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現役編集者がWEBエンジニアにお伝えしたい、出版業界と印税のお話

これはFOLIO Advent Calendar 2019 の、20日目の記事です。昨日は yasuharu519さんでした。

みなさま、初めまして!

私はFintechの証券会社、株式会社FOLIOで、コンテンツの編集をしている、設楽幸生(したら・さちお)と申します。

今回の記事は、
約20年出版業界で書籍編集をやっていた私が、エンジニアの皆さんに、「出版業界」と「印税」について、色々お話したいと思います。
(約6,000文字あります)

この記事を読んで下さっている方々の中には、様々な技術書などを執筆された経験のある、エンジニア諸兄姉も多いのではないでしょうか?

そこで今回、出版業界に20数年、両足を突っ込んでいた私が、「出版業界」と「印税」について、お話させていただきます。

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なお、
「こんなこと書けば、ウハウハ印税生活!」
「チョロチョロっとこれ書いたら左団扇な人生!」
みたいな話ではありませんので、ご了承ください(w)。今回は、

出版業界の仕組みってどうなってるの? 印税の計算ってどういう根拠なの? 

などについて綴ります。

本の執筆経験がある人や、これから本を書こう、書きたい!と思っている人の参考になれば幸いです。
(なお、主観的に話している部分もあり、出版社や編集者によっては解釈が違うことがあります。【でも、ほぼ真実だと思うけれどw】)

なぜ書籍の編集者がフィンテック業界にいて、こんな記事書いてんだ?

ここでみなさんの頭の中に、色々な疑問が湧くと思います。

「エンジニアと出版業界?」
「なんで書籍編集者が金融機関にいるの?」


ですよねー、わかります。

私は昨年、あるご縁がきっかけで、20年ほど働いていた出版業界から片足だけ抜けて(今でも片足は入っています)、FOLIOが提供している様々なサービスを紹介するためのコンテンツ製作に携わっています。

また、弊社が運営している、「FOUND」というオウンドメディアの編集もやっています(よかったらフォローしてください)。

そしてエンジニア率の高い我が社のスタッフに薦められ、この記事をしたためている、そんな展開でこの駄文をお送りしたいと思います。

印税は2つのパターンがある

印税……ああ、印税。

まあ、なんと素晴らしい響きなんでしょう。

不労所得感120%な「夢の印税生活」という言葉、本を書いた経験のある人なら、誰もが心のどこかで、

「うわー、書いた本が重版*続きで、大ベストセラーになって、印税だけで食べていけるようになったら……」

そんな妄想を膨らまして、捕らぬ狸の皮算用をした経験をお持ちのはずです。
(*重版……最初に印刷した「初版」分が人気で、足りなくなって追加で印刷したもの。昔は「版」と呼ばれる板にインクを盛って印刷していて、それを使って再度印刷するところから由来している〈はず〉。[使用例]『いやー、今度の新刊また重版でさ、こんなに売れるなんてねガハハハ〜』)

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この出版業界における「印税」は、大きく分けて2つあります。それが

・刷部数印税(すりぶすういんぜい)
・実売印税(じつばいいんぜい)

という2つです。これについてちょっと詳しく見ていきましょう。

刷部数印税ってなんだ?

これは読んで字の如く、
印刷した部数だけ、作家が印税をもらえる
という方式です。

例えば1,000円で初版5,000部、印税が10%だったら、

1,000円×5,000部×10%=50万円

ってことです。

本屋さんで実際にお客さんが買おうが買うまいが、印刷した分の印税が著者に入ってくる、という仕組みです。1冊売れようが、5,000冊売れようが、作家には刷った部数だけ印税が入ってくる。

これが何十年ものあいだ、日本の出版社ではスタンダートでした(今でもこっちのスタイルを採用している出版社が多いと思います)。

これの刷部数印税における、【著者側】と【出版社側】の主なメリットとデメリットを見てみましょう。

【著者側のメリット】
・売れようが売れまいが、出版社が刷ってくれた部数だけ印税が入る。(これで作家業を続けることができる)

【著者側のデメリット】
・出版社が、重版を決める時に「売れても売れなくても印税を払わなくてはいけない。果たしてその経費も含めて重版するべきか?」と考えてしまい、重版にブレーキがかかりがち。重版印税がもらいにくくなる。

次に出版社側に立つと以下です。

【出版社側のメリット】
・特になし。メリットも何も、これが長い間業界のスタンダートだったので、売れてる作家さんとかは、「刷部数印税」が当たり前。敢えて言うなら、トラディショナルな刷部数印税方式を採用することで、売れっ子作家を抱えて、作品を出版できる。

【出版社側のデリット】
・売れるか売れないかわからない企画に、先行投資する必要があるリスク。5,000部初版の本で、1部だけ売れようが、5,000部売れようが、著者には5,000部分の印税を払わなくていはいけない。

ちなみに、結構有名な話ですが、誰もが知ってる超有名なある漫画家は、出版社の言う部数を信用せず、印刷所から直接「これだけ刷りました」という証拠の書類を出させるそうです(笑)。

実売部数印税ってなんだ?

次に実売部数です。これは読んで字の如く、

「実際に売れた部数の印税を支払いますよ」

という印税契約方式です。

でも、「実際に売れた数」だと、著者が一生懸命本を書いて、いよいよ本が発売されて、

定価1,300円、印税10%、実際に売れたのは100冊でした〜。

という結果になってしまうと、印税はたったの13,000円にしかなりませんよね。これではあまりに執筆者側が不利ですし、本を書くモチベーションがあがりません。

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ですから、この「実売部数印税」を採用する場合は、発売する前に

・「本の定価は1,300円ぐらいです。初版は5,000部です。そして印税は10%です。最低保証部数は3,000部です」

みたいなことを言われるパータンが多いです。

つまり、「初版に限っては、売れても売れなくても、3,000部分の印税は保証しますよ」という契約です。
つまり、1,300円×3,000部×10%=390,000円は保証されている、ということです。

ここで、刷部数印税の時と同じように、
【著者側】と【出版社側】に立って、実売部数印税のメリットとデメリットを考えてみましょう。

【著者側のメリット】
・実売部数印税だと、出版社側が、売れない本の印税を払うというリスクを抑えられるので、新人作家とかは、実売部数印税を採用している出版社の方が、デビューしやすい傾向がある。

・実売印税の場合、重版を検討するにあたり、売れない限り重版分の印税を作家に支払う必要はない。よって、刷部数印税に比べて、出版社に重版をかけてもらいやすい可能性が高い場合がある(重版分の印税は、重版分が売れれば作家に印税が入ってくる)。

【著者側のデメリット】
・一生懸命書いたのに、出版社側の編集者の能力や、営業に力を入れてもらえなくて、企画にはポテンシャルあるのに、「そこそこの部数」で終わり、最初の保証部数印税だけで終わる可能性があある。

・実売部数印税と言っても、何をもってして「実売」なのか?何を基準にして「売れた」と言えるのかが、著者側に不明確。


ちなみに、印税のパーセントですが、日本では何となく、
「著者の印税は10%」
みたいな風潮がありますよね? これは作家によって全然違います。

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一昔前は、売れてようが売れてまいが、作家には刷り部数印税方式で10%払う、みたいな商慣習がありましたが、今は違っていて、新人なら3%、5%、中堅なら8%、ベテラン作家なら10%、もしくはそれ以上みたいなこともあります。
(この数字もあくまで例で、経験と実績、出版社の慣習や、偉い人の鶴の一声で色々変わります。そして本の直接原価は、著者に払う印税を含めて、初版時には定価の約25%〜30%が多いです。〈デザイン費や印刷費など〉)

「実売」って?

さて、刷部数印税は、「刷った部数の印税」なのでわかりやすいですが、実売部数印税って、わかりにくいと思いませんか?

最低保証部数は、たとえば3,000部と言われたら、売れても売れなくても、3,000部分の印税をもらえるということですから、その点はわかりやすいですよね。

でも、3,001部以降は、どういう計算がされて、どういう仕組みで作家側に印税が入ってくるのでしょうか?

実売部数印税の場合は、定期的(半年に1回が多い)に、出版社側から作家に「印税報告書」というものが送られてきます。この報告書は、

●年●月から●年●月の間に、あなたの本は●冊売れました。よって●円の印税を、追加でお支払いします。

ということが書かれたものです。


ここで、一つややこしい話が出てきます。それは、
何をもってして『売れた』という状態と判断し、実売印税の冊数にカウントされるのか」ということです。

それは、出版業界特有の「返品制度」に絡んでくるお話です。

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返品制度と印税の関係

返品制度というのは、読んで字の如く、「本屋さんが、仕入れた本を、売れなかったら出版社に返品してもいい」という制度です。

これは、他の小売業界では考えられないことですよね。

「仕入れて売れなかったら返品してもいい」なら、「売れても売れなくてもいいから、とりあえず仕入れとくか。売れなかったら返品しよ」
と誰もが思いますよね。

となると、出版社側が、とても不利になると思いませんか?

この制度は、まだ日本で本が売れていた昭和の時代の古き商習慣なのですが、目的は、
「日本中のどんな小さな本屋さんにも、大きな力のある本屋さんにも、平等に本を配本し、多くの日本人が手に取れるような、地域格差等をなくす」
の制度でした(他にも色々理由がありますが、割愛します)。

この返品制度がないと、小さな本屋さんと大きな本屋さんだと、どうしても大きな本屋さんの方が有利になってしまう(出版社側は、たくさん売れる大きな本屋さんにたくさん本を流してしまうから)。

だから、「広く文化を日本中に平等に広める」という意味で、この返品制度が広まった、と言われています。

そして、本屋さん側は、新しくできた本を、「返品してもOK」という条件で、仕入れて売りますが、これを「委託販売」といいます(Amazonなどが台頭し、この制度が今崩壊し始めています)。

そして新刊における委託期間は、おおむね半年です。

つまり、「半年置いといて売れなかったら、返品してもOK」ということです(でも実際は、売れなかったら半年経つ前に返品されることがほとんどです。本屋に届いた本を、ダンボールも開けずに返品したり、資金繰りが苦しいから返品するという『金融返品』というのもあります[恐ろしや])。

そして問題となってくるのが、「返品率」です。業界の景気が最悪の時には、この返品率は40%を超えていました。

つまりある店で10冊本を仕入れても6冊しか売れません。残りは全部返品です。

今では本屋さん、出版社、そして本の流通に関わる取次(問屋みたいなもの)の努力で、この返品率は多少下がっていますが、まだまだ高いです。
どういう構造になっているかというと、

出版社は本を出し、委託で本屋さんに預ける。

本屋さんは本を並べる、でも売れないから取次経由で出版社に返品する。

出版社は返品になると、返品分の売上がマイナスになるので、返品のマイナスを相殺するために、新刊を粗製乱造して、また本屋に委託する。

本屋は本を並べる、売れなければ返品する

売れない本が大量に出版社に返品される。そのマイナスを相殺するために、また粗製乱造を繰り返す……。

これが延々と繰り返されています。これがいわゆる「出版業界が自転車操業となっている」と言われる理由の一つです。

返品制度と実売印税の関係

そして、この「委託制度」と「返品制度」の影響を受けるのが、「実売印税」における『実売』の考え方です。

あなたが本を出しました、それが出版社から、取次を通って本屋さんに並びました。

それを手に取った人がレジに行き、お金を払ってあなたの書いた本を書いました(ネット書店ならポチって本を書いました。同じことです)。こういう状態ならば、「売れた」と言えますよね。つまり

・商品がレジを通過して、お客さんがお金を払った=売れた

ということです。これはわかりやすいですよね。

でも出版業界には「委託制度」があります。例えば、ある本屋さんがあなたの本を10冊仕入れました。

半年後、5冊売れたとしましょうか。その本屋さんは
「よし、2冊だけ置いといて、残り3冊は出版社に返品しよう」
と決めとします。

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こうなった時、5冊分は実際に売れているので、5冊分は実売印税として入ってきますよね。

でも、本屋さんに残っている2冊分はどうなるのでしょうか?

また本屋さんから出版社に戻ってきた3冊は、倉庫に保管していますが、本屋さんから注文が入ったら、その本を再出庫しますが、その分はどうなるのでしょうか?

この辺が非常にややこしいんです。つまり、

・今は売れてないけど、市中(本屋さんなど)に残っており、いつか売れるかもしれない本。

・一度は本屋さんから返品されてきたけれど、別の本屋さんからオーダーが入り、改装して再び本屋さんに流れていく本。

などは、どうカウントすればいいんだと。

この「実売数」の計算というのは、出版社によって本当にマチマチで、「出荷数」に応じて実売数とカウントする会社や、ある一定期間において「出荷した冊数ー返品された冊数」を実売数とする出版社もあったり様々です。

本を執筆する前に、「印税は実売部数での計算方式です」と言われたら、実売部数の計算方式について、きちんと出版社の担当に聞いておくのがベストです。

一生懸命書いたのに「こんなはずじゃなかった」「こんなに少ないの印税って!」という状態にならないように、事前に、契約内容を確認しておく。これが出版社と上手に付き合う方法です。

しかも、出版業界というのは、多くの場合「本が出版されてから著者と契約書を交わす」という、他の業界では考えられない商習慣が普通に行われている場合が多いので、気をつけてください。
(もちろん事前に契約書を交わす出版社もありますが、「初版部数がギリギリにならないとわからない」とかいう理由で、出版後の契約になる場合がかなり多いです。)

以上、長くなりましたが、エンジニアのみなさんにお伝えしたい、「出版業界と印税」の話でした。

明日は@grimrose@githubさんの記事です!

東京都八王子市高尾山の麓出身。東京在住の編集者&ライター。ホッピー/ホルモン/マティーニ/アナログレコード/読書/DJ