も関係していないが、2023年5月にはフォートレスが「そごう・西武」でボロ儲けすることは知っていたはずで、その期待収益まで材料にしてフォートレスを「やっと」売り抜けたはずである。ここは孫社長の経営者としての瞬発力で、やはり井坂には真似ができない。

 話を戻すが、セブン&アイは2022年7月にこのフォートレスに優先交渉権を付与するが、井坂は依然としてフォートレスとの守秘義務契約をタテに譲渡条件や交渉状況等の情報開示を拒み続ける。情報漏れで破談になれば自分の首が危ないからである。

 そして何度かの期日延長の後、セブン&アイは2022年11月11日に「やっと」フォートレスと「そごう・西武」の発行済み全株の譲渡契約を締結し、その旨をEDINETに開示した。肝心の譲渡価額は「企業価値2500億円に、そごう・西武及びそごう・西武子会社の純有利子負債や運転資金に係る調整(中略)を行い、実際の譲渡価格を確定いたします」と極めて曖昧に書かれていただけである。

 その辺は双方の弁護士が知恵を絞って虚偽開示とならないギリギリの表現を模索したはずであるが、この時点でセブン&アイは(少なくとも井坂は)西武池袋本店にヨドバシカメラが乗り込み、また2500億円から「手取り」が減額になることは認識していた。ここでこの事実を公表しなかった井坂の行動は、少なくとも株主代表訴訟の対象となる。

 また2022年11月11日の開示資料には「本件実行日(引き渡し日のこと)は2023年2月1日(予定)」となっているが、これも何度か延期となり最終的に2023年9月1日となる。その間にセブン&アイはハゲタカ(フォートレス)と銀行団(3大メガバンク)に徹底的に押し込まれるが、今度は譲渡契約があるため逃げられず、最終的に「恐るべき」譲渡条件となってしまう。

 それでも井坂は2023年5月下旬には「そごう・西武」の林拓二社長(当時)に、譲渡後の西武池袋本店の1階と地下1階にヨドバシカメラが入るフロア改装プランを見せ、豊島区長への説得を指示している。

 当然に説得が難航すると8月1日付けで生え抜きの林社長を解任して、井坂の意向を代弁する田口広人・取締役常務執行役員を後任社長に昇格させ、新たに3名の取締役を送り込んで「そごう・西武」取締役会も支配してしまった。

 井坂は8月23日に「やっと」地元説明会と労働組合との会合を行ったが、当然に溝は埋まっていない。労働組合は7月にスト権を確立していたが、このままだとストは回避できないと通告してきた。この時点では井坂もここまで「恐るべき」最終条件になるとは思っていない。

 この状態でセブン&アイは8月31日の「そごう・西武」譲渡の機関決定、9月1日の引き渡しを迎えることになる。

 実は「恐るべき」最終条件がいつ確定したかは、よくわからない。その詳細が市場に伝わり始めたタイミングは、セブン&アイの機関決定も引き渡しも完了した9月1日深夜になってからで、しかもその情報の大半が会社発表ではなく報道によるものである。


その2  9月1日になって伝わり始めた「恐るべき」最終条件とは?


 セブン&アイの「そごう・西武」の最終的な譲渡価格は、当初案の2500億円でも直前に伝わった2200億円でもなく、たった8500万円(0.85億円)である。そのカラクリは以下のようである。

 フォートレスは「そごう・西武」の譲渡価格を当初の2500億円から2200億円に引き下げ、2月末時点で2938億円あった有利子負債のうち、セブン&アイの7月末の融資残高の1659億円から916億円を放棄させた。実際は引き渡し日の9月1日には「そごう・西武」の有利子負債も、そのうちセブン&アイの融資残高も増えていたはずで正確な数字は分からないが(公表されていないが)、残った2000億円強の有利子負債全額は返済したはずである。

 さらに2022年11月11日に開示されていた「運転資金に係る調整」(たぶん当面の運転資金にコミットメント・フィーや弁護士事務所や会計事務所に支払う高額報酬など)として130億円をセブン&アイに追加負担させ、残った8500万円だけを「そごう・西武」の発行済み全株式の譲渡代金としてセブン&アイに支払った。

 実際には最初からセブン&アイへの支払いが「限りなくゼロ」になるよう債権放棄額を逆算したはずである。

 従ってセブン&アイは債権放棄させられた916億円に、追加で「運転資金に係る調整」の130億円まで負担させられ、先述の412億円まで減っていた「そごう・西武」の株式取得コストを8500万円で売却したため411億円の株式譲渡損も加えて1457億円もの特別損失(単体、連結では1331億円)を計上する羽目となった。

 ここが最大のポイントであるが、フォートレスが井坂にその「恐るべき」最終条件を通告したタイミングは「限りなく機関決定の8月31日の直前」だったと考える。もう井坂が後に引けないギリギリのタイミングだったはずで、井坂も見事フォートレスに「嵌められた」ことになる。

 その段階で井坂は「首を賭けて」白紙撤回すべきだった。井坂は一応、売り上げが11兆円を超える日本最大小売業のトップである。フォートレスなどという三流以下で小賢しいハゲタカなど蹴散らすべきだった。といってもそれが出来ないのでこういう事態となっているため、意味のない議論は止めて先を急ぐ。

 ところでフォートレスはここまでの資金を3大メガバンクから借り入れた2300億円の「つなぎ融資」で全額賄っている。その資金で「そうご・西武」への貸し付けは全額返済されるため何の問題もない。

 ちなみにこういう「つなぎ融資」は金利が高いだけでなく、実行時に高額のコミットメント・フィーが支払われる。だいたい融資金額の1%(つまり23億円)で、これもセブン&アイに追加負担させた「運転資金に係る調整」の130億円から支払われたはずである。

 この段階でフォートレスには無借金となった「そごう・西武」と現金が差額の100億円と「運転資金に係る調整」の残金100億円(と仮定する)の合計200億円が残る。

 そしてフォートレスは新たに取得した「そごう・西武」が所有する西部池袋本店の底地の4割強、そごう千葉店と西部渋谷店の土地・建物の一部を3000億円でヨドバシカメラに売却する。ヨドバシカメラは西武池袋本店だけでなくそごう千葉店にも西部渋谷店にも出店するつもりである。

 ちなみに2022年の「そごう・西武」の所有不動産の評価額は3857億円である。

 ここでフォートレスが3大メガバンクから借り入れる2300億円を返済すると、金利を考慮しなければフォートレスの手元には「きっちり」900億円が残る。まさに「そごう・西武」を買ったら900億円の現金が「おまけ」についてきたことになる。

 この900億円には、たぶん当面の運転資金である「運転資金に係る調整」の残金100億円(と仮定する)と、公表している店舗改装費用の200億円が含まれているため、この300億円は今後の「そごう・西武」のために使うことになる。

 しかししこういうケースで企業を買収したハゲタカは、買収された企業の支出を極限まで減額させ、逆に人員整理や賃金カットなどの厳しいリストラを強いるものである。

 フォートレスは早速、その「そごう・西武」に中国人らしい代表取締役の派遣を決め、就任したばかりの田口社長を代表権の無い社長、井坂が送り込んだ3名の取締役を執行役員に「格下げ」するなどで、取締役の過半数を確保している。

 フォートレスのリストラは始まったばかりで、「そごう・西武」の苦難も始まったばかりである。

 ところでセブン&アイとクレディ・セゾンの合弁会社にセブンCSカードサービスという百貨店提携カード事業を行うクレジット・カード会社がある。なかなかの優良会社であるが、セブン&アイのカードビジネスはセブン銀行子会社のセブン・カードサービスがメインであるため、「そごう・西武」の発行するカードだけを取り扱っている。

 本来なら「そごう・西武」のビジネスと不可分の会社であるが、この取り扱いについての報道がない。たぶん何も考えていないはずである。仮に「そごう・西武」関連の事業だけを分離させても、その企業価値は顧客情報込で200億円を下らない。フォートレスがもし本気に「そごう・西武」の事業再生に取り掛かるなら、真っ先に顧客サービスのためにこのセブンCSカードサービスを分離させて(200億円支払っても)取得するはずである。

 ところが全くその気配がない。つまりフォートレスは今後の「そごう・西武」から現金をさらに絞り出すだけで、新たな資金を投入してまで本気で事業再生するつもりなどない。

 だいたい会社を買収したハゲタカは、買収のための負債の返済を優先し、再上場など「出口」の目途がつくまで会社資産の売却やリストラを優先するものである。しかし今回のフォートレスは「最初から負債が残らず逆に現金が900億円も残った」ため、ここから「時間と資金をかけて勝算が不明の事業再生に取り掛かる必要」など全くない。

 さっさと残った「そごう・西武」を第三者に再転売し、残る現金残を「さらに」積み上げて撤収するはずである。すでにもう「出口」に近いからで、ここからの動きをスムーズに進めるための代表取締役派遣であり、取締役会の支配である。

 現在の「そごう・西武」は、所有不動産は無くなったが謝金もなく、ヨドバシカメラがコアテナントとなる(家主でもある)池袋、千葉、渋谷の各駅前の巨大店舗の運営会社であるため、百貨店に拘らなければ「結構な」高値でも再転売できる。残る7店舗は分離して「捨てて」しまえばよいだけである。

 「とんでもない話」であるが、とくにフォートレスのような再生実績もない三流以下のハゲタカに会社を買収されると「こういう結果」になる。井坂の目論見は最初から「こういう結果」になることは十分に想定されていた。

 ここでセブン&アイには、こんな「恐るべき」譲渡など白紙撤回させる方法はないか?であるが、ここまで来ると基本的にはない。8月31日早朝のセブン&アイの臨時取締役会が最後のチャンスだったはずである。

 しかしセブン&アイの取締役会は、9名の独立社外取締役を含めて15名である。そこで井坂が「恐るべき」最終条件を正確に説明していたかは不明であるが、「そごう・西武」株式譲渡の開示は15時に出ているため、実際は6時間以上の「考え直す時間」があったはずである。

 もしそこで井坂が「恐るべき」最終条件を正確に説明しており、それでも取締役会が承認しているなら、それこそ何のためのコーポレート・ガバナンスなのか?


その3  しかし「延長戦」があるかも知れない。


 ここで9月6日付け日経新聞朝刊の1面トップに「そごう・西武再建600億円」「米ファンド 本店中心に改装」「人員整理せず」といった記事が出た。少なくとも前日夜までは「そんな気配」など全く無く、また他紙の追随も全くない「不思議で唐突な記事」である。

 また文中に「フォートレスはヨドバシカメラに西武池袋本店の土地建物やそごう千葉店の一部を2500~2700億円で売却する。西部渋谷店に関しても地権者を交えた売却交渉を進めており、それを含めると100億円程度上積みされる見込み」とでている。

 3000億円では無かったようである。

 仮に下限である2500億円でしか売れないとするフォートレスの手元には900億円ではなく400億円しか残らない。そこから600億円も店舗改装に回せない。もちろん2300億円の「つなぎ融資」の一部を残せば回るが、そうなると「勝算のわからない再生事業のために負債を残す」ことになり、目論見が大きく外れることになる。

 日経新聞の記事は「さすがに」出てきたセブン&アイとフォートレスに対する批判を抑えるためであるが、その背景を「もう少し」深読みすると、以下のようになる。

 ここまでヨドバシカメラはフォートレスに、あるいはフォートレス経由でセブン&アイに、労働組合や地元商店街や豊島区長などとの一切の交渉を任せており、少なくとも「大筋では合意できている」と聞かされていたため3000億円での不動産取得に合意したはずである。

 しかしフタを開ければ「全く」合意などできてはおらず、西武渋谷点に至っては「他の地権者との合意」も全くできていないことが明らかになった。そうなると最大の目的である西武池袋本店への出店もスムーズにいかなくなる上に、フォートレスだけが何の交渉も進展させず巨額利益を確保したことを知り「ちょっと待てよ」となったはずである。

 ここまで来るとヨドバシカメラの立場が圧倒的に強い。とりあえず500億円ほど「値切った」上に、さらに西武池袋本店にスムーズに出店できるまで取得代金を支払わないなどと言っているはずである。

 まあセブン&アイの立場がよくなることはないが、ヨドバシカメラに「再生経験もない三流以下の小賢しいハゲタカ」など。徹底的に「成敗」してもらいたい。

 少しは今後の楽しみが出てきた。