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ネット中傷の「加害者」にならないために~移り変わる法律と刑事罰~

最近、ネットを賑わわせている飲食店や百貨店での迷惑行為。
巷の人々は回転寿司へのテロ行為に憤り、「許せねえ!天誅だ!」とばかりに加害者の卒業アルバムや本名、学校などの個人情報が晒され、あっという間にネットで拡散され、『デジタルタトゥ』として残り続ける。

「悪いことをしたのは、こいつか!許せねえ!」

…で、リツイートをぽちっと…

はい、そのリツイート、ちょっと待ったぁーーーーーーーーーーッ!!!

ケースバイケースで、それ、本当に危険だから。

※本noteでは、難しい法律用語や解釈の分岐については、一般の方が解りにくくなるのであえて細かく説明していません。司法関係の方にとっては噛みごたえのない記事だと思います。

どこまでが誹謗中傷なの?

2020年5月に、一人の女性がネット中傷で自ら命を絶つといういたましい事件が起こり、それを契機に、2022年7月に侮辱罪が厳罰化される「改正刑法」が施行されたことをご存知の方は多いと思う。
同じく2022年10月、プロバイダ責任制限法が改正となり、今までは煩雑で費用や時間の掛かった誹謗中傷相手の情報開示請求のハードルが大きく引き下げになったことも、詳しくは知らなくとも、それとなく聞いたことはあるのではないだろうか。

令和4年に大きな法改正があったにもかかわらず、SNSや匿名掲示板などを使った誹謗中傷が公然と行われている一方、ニュースでは頻繁に誹謗中傷被害に対して開示請求が認められたということが記事になり、「え?こんなことで訴えられるようになったの?!」という侮辱罪や名誉棄損罪に関する記事も多い。

医師・小説家の知念実希人氏が、ツイッター上での反ワクチン派の誹謗中傷リプライに対して「17アカウント全ての情報開示請求が認められた」とし、和解交渉を含め法的手続きに入っていることを宣言している。
参考:作家で医師の知念実希人氏に誹謗中傷続く「全ての開示が認められました」中傷控えるよう呼びかけ

また、You Tuberのゆたぼん氏については、複数の書き込みが「侮辱罪」に該当するとして、今までに示談を含め50件以上(報道による)が開示請求の対象になっているという。
参考:ユーチューバー「ゆたぼん」を中傷、30代男性に賠償命令

池袋暴走事故遺族へのツイッターでの中傷については、実刑判決となり、書き込みをした人物の氏名・年齢が公開された。
参考:池袋暴走事故遺族への誹謗中傷事件、1月判決へ 被告の言葉、遺族の思いは【意見陳述全文】

では、どこまでが誹謗中傷になり、侮辱罪・名誉棄損罪に該当するのだろうか。

  • 相手の個人情報を晒す行為

  • 死ね、殺すなど殺害予告のように受け止められる書き込み

  • 執拗に、何十回も同一の中傷書き込みを繰り返す「粘着行為」

  • 虚偽の内容を書き込んで相手の信頼や名誉を失墜させる行為

  • なんかひどい悪口

これらばかりが「ネットで開示請求の対象になる誹謗中傷」だと考えている人も多いのではないだろうか。

結論から言うと、この認識は大きな間違いである。

侮辱罪厳罰化のデメリットとして、「議会のヤジすら該当するかもしれない・実際は捕まるかどうかとして表現の萎縮が生まれかねない」という反対意見があった通り、正当な表現に対する萎縮効果が懸念されているとされるくらい、割と、訴えを起こした人に対して有利に働くようになっている。

前出のゆたぼん氏の侮辱罪の裁判については、それぞれ別人の

  • 包茎・ゆたぼんの頭、萎れたパイナップルみたい

  • このゴミガキ定期的に上がるけどさ、マジで学校行ってないの?・5年後一家心中とかで馬鹿にされそうだわ

匿名で書き込まれたこの一文が侮辱的だと認定され、開示請求が認められ、損害賠償が通ってしまっている。

更に、インターネット上ではない実世界での話だが、飛行機の中でマスクが口元からずれていたのを注意した女性に対し、注意された側の男性(68)が「コロナみたいな顔してからに」と発言し、これが侮辱罪に問われ、発言者であるこの男性には有罪判決を受けて科料9,000円の有罪判決が言い渡されている。
参考:「コロナみたいな顔」と女性を侮辱、男に有罪判決…機内でマスクのずれ注意され

この男性については、「科料」つまり前科が付いてしまっており、刑法の中では軽い刑罰ではあるものの、これは付いてしまったら一生消すことができない。
「コロナみたいな顔」
ただこれだけで、条件が揃えば前科がついてしまうのが侮辱罪(名誉毀損もだいたい同じ・次項で違いを解説)であり、訴えようとさえ思えば、「萎れたパイナップルみたいな頭」だけで損害賠償が認められてしまうのが今の世の中なのだ。
(もっとも、ゆたぼん氏の父である中村幸也氏が「裁判費用は完全に赤字だが、『匿名なら何でも書き込んでいい』というネット環境を変えたい」としている通り、原告側に金銭的な損失が発生することもある。が、逆に言えば、金銭目的でない場合は比較的簡単に訴えが通ってしまう環境であるとも言える。)

つまり、ざっくり言うと、
裁判所が「これは誹謗中傷に該当しますね」としたものは、どんなに短い書き込みであっても裁判や刑事罰に繋がってしまう可能性があり、最終的に線引きをするのは裁判官だ。
包茎だのコロナ顔だの萎れたパイナップルだのデブスBBAだの、小学生レベルの悪口であったとしても、これは訴えられて負けている判例がある

晒し叩きは当たり前、匿名掲示板が無法地帯だったのは平成の話。
令和の今は、匿名で気軽に悪口を言ってはいけない世の中になりつつあるのだ。

名誉棄損罪と侮辱罪の違いは?

誹謗中傷は、「名誉毀損」と「侮辱」、「信用毀損罪」の大まかに3つに分けられ、このうち「信用毀損罪」については、

虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法233条

というように、故意にウソの情報を流して人や会社・お店の信用を大きく損ねる・損ねかねないような事態になった時に適用され、たとえば、「A病院は多数の手術に失敗して死亡者まで出しており、通院すべきではない」というウソのクチコミをネットに投稿してしまったりすると、かなり重いペナルティが適用されることがある。

では「侮辱罪」とはどういうものかといえば、

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

刑法231条

ざっくりと、本当に簡単に言えば、
公然と・多くの人が目にする場で、バカ・アホ・間抜けなど事実ではない主観でその人を侮辱したときに適用される罪で、たとえば「馬鹿で仕事ができないクズ」や、前述の「萎れたパイナップル」や「コロナみたいな顔」は、証明不能で本当のことであるとは言えない、しかし公然と(人前で・インターネットの誰もが目にすることのできる場所への書き込みで)他人を侮辱してしまったので、この罪が適用されてしまっている。

前項で述べた通り、本当に小学生レベルの侮辱や人格批判であったとしても、相手がやる気になってしまったら、書き込み内容次第では侮辱罪に問えてしまうのが令和4年からの流れであり、今までと同じノリでネットの誹謗中傷に参加していたら、時と場合によっては本当に裁判沙汰になってしまう可能性は念頭に置かなければならない。
口頭であったとしても同じだ。「コロナみたいな顔」については、ネットのようにログが残るものではないが、その場に多数の証言者がいて証拠が揃っていたために有罪になっている。

最後に「名誉毀損罪」について、これが一番誤解している人が多いように思うが、

公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

刑法230条

つまり、
事実を示すことで、誰もが目にする場で公然と他人の名誉を毀損し、他人の社会的評価を低下させる(もしくは低下させる可能性のある)ことをした場合に適用されてしまう
ので、たとえば「あいつは不倫している」「前科がある」「職場でトラブルを起こした」などが事実であったとしても、これを必要以上に多くの人に触れ回ってその人の信用を傷つけてしまったら、侮辱罪より重い規定の「名誉毀損罪」が適用されてしまうのだ。
軽率に個人情報を晒すのはもってのほかだが、事実であったとしてもその人の社会的信用を広く失墜させる行為をしてしまったらアウト、ということは頭に入れておきたい。

  • あいつは過去に金銭トラブルを起こしているので注意した方がいい

  • このアカウントの人は前に盗作したことがあるので気をつけて欲しい

  • この人にこんないやがらせをされたことがある

  • このバイトテロの犯人はこいつ

等々、本当だったとしても・いくらよかれと思ってやったとしても、客観的に見て公益性がないと判断される内容をオープンに拡散してしまったのであれば、令和5年の世の中では、相手に訴えられたら最悪、刑事罰になってしまう。
飲食店テロの事件でも、「加害者に対して過度のネットリンチはいかがなものか」という著名人の意見が数多く上がっている。相手が悪いことをしていたとしても、当事者以外の立場での行きすぎた私刑は、羽目を外すと罪に問われてしまうことは肝に銘じておいた方がいい。

ツイッターの落とし穴・リツイートの重い責任

さて、多くの人に見落とされがちなのは、「ツイッターで誹謗中傷記事のリツイートを行った場合、その人がどうなるのか」ということなのだが、結論から言うと、

発信者(書き込みをした人)と全く同一の責任を負う

ということをご存知だろうか。

これは2021年に既に判決が出ているものだが、

リツイートも「本人の発言」と認定 名誉毀損訴訟、伊藤詩織氏が勝訴(※全文は有料の記事)

リツイート直後に何ら感想をつけない無言リツイートであったとしても「投稿に賛同する表現として本人自身の発言だと理解するのが相当だ」、つまり、「大元の記事が名誉棄損に該当している訳ですが、これを反論もなしにリツイートしてあなたのタイムラインに乗せたということは、これは大元の記事に賛成するあなたの発言ってことになりますよね。じゃあ、当然ですがあなたも同じく名誉毀損罪です。」という判例が出ている。

この判例は踏襲され、今ではおおむね、「特段の事情が認められない限り(前後のツイート等で、大元のツイートを否定したり、中立の立ち位置を表明するツイートがされていない場合)大元のツイートが違法とみなされれば単なるリツイートであっても同じく違法と認められる」のが通例となっている。

その他、橋下徹元大阪府知事が、たった1回だけ問題の記事をリツイートした者に対して勝訴しているが、なぜ問題なのか、法的見解がどうなのかは、こちらの先生の記事がとても分かりやすいので参考にしていただきたい。
橋下徹がまさかの勝訴…たった1回のリツイートが「名誉毀損」になる

「まさかリツイートごときで」と思われるかもしれない。

しかし、深い考えもなく元記事をリツイートすることにより、ネット中傷の被害を拡大させる『無自覚な加害者』が多数発生してしまうことが大きな問題なのであり、たった一回のメモ代わりのリツイートであったとしても、これが最悪刑事罰の対象になるということを覚えておかなければ、ある日突然、家に「訴状」や「開示請求に関する書面」が届いてしまう。

「なんかツイッターで晒されてんな、後で読もう(リツイートポチー)」
「同意見とみなして損害賠償請求。応じなければ裁判な」
「?!」

これは、大袈裟でも何でもなく本当に起きてしまうことだ。
大元のツイートが違法であれば、リツイート者も必然的に違法、ということになる。

「リツイートだから罪は軽いだろう・罪にならないだろう」という認識は間違っている。

更に、「リツイートも同一の罪だとは知らなかったんです!許してください!」という言い訳は、法の前では通用しない。

仮に、60キロ制限のある高速道路を80キロで走行し、覆面パトカーに捕まったとして、「制限速度があるということを知りませんでした。今回は無罪ということで許してください。」とはならない。
特殊詐欺の受け子が「現金を運ぶとは知らずに闇バイトに応募しました。」と言い張っても、実刑判決になってしまう。

社会通念上、人の名誉を毀損したり侮辱したりしてはいけません』ということをはき違え、行き過ぎた内容を拡散してしまうことの方が問題だ。

発言者も、リツイート者も、法の知識が問われる時代になっている。

もし『無自覚な加害者』になってしまった場合は?

法律は、時代によって移り変わる。

たとえば、昭和の昔は多少のセクハラは当たり前だという認識があり、セクハラ行為が横行していたが、今はもう異性の肩に手を載せたり、「彼氏(彼女)いるの?」と聞くだけでも罪に問われる時代になった。
また、親・教師から子供への多少の体罰はあって当然だという時代は終わり、今や、子供が自ら親や教師からの体罰を告発したり、通報したりする時代になっている。子供への暴力があったら、実子であっても警察が動く。
動物虐待も、昔に比べると今は刑事告訴されるケースが増えている。

インターネット(場合により実世界)においてもそれは同じことで、令和5年以降も、以前と同じノリで『匿名だから・よほどのことがない限り訴えられないから』と掲示板やSNSで煽り・叩き・罵り合いに興じていたら、いつか本当に起訴される
最悪、刑事罰として前科が付いてしまった場合、それは一生消すことができない。罪の内容によっては就職できない職種が存在するし、軽微な罪であったとしても、採用面接で前科の有無を問われたら正直に答えなければならない。学生だった場合、その学校の懲戒処分に抵触すれば、停学や退学といった事態にもなってしまう。
家族がいる場合、示談であったとしても、家族にバレずに…ということはなかなか難しいだろう。

いくら義憤に駆られていたとしても、理不尽な思いをしたとしても、その投稿をしていいか、ツイッターで拡散やリツイートをしていいかどうかは、本当に慎重に判断すべきである。

では、もし仮に、あなたが

  • バイトテロや飲食店テロなど、悪事の加害者の個人情報(と思われるもの)を拡散してしまった

  • 「こいつ人格最悪だしヤバい。なんかの障害や病気なんじゃないの?」という他人の人格を否定する書き込みをした・これをリツイートした

  • 「こいつは盗作犯です!今後も盗作の恐れがあります!」と、他人を犯罪者扱いする文言を拡散してしまった・これをリツイートした

  • 「この人と過去にトラブルになりました。証拠の画像です!皆さんも気をつけてください!」とオープンのアカウントで会話を晒して拡散してしまった・正義感や野次馬心でリツイートした

など、深く考えずに公然と他人の名誉を毀損したり、人格否定したり、侮辱したりしてしまった場合、どうするべきだろうか。

結論から言うと、弁護士に相談する一択しかない。

大体、ネットで赤の他人に相談すると、

「その程度では罪に問われないだろう」
「それは犯罪ではなく事実だから大丈夫」
「相手も金銭負担があるし、訴えてこないんじゃない?」

などという、法律家でも何でもない第三者がしゃしゃり出て、無責任に楽観的なアドバイスをしてくる例が散見されるが、ググった知識や、最大限に自分を甘く評価した状態での素人への相談では何ら解決しない。

もし自分が無自覚の加害者になっていた場合、あなたの損害賠償や刑事罰について責任を持って判断してくれるのは、あなたが依頼した弁護士以外にいない。
信用できるプロの弁護士に相談し、起こり得る事態や見解について意見を聞いて、取り得る手段を考えるべきだ。

繰り返すが、トラブルを起こしてしまった時、知恵袋や匿名相談など、素人判断の甘い見解に従ってはいけない。
あなたの将来に責任を持ってくれるのは、あなたに対して親身になってくれる立場の、司法のプロ以外に存在しない。

そして、あなたの近しい人がこのような書き込みや拡散をしてしまっていた場合、勇気を出して止めることも大切だと思う。
今までと同じ感覚で『匿名だから』と好き勝手にやっていたら、近しい人が心に深い傷を負ったり、もしかしたら、あなたが楽しんでいるSNSの世界から急にいなくなってしまうかもしれない。

加害者:「でも、こいつは悪人なんです!拡散しなければ他の人が被害に遭います!私にも、こういう書き込みをするだけの言い分があるんです!こいつだって、こういう書き込みをされるだけの悪い部分があるんです!」

裁判官:「だとしても、手段が間違っています。自己主張は法に触れないようにやってください。」

しかし、この『法の加減』が理解できていないからこそ、誹謗中傷になるような書き込みをしてしまったり、リツイートしてしまったりするのだろう。

「加害者・加害者の親族はこいつだ」と、無関係の人物の個人情報を晒し上げる悪質なデマをデマと知らずに拡散してしまい、何の罪もない無関係の第三者が理不尽な被害を被ってしまう…という事件さえ発生している。

自分のリツイートで、罪もない無関係の人が被害者になったらその責任をどうとるのだろうか?

義憤や正義に駆られる前に、その投稿をしていいかどうかは、よくよく考えるべきだ。

自分の発言をプリントアウトした紙を家のドアに貼っておいても、まあ捕まらないだろうという内容以外、投稿やリツイートをしてはいけない

これが、令和の時代のインターネットとの付き合い方であると私は思う。


おわりに。

ここに書いたことは、基本、日頃ニュースを見ていれば理解できるし、まして、正当な批判と人格否定・侮辱の区別がついている人は「何をいまさら」という内容だろう。

しかしながら、SNSやツイッターというツールや匿名掲示板といった媒体では、依然変わらず、令和3年以前の気軽なマイナスの情報発信が行われてしまっている。まして単純リツイートが罪に問われるとまでは知らなかった人が多いのではないだろうか。

時代の移り変わりを知らず、昭和・平成のノリそのままに会社内でセクハラ発言をしてしまうようなもので、「今はそれはダメなんですよ」と事細かに教えられたり、実際にトラブルになって訴えられたり叱責されたり懲戒にならなければ体感できない人たちがいる。

最早、令和の時代は安易な匿名での誹謗中傷を許さないのだ。それだけは自戒も込めて、平成の悪ノリという『老害』にならないようにしたい。
ちなみに、実際に「デブス妖怪BBA」という投稿が違法になった判例もあるので、軽々しい愚痴・悪口は本当に控えておくべき世の中になっている。

何か物申したくなった時。
深呼吸すると同時に、今こそ、『チラシの裏』を活用した方がいいのかもしれない。


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