ウルルの神様③
トモです。
当たり前だが、オーストラリアは暑い。
メルボルンはまだしも、上(北)にいけば行くほど暑い。むしろメルボルンの冬は寒いくらいです。
ウルルはあのでかい大陸のほぼ真ん中に位置する。海からも遠い乾燥した地域だ。
その乾燥をナメていた。
バスにほとんどの荷物を置いて気軽に登りはじめた我々は、太陽が真上に位置するにつれ、想像以上の暑さにみわまれる。
乾いた風とじりつく暑さに、汗が出るようで出ない。日本の真夏のように衣服がべっとりとまとわりつく暑さではないのだが、とにかく乾燥がすごい。
岩山を登るというよりは固まった砂山を登るという感じで、表面は固くツルツルしたものに砂がコーティングされているかのようだ。
ある程度、登るルートは決まっているので、そこは踏み固められてよほどじゃないと落ちるという心配は無さそうだ。
そのルートから外れて上からの絶景を写真に収めたい気持ちはなんとなく分かる気がした。
角度が急な斜面ではチェーンを伝って登るようになっており、ここはなかなかの怖さはある。高所恐怖症な方は足がすくんでしまうだろう。登りよりは下りの方が数倍怖いんだろうなと思いながら、丁寧に登っていく。
暑い。周りに何もなく、太陽の光が差すように痛く暑い。
ここで致命的なことに気づいた。
水をバスに置いてきた。
しかも二人とも。
行って帰ってすぐだろうというナメていたこともあっただろう。そして荷物を最小限にするため腰に巻くポシェットひとつにした。重くなるし水はいいか!みたいなノリだったと思う。
背中に背負う小さなリュックのタイプなら水を入れていたかもしれない。
でもその時は何故だがポシェットだった。
ださい。実にダサかった。
Tシャツに短パンにポシェット、それにキャップとサングラス。今思い出しても笑えてくる。観光客丸出し感が二人ともたっぷりとにじみ出ていた。
喉の渇きと暑さに耐えながらも、途中で写真を撮ったり、360度地平線のような感動的な景色を味わっていた。
40~50分くらい登ったときだろうか、パートナーがだんだんと口数が少なくなり、多少バテてるような気配があった。
そのうち無言になって黙々と登っていたかと思うと、急に…
「ガム出してもいい?」
「えっ?」
理解に苦しむ。まず、ガムを噛んでたの?
そこから。普段ガムは噛まないし、海外にいるから噛むということもないし。
バスの中で隣人にもらったのだろうか。
気遣いと優しさで「イエス」と笑顔で言ったんだろう。
「出せばいいじゃん」
「…置いていく」
またしても「?」
包む紙がないので、置いていくという。
捨てるのではなく。
そこでちょっとした言い合いがあったのは予想がつくだろう。
ウルルに?
この聖地に?
それでも、もう決めているとばかりに、
ガムを出し、近くの突起上の岩の陰に置いた。あくまでも置いた。
限界値に達した人間の行動に近いものがあった。
電車で目的の駅まであと少しというのに、我慢の限界で一駅手前で連れを残してトイレに向かって降りるときのような。
「絶対、回収して帰るから」と力強く言い放って歩き出した。
普段ゴミを拾うことはあっても、その辺にゴミを捨てることなんて決してしないパートナーだ。常時であれば考えられない行動なのだが、この時はこれしかなかったというか、何かがそうさせたというか。
照りつける太陽の暑さと渇きとで意識が朦朧としていたのかもしれない。
少しケンカ気味に再び歩き頂上を目指す。
ウルルの神様ごめんなさい。必ず拾って帰ります。
頂上の方は緩やかで、少し気分も体力もラクになった。暑いけれど吹き抜ける風も気持ちよく感じられた。
写真に何枚か収めてから来た道を下り始める。
「あの地点」までは気が気でない。そのあたりになってからは景色より足元だけを見ている。なんせその大きな岩山は急斜面以外あまり特徴はなく、さっき通った所と今歩いている所の違いがあんまり分からない。なんとなく頂上から逆算して、これぐらい歩いたからこの辺かなぁという感じで丁寧に探して歩く。
「見つけた」
頂上にたどり着いたときより、そのガムを見つけたときの方が小躍りするような喜びで感動した。
改めて見ると、こんな小さなもの本当によく見つけたという感じである。
やっとお互い安心して降りて行った。
もちろん安心はしたけど、下りの方が何倍も危ない場所は多かった。
今考えても不思議な出来事。帰りに回収して、また口にするわけでもないので、わざわざそこに置いて行かなくても手で持っててもよかった。他にもいろいろとツッコミどころは満載なのだが、とにかくウルルを汚すことなく降りてこれた。
バチが当たるぞ!なんてよく言うけど、神さまのバチがあるかどうかは分からない。でも、その後に自分にとって悪いことがあると、ほらっ!って結びつけてしまうのも人間である。
もしあのままガムが見つからなかったら、それからの旅も何かある度にそう考えていただろう。
ガムを一度でもウルルに置いた行為は許されることではないが、回収できたことは何よりだった。
その日は町までバスで戻り、昨日とは違いホテルの天井のある部屋で寝ることができた。
次の日はカタジュタなどを周り、そうしてその旅は濃い思い出とともに終わりを告げた。
ツアーなのに途中でガス欠して、みんなでバスを押してガソリンスタンドまで行くなど日本では考えられないことも沢山あった。
そして神さまはいた
そうしてアリススプリングの空港からシドニーへ。シドニーではどんな冒険が待っているのかワクワクしながら二人ベンチに座って飛行機を待っていた。
本数もそんなに多くはないので、ゆっくりと待つことに。このゆったりとした時間もまた旅の贅沢というものである。
空港と言っても、特に何も見るものはなく、いかに羽田や成田が煌びやかで大きいのかを改めて感じる。
売店も小さくあっという間に見て回れるのだが、アボリジニが作ったであろう、木の飾り物をお土産に買った。
そろそろ行くかとベンチを立ち上がる。
横に置いていた大きなバッグパックをよいこらしょと背負って。
そのときだった。衝撃の光景が目に飛び込んできたのは。
パートナーが背負ったバッグパックの下に何かがついている。
よく見ると、それはなんと
ガム
だった。
ベンチについていたんだろう、そこへバッグを置いたからくっついたんだろうけど、普通ならバッグを置くときに気づくはずだ。
パートナーはうぇーとか言っている。
思わず笑った。
そういうことか。
ウルルの神さまは優しくてオチャメなんだなぁ。
こんなバチがあるなんて。
この土地を離れる直前、とても分かりやすいかたちで、軽いイタズラをしてくれた。
神さまっているんだなと思った瞬間だった。
そしてウルルの神さまはさすがだった。